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4連続不合格の“大ピンチ”から品川女子に逆転合格! 2月1日の夜、母が下した「起死回生の決断」

  • 2026.2.1
品川女子学院中等部に合格した親子の中学受験体験記。4回連続不合格の苦しい状況でも、娘を信じ見守り続けた母が最後に下した決断が“逆転合格”へと導きました。取材に答えた母のリアルな声を届けます。
品川女子学院中等部に合格した親子の中学受験体験記。4回連続不合格の苦しい状況でも、娘を信じ見守り続けた母が最後に下した決断が“逆転合格”へと導きました。取材に答えた母のリアルな声を届けます。

高校や大学とは違い、当日や翌日に合格発表が行われることも多い中学受験。結果を待つ間も次の入試に向かわなければならず、不合格の知らせを受け止めながら受験を続ける家庭も少なくありません。

4回連続の不合格という厳しい現実に直面した娘。精神的にも追い込まれる中で、いつもは「褒めて見守る」ことに徹していた母が、最後の局面で下した決断とは——。

娘の気持ちを最優先にしながら受験を支え続けた母の覚悟と機転が、逆転合格を引き寄せたリアルな体験談をお届けします。

※この記事は、2025年12月に行ったインタビューをもとに作成しています。

【保護者プロフィール】

名前:岩崎 洋子(仮名)
住まい:東京都
年齢:46歳
職業:自営業
性格:穏やかな性格
家族構成:父、母、長女、次女(本人)

【中学受験を行った子どものプロフィール】

名前:岩崎 七菜(仮名)
性別:女子
学校名:品川女子学院中等部
入学年度:2025年度
性格:社交的で明るい。何ごとにも積極的で活発
偏差値:
学習開始時 62〜63(栄光ゼミナール アタックテスト)
受験本番直前 69(首都圏模試)
受験結果:
品川女子学院中等部 合格
立教女学院中学校 不合格
東京女学館中学校 合格
埼玉栄中学校 医学クラス 合格

女子校一択の志望校選び。校風や設備、通学路を学校見学で確認

——最初に、中学受験を考え始めた理由・きっかけを教えてください。

3つ上の姉が同じ塾に通って中学受験を経験しているので、自分も挑戦したいと。小学3年生の2月でした。小さな頃からお姉ちゃんが大好きなので、一緒がいい! という感じです。

——お住まいはよく知られた文教地区ですよね。やはり中学受験する友人は多いですか?

娘のクラスメイトだと、9割の子が中学受験の塾に通っていたと思います。実際に私立へ進学するのは6割、あとは中高一貫校も含めて公立が4割という感じです。6年生は1月から欠席が目立ち始めて、2月1日なんてクラスに5人くらいしか登校しないと聞いています。

娘は何事にも積極的で活発、負けず嫌いなところもありますし。中学受験を決めたのは自然な流れだったように思います。

——志望校選びは、親子でどのように進めましたか?

親の価値観を押し付けすぎず、とにかく娘の希望を大切にしたいと考えていました。自分の意見や好みがハッキリしているタイプなので、志望校選びは進めやすかったです。

最初から女子校の一択しか頭にないようでしたので、「社会には男の人もいて成り立っているんだよ」と、選択の幅が広がるようなアドバイスはしました。ですが、「学校のうちは女子だらけがいい」と即答だったので、「はい、そうですか」って(笑)。だから、学校見学は女子校だけを回りました。

——学校見学は何校くらいに参加されましたか?

小学3年生のときから始めて、豊島岡女子学園、吉祥女子、鷗友学園女子、立教女学院、品川女子学院の5校です。

——5校を回ってみて、どんな気づきがありましたか?

在校生の雰囲気や校風などは、やはり実際に赴いてみないとわからないと親子で感じました。校舎や設備、制服も、娘にとって大切なチェックポイントのようでした。体験授業そのものは楽しくても、学校全体としては惹かれないこともあったみたいです。

さらに娘が気にしていたのが、最寄り駅からの通学路です。学校見学のときに歩いてみて、なるべく近いほうがいいとか、いろいろ思うところがあったようです。

——どのような点を重視して、第一志望を決めたのですか?

小学5年生のときに立教女学院を見学し、伝統校でありながら、生徒の自主性を重んじた伸び伸びとした校風に親子で好印象を抱きました。当時、成績も順調に伸びていて、合格確率も80パーセントあったので、本人も志望校としてイメージしやすかったのだと思います。

——併願校は、どのような基準で選びましたか?

親としては併願校も大学附属がいいのではと考えていました。中学受験で努力するのだから、もう大学受験のストレスは減らしてあげたいと思ったので。

でも娘は向上心が強いので、将来の可能性を狭める選択はしたくないようでした。大学附属だからという理由だけで併願校は選びたくないと。

小学6年生のときに学校見学に行ったのが、今通っている品川女子学院でした。社会で活躍できる女性を育成するという理事長のお話がスッと入ってくるような、明るく活発な在校生たちの雰囲気が娘をとても惹きつけたようです。

創立100周年を迎えて新築された校舎がきれいでスタイリッシュなので、その点も高評価だったのだろうと思います。

姉の経験が好影響。それでも算数が伸び悩み、難関コースを辞める決断も

——塾はどのように決められましたか?

