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実験用マウスが自然に触れると1週間で「不安や恐怖」を忘れる

  • 2025.12.23
自然に触れた実験用マウスは「構築された不安」がなくなる / Credit:Canva

子どもの頃、初めて自転車で遠くまで行った日や、少し怖い遊具に挑戦した経験は、あとから思うと「大丈夫だった」という感覚を増やしてくれます。

では逆に、毎日がほとんど同じで、未知の出来事に触れる機会がほとんどなかったら、私たちは新しい刺激を必要以上に怖がるようになるのでしょうか。

この疑問に、実験用マウスで答えを示したのが、コーネル大学(Cornell University)の研究チームです。

研究者たちは、実験室で育った成体マウスを自然に近い環境へ移すと、標準的な不安テストで見られる「恐怖反応」が弱まったり、すでに形成されていた反応が元の水準に戻ったりすることを報告しました。

詳細は、2025年10月16日付で『Current Biology』に掲載されました。

目次

  • 実験用マウスの「不安」は、1週間自然と触れ合うことで変化する
  • なぜ「一週間の屋外生活」で反応が変わるのか

実験用マウスの「不安」は、1週間自然と触れ合うことで変化する

この研究の前提には、「実験室マウスは不安が強い状態になりやすい」という、行動研究ではよく知られた事実があります。

その不安を測る定番の方法が、高架式十字迷路です。

これは十字型の通路を少し高い位置に設置し、2本は壁で囲まれた暗い通路、残り2本は壁のない開放通路にした装置です。

マウスは一般に、暗くて囲まれた場所を好み、見通しが良くて高い場所を警戒します。

そのため、高架式十字迷路では「開放通路にどれくらい出るか」「どれくらい滞在するか」が、不安や恐怖の指標として使われてきました。

そして、実験室で飼育されたマウスでは、この迷路に一度さらされるだけで、次の試行から開放通路を強く避けるようになり、その恐怖反応が持続しやすいことが、多くの研究で繰り返し報告されてきました。

では、この「持続する恐怖反応」は、マウスにとって固定された性質なのでしょうか。

それとも、刺激が乏しく変化の少ない飼育環境が作り出した、一時的な状態なのでしょうか。

この問いに答えるため、研究者たちは、実験室で育った成体マウスを、1週間、自然のマウスが暮らす環境を模した大きな屋外の囲い込みのフィールドへ移しました。

フィールドでは、草や土の上を移動でき、探索し、隠れ、天候や昼夜の変化も経験できます。

そして実験では、「実験室に留まる群」と、「フィールドで生活する群」を用意し、高架式十字迷路に対する反応がどう変わるかを比較しました。

結果として、フィールドで生活したマウスは、高架式十字迷路で見られる恐怖反応が弱まり、条件によっては「恐怖が強く固定化した」ような反応が目立たなくなりました。

さらに、実験室で育てられ、すでに迷路を避ける反応が形成されていたマウスでも、フィールドでの生活後に反応が変化したと報告されています。

では、この変化はどんな意味を持つのでしょうか。より詳細な結果を見てみましょう。

なぜ「一週間の屋外生活」で反応が変わるのか

研究チームが示した重要点は、「不安の典型」と見なされてきた行動が、環境によって大きく左右され、しかも短期間で変わり得るということです。

論文では、実験室から自然に近い囲い込みフィールドへ移すだけで、高架式十字迷路で生じる持続的な恐怖反応の形成が抑えられ、ベースラインの不安行動が回復したとまとめられています。

言い換えると、同じ成体マウスでも、育つ環境が変われば「不安が強いように見える反応」そのものが組み替わる可能性がある、というわけです。

では、なぜそんなことが起きるのでしょうか。

研究の出発点にあるのは、「未知の刺激を危険か無害かに分類するには、過去の経験の蓄積が必要だ」という考え方です。

自然環境の動物は、挑戦、リスク、機会といった出来事を日常的に経験し、それを通して「どれくらい警戒すべきか」を調整していきます。

同様に、フィールドに出たマウスは自由に動き回り、隠れ場所を使い、環境の変化や他個体とのやり取りにも向き合うことになります。

一方、実験室の静的で刺激が少ない環境では、その経験の幅が極端に狭くなります。

その結果、少し違う出来事に出会ったとき、それが本当に危険なのか、単に見慣れないだけなのかを判断する材料が乏しくなり、無害なものまで危険だと分類してしまう可能性が出てきます。

研究チームは、自然環境での生活が、こうした「経験の蓄積」を一気に増やし、新しい刺激への反応を調整し直す方向に働いたのではないかと考えています。

この研究の意義は、単に「外に出したら元気になった」という話にとどまりません。

不安研究で長年使われてきた代表的な「不安らしい行動の現れ方」が、飼育環境に強く依存し、しかも短期間で元に戻り得ることを示した点にあります。

これは、刺激の乏しい飼育条件で得られた行動結果を、そのまま「動物一般の原理」や「普遍的な仕組み」として扱うことのリスクを、はっきり浮かび上がらせます。

もちろん限界もあります。

この研究はマウスを対象にしたもので、人間の不安にそのまま当てはめることはできません。

また、効果がどれくらい持続するのか、必要なフィールド滞在が正確に何日なのか、年齢によって同じように変化するのかなど、これから検証すべき点が残っています。

研究チーム自身も、どれほどの時間が必要か、年齢差があるかといった問いが次の課題になるとしています。

それでも今回の結果は、不安に見える反応が「固定された性質」ではなく、経験と環境によって組み替わり得ることを、標準的なテストで示した点で大きな意味があります。

私たちが「不安」と呼んでいるものの一部は、心の弱さではなく、経験の幅が狭い環境で生まれる警戒の調整不良なのかもしれません。

参考文献

Researchers Let Lab Mice Touch Grass for the First Time in Their Lives and the Results Were Very Surprising
https://www.zmescience.com/science/researchers-let-lab-mice-touch-grass-for-the-first-time-in-their-lives-and-the-results-were-very-surprising/

From cages to fields: Lab mice lose their anxiety after a week outdoors
https://phys.org/news/2025-12-cages-fields-lab-mice-anxiety.html

元論文

Transfer to a naturalistic setting restructures fear responses in laboratory mice
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.10.050

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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