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「ヴァレンティノ」の“のぞき穴”の向こうで語らう神話。創業者が遺した美学とともに

  • 2026.2.13
Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

「ヴァレンティノ」2026年春夏オートクチュールは、とても明確な入り口から始まった。ショーの冒頭に流れたのは、故ヴァレンティノ・ガラヴァーニの肉声。ドキュメンタリー映画『The Last Emperor』から引用されたその音声で、彼はオールド・ハリウッドへの愛、そして姉と映画館に通った記憶が自身のファッション人生の原点であることを語っていた。彼の意志を継ぐクリエイティブ ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレはショーノートに「自分にはメゾンから受け取ってきたものへの感謝を述べる責任がある」と記している。その返礼として彼が選んだのが、「ヴァレンティノ」を形づくった“映画的原体験”へのオマージュだった。

Courtesy of Valentino
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会場に設(しつら)えられたのは、抽象的な円筒状の小さな空間。モデルたちはその中に立ち、観客はのぞき穴越しにルックを見る。構造の着想源は、19世紀に存在した映像装置「カイザーパノラマ」と呼ばれる、映画以前の映画とも言える、立体視のための装置。観客は目を近づけ、あるいはスマートフォンをかざしながら、その小さな窓の中に映るモデルを鑑賞する。まるでスクリーンテストを受ける無名の俳優たちを見つめる、かつての映画プロデューサーのように。

Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

コレクションのタイトルは“Specula Mundi(世界の鏡)”。映画が現実を映し、ゆがめ、誇張してきたように、このクチュールもまた現実を映す鏡である、という宣言だろう。ファーストルックとして現れたのは、創業者が愛した赤によるドロップウエストのドレス。1930年代、まだ幼い少年だった彼が映画館で目にしたであろう、様式化されたハリウッドの女性像が、ここで鮮やかに再現された。

Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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波のように立ち上がるラッフル、身体を取り囲むプリーツラメ、1920年代のショーガールを想起させる流動的なドレス。のぞき穴という距離の近い視点によって、布の重なりや分量感、ラッフル一枚一枚の立ち上がり、ラメの折り目に宿る緊張がいや応なく視界に入ってくる。白いサテンのバイアスドレスに象牙色のベルベット刺しゅうコート、引きずるようなトレーンの先で噴き上がるフェザーとラインストーン。幻想は、触れられるような距離感でゲストを魅了していく。

Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

同時に、過激な装飾の裏側には、抑制されたエレガンスも潜んでいた。ラピスブルーやプリムローズ色のトップステッチが走る端正なスーツ、身体に沿うジャージードレス、ベルベットに施された刺しゅうは、1980年代の創業者のアーカイブを思わせながら、当時と変わらぬアトリエの技術力を現在形で証明する。

Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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ルックを華やかに彩るフェザーのファン、バスビー・バークレー的なヘッドピース。さらには、聖書映画から抜け出したかのようなチェーンメイルのドレスに、古代劇を思わせるギリシャ風の女神ドレス。ミケーレおなじみのリボンのモチーフでさえ、クラスター状に集められ、誇張され、最大化されている。すべてが“映画的”に設計されているのだ。

Courtesy of Valentino / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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近年、レッドカーペットでは若い世代の俳優たちがオールド・ハリウッド的な装いに引かれているが、ミケーレのこの試みは単なるレトロ趣味ではない。複数の時代、複数の人生分のファッション史と映画史を内包したうえでの、純度の高いトリビュートであり、同時に現代の“見る・見られる”という関係性への鋭い観察でもある。

Courtesy of Valentino

このショーは、難解な理論ではなく、誰もが知っている映画の記憶から始まり、オートクチュールの価値をまっすぐに伝える。服は語り、視線は集まり、神話は更新される。故ヴァレンティノが愛した映画のように、このクチュールもまた、現実を少しだけ誇張しながら、私たちに夢を見る方法を思い出させていた。

Hearst Owned
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