栄光ゼミナール目白校は、主人が卒業生でOB割があったので、まず姉が通い始めました。面倒見がよく、相談しやすい講師の方々に大変お世話になりました。妹も当然、栄光ゼミナールに早く行きたいという感じで、他塾の体験授業などは受けませんでした。

——通塾は週に何回? 何科目を受講しましたか?

小学3年生は週1回、小学4年生で週2回、小学5、6年生で週3回、通いました。教科数は、4年生から4科目を受講しました。

——塾に通い始めてから、娘さんの勉強の様子や成績に変化はどのようにありましたか?

それまではZ会の通信講座しか経験がなかったので、対面で集団授業を受けるのが楽しいと言っていました。毎週土曜の質問会と自習会にも、熱心に通っていました。講師の方も気さくに接してくださったので質問がしやすく、とてもよい環境だったと思います。

宿題含め家庭学習も、根気よく集中して勉強できるタイプなので、偏差値も順調に上がりました。そのため小学4年生のとき、自宅から最寄りの目白校ではなく難関コースのある高田馬場校に通うようになりました。

——塾の取り組みや活用法で印象的なエピソードはありますか?

目白校で行われていた毎週土曜日、無料の質問会と自習会が印象的でした。講師の方々が教え方が上手なだけでなく、雑談も面白いなど楽しい環境をつくってくださったので、小学3年生の頃から欠かさず通っていたのは実力アップにつながったと思います。

季節講習や特別講習については、多すぎると自分で勉強する時間が取れないので、主人とも相談して5年生の冬期講習などはキャンセルしましたね。ちょうどいい距離を保ちながら通えていたと思います。

——順調に成績が伸びて高田馬場校へ移られたんですね。スランプはありませんでしたか?

それが、小学5年生の半ばくらいから算数でつまずくようになって……。そのまま難関校コースを続けるのであれば算数の個別授業を受けたほうがいいと、親も塾もアドバイスしました。ですが本人に何かこだわりがあったようで、個別は嫌だと、頑として首を縦に振らなかったんです。

結果、小学5年生の秋に難関コースを辞めて、入塾当初通っていた目白校に戻りました。算数の偏差値が65を下回るようであれば、最難関校を目指すのは難しいから、近所の塾のほうが通塾の負担も少なくてよいというのが夫の判断でした。

——難関コースを辞めることについて、ご本人、そしてお母様はどのような気持ちだったのでしょう?

娘は「今さら目白校の普通コースに戻るなんてカッコ悪い、恥ずかしい」と落ち込んでいましたね。私はこれまでの娘の努力を見てきたので、このまま受験を辞めてしまうのではないかと、とにかく心配でした。

以前のように目白校にきちんと通えるか本当に心配で、あとからこっそり自転車でついて行ったこともあったくらい。当時は大変でしたが、目白校の教室長がとても親身に寄り添ってくださったので、無事に戻ることができました。こちらから連絡する前に、娘を気遣う電話をくれたり、本当にお世話になりました。

娘の希望を優先して習い事も継続、よい息抜きに

——受験時期の家庭でのサポートについて教えてください。親としていちばんに心掛けていたことは?

本人の気持ちを大切にすることを心掛け、娘の頑張りをたくさん褒めたと思います。

娘がスランプのときも自信を失うことがないように、前向きな言葉を掛け続けました。私の不安が伝わるのは避けたかったので、娘への態度は受験期を通して変えないように気を付けましたね。

主人は「もっと頑張れ」と、常に娘を鼓舞するタイプだったので、私は見守ってあげようと。父母ともに熱いと、娘を追い詰めることになってはいけないと思っていました。

——取り組んでよかった、家庭での勉強法は?

社会と理科のテキストを毎晩、音読したことでしょうか。音読したあとの確認問題を解くときは、いくつ正答できたか親子で競ったりして、暗記が楽しくなる工夫をしました。

——中学受験の天王山、小学6年生の夏休みはどのように過ごされましたか?

自宅よりも塾の自習室のほうが集中できるというので、朝10時から夜21時まで自習室で勉強していました。塾の閉室日以外はほぼ通っていたと思います。

コンプリート問題集は3周しています。毎日、進捗を表にチェックして、私がサインするのもとても喜んでいました。

——受験当時にしていた習い事はありますか?

本人が続けたいとのことだったので、水泳は小学5年生の秋まで、ピアノは小学5年生の3月まで習っていました。

塾も週3回通っていたので、だいぶ忙しかったと思います。ですが、習い事があるから宿題が終わらないなどもなく、楽しそうにしていました。受験の息抜きになっていたようで、どちらも娘自身が「もう満足、辞めようかな」という時期まで続けていた感じです。

大波乱の2月、最後には母の機転が功を奏して……

——どのような受験日程だったのでしょうか?

