「ハンコは斜めに押して」と古い考えを押し付ける上司。だが、新卒の悪意