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江戸時代の町人のような暮らしをする【稲垣えみ子さん60歳】「お金って執着しないと不思議と近づいてくる。 今、結構余ってます」

  • 2025.12.23

江戸時代の町人のような暮らしをする【稲垣えみ子さん60歳】「お金って執着しないと不思議と近づいてくる。 今、結構余ってます」

家電を手放し、ガス契約もしない。1日の家事はたったの30分。稲垣えみ子さんが実践する「お金がなくても幸せになれるライフスタイル」とは、果たしてどんなものでしょう。

稲垣えみ子さん フリーランサー

いながき・えみこ●1965年愛知県生まれ。
元朝日新聞記者。2016年に退社し、都内で「夫なし・子なし・冷蔵庫なし・ガス契約なし」のフリーランス生活を送る。
著書に『家事か地獄か』『老後とピアノ』など多数。

「超節電生活」で知る自分が生きるサイズ感

最初は恐る恐るだった。しかし、実際に掃除機を手放したら、ゴミが「見える」のが妙に面白い。テレビを手放すと夜の時間が豊かになった。次なるターゲットは電子レンジ。

「考えてみると、冷凍ご飯をチンするのが主な使い道だったんです。試しに蒸し器でご飯を蒸してみたら、これがめちゃくちゃおいしい! ふっくらムラなく、嫌なにおいもしない。便利な暮らしを手放すことで、得られる喜びもあるんだなぁって実感しました」

最後に残った最大の家電、それが冷蔵庫だった。

「さすがに冷蔵庫がない生活なんて絶対無理って思ってました。それでもコンセントを抜いて、冷蔵庫のない生活を試してみたんです。で、何が起きたかというと、スーパーの買い物が激減した。その日のうちに食べる分しか買えないし家に残っている野菜もあるので、買うのは1つか2つ。食費は1日数百円。人が生きるために必要なお金って、こんなにわずかだったんだって初めて知りました」

それは「会社を辞めても生きていけるか」という疑問に答えが出た瞬間でもあった。

「冷蔵庫がないと、食費は月2万円もかからないんです。だったらちょっとバイトすれば何とかなりそうじゃないですか。会社を辞めたって自分は生きていける! 私は自由だ! これは爆発的な解放感でしたね」

そして冷蔵庫を手放すことで見えてきたのは、それまでの日々の不自然さだった。

「食べられる量以上を買って、冷蔵庫に押し込んで捨てていた。冷蔵庫って『自分が生きるのに必要なサイズ』をわからなくする装置だったんです」

どんどん広がる人間関係。街全体が「わが家」です

稲垣さんは予定どおり50歳で会社を辞め、心機一転、新しい街での生活をスタートさせた。引っ越し先の部屋は古くて狭くて、収納が全然なかった。洋服も化粧品も食器も9割がた処分した。

「ガスコンロを置く場所も狭くて、もうカセットコンロでいいんじゃない?と思ってガスの契約もやめてしまいました。お風呂ですか? 近所の銭湯がわが家の風呂場です。考えてみたら、本は読み終えたら近所のブックカフェに持っていけば好きなときに読める。いわばそこがわが家の本棚です。そう考えれば古着屋をクローゼットにすればいいし、冷蔵庫がなくても近所のお店に毎日通えばいい。エアコンがなければ喫茶店で仕事すればいい。そう考えると、街全体がわが家なんですよ」

そこから稲垣さんの人生の新しい扉が開いた。ご近所づき合いという未知の世界への扉だ。

「人生で初めて、お店で立ち話をしました。恥ずかしくても一生懸命やると応えてくれる人がどんどん増えるんです。1回に使う金額はわずかでも、ちゃんと挨拶して、まめに顔を出して、ちょこちょこ買う。外食するのも近所のお店です。そこのおじさんおばさんに喜んでもらいたいと思って行く。欲のためじゃなく、好きな人のところに行ってお金を使いたいなって。そうしたら、近所の人が家族みたいになりました。余った総菜をおすそわけしてもらったり、風邪をひいたらスープが届いたり」

まるで江戸時代の町人のような暮らしだ。

「そうですね。電気もガスもなければ、必然的に江戸の生活になっちゃうんですよ(笑)」

お金を使えば人間関係が希薄でも大きな支障はないかもしれない。その人生を選ぶ人もいるでしょう、と稲垣さんは言う。

「でも、お金を使わなければ助け合う必要があって人間関係が大切になる。どちらがいいかは人それぞれですが、私は圧倒的に人間関係のほうがいいなと。家事も出費も最低限。何にも束縛されず『自分の手に負える暮らし』をしている実感があって、しかも友達ができる。さらに、お金を使わないので収入にかかわらずお金が余る。今の生活を始めてから、私は人生で初めて老後が怖くなくなりました」

撮影/柴田和宣(主婦の友社)
取材・文/神 素子

※この記事は「ゆうゆう」2026年1月号(主婦の友社)の記事を、WEB掲載のために再編集したものです。

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