当初は第1志望の立教女学院、第2志望の品川女子学院のみを受験することになっていました。主人は「この2校がダメだったら公立で」、という考えだったので。ただ塾から、場馴れのために第一志望の前にも受験したほうがよいとアドバイスを受け、埼玉栄の受験は決めていました。

私としては1日10時間以上も勉強している娘の姿を見守ってきたわけですから、リスクの大きい受験計画なんて賛成できるわけがありません。

入試直前には立教女学院の合格確率も50パーセントに落ちていて、品川女子学院は70〜80パーセントでした。そこで万が一のことを考えて、偏差値も校風もピッタリだった東京女学館を私が選び、出願したんです。もう2月1日の夜になってからのギリギリの判断でした。

最終的には、1月に埼玉栄、2月は1日の午前に立教女学院、午後に品川女子学院、2日は午前に品川女子学院、午後は東京女学館、3日は東京女学館、4日は品川女子学院という受験日程になりました。

岩崎家の入試スケジュールと合格結果
岩崎家の入試スケジュールと合格結果


——入試本番の日は、どのように送り出されましたか?

せっかちなところがある子なので、塾からのアドバイスを当日も繰り返し伝えました。解けると舞い上がってしまうことがあるみたいで、ケアレスミスを防ぐためにもう1回見直すこと、書き飛ばすと6と0が判別しにくくなるので注意すること、などです。

——2月1日、2日は不合格が続いてしまったと伺っています。最終日の合格をもらうまでの娘さんのご様子は?

そうなんです。不合格が続いた2日間は本当につらかったです。

1月に受けた埼玉栄の医学クラスは、無事に合格をいただきました。その後、第一志望だった立教女学院には届かず、不合格。品川女子学院も算数1科目入試、4科目入試で落ちてしまい、東京女学館も2科目入試は不合格でした。

特に立教女学院は手応えがあり、塾で採点してもらった時点でも合格可能性があっただけに、娘はかなり落ち込んでしまいました。悔しくて泣く娘を見て、夫も通わせるつもりのなかった埼玉栄に「頑張って合格したいい学校、通ってもいいよ」と慰めてくれて。

だからこそ、3日の東京女学館4科目入試で合格をいただいたのは、親子ともに本当にうれしかったです。私が急遽、出願したので過去問を解くこともできず、不安で一杯でしたが、この合格が精神安定剤になったと思います。

翌日の品川女子学院の表現力総合型入試は高倍率で、合格は難しいかもと感じていた中でのチャレンジでしたが、合格を勝ち取ることができました。

——前日に東京女学館の合格というお守りを与えられた、お母様の判断は大きかったですよね。

私は心配性なので、併願校を多く用意したのはよかったと思っています。東京女学館は2月1日の夜、急遽出願したと言いましたが、もしもに備えて、以前から塾とも相談してこっそり選んでいた学校だったんです。

娘は肝が据わっているというか、「往復ビンタをもらったみたい」とは言っていましたが、不合格が続いた2日間は私より動揺していなくて。私は3日に東京女学館の合格をいただくまで、食事も喉を通らなかったです。

——現在の様子、中学校生活について教えてください。

品川女子学院には、能動的に人生をつくることができる人材の育成という教育方針があって、生徒ファーストな自主性を大切にした学校です。部活も勉強も意欲的にこなす生徒が多く、自由で活発な娘も生き生きと学んでいます。

企業や大学とコラボレーションした講座や授業も豊富です。中学3年生になると起業体験プログラムも用意されているので、今から楽しみにしているようです。

実は入試のときにも、「休憩時間はお菓子や軽食を食べてもよい」という他校にはない自由さがあったそうです。窮屈な環境を好まない娘なので、そのときから自分にぴったりだと思ったみたいです。

——中学受験を終えて、娘さんの成長を感じることはありますか?

志望校も勉強の進め方も、なるべく自分で決めさせたので、中学受験という経験は大きな自信につながったと思います。私はプリント類の整理、あとは“褒める担当”くらいに徹しましたので。

私のほうが眠くなって不機嫌になるほど、23時くらいまでガツガツ机に向かったり、集中力もつきました。算数の個別授業を受けるよう説得できていたら、と後悔も少しありますが、娘の思うようにさせたことで、主体性を育めて良かったと考えています。

取材後記

わが子を大切に思えばこそ、つい世話を焼きすぎてしまうもの。中学受験のサポートも、志望校や併願校選び、勉強の進め方など、困難を避けるためにと先回りして細かく指示してしまいがちですよね。

娘の受験期間を通して、うるさく口を出すのではなく、褒めること、見守ることを心掛けた岩崎さん。だからと言って、すべて言いなりというのではなく、万が一の時には備えておき、最大のピンチを乗り越える重要な役割も果たしています。

勉強に厳しくなりがちな夫とのバランスを取るためにも、優しく癒す存在であろうとしたそうですが、それはなかなか容易なことではありません。

そんな中、ギリギリのタイミングで決断した東京女学館への出願。この判断が逆転合格を引き寄せたターニングポイントになっている点がとても印象的でした。

この記事の執筆者:塾選ジャーナル編集部
『塾選ジャーナル』は、日本最大級の塾検索サイト『塾選(ジュクセン)』が提供する、教育・受験に関する総合メディアです。保護者が知っておきたい受験や進路情報をお届けします。

文:塾選 ジャーナル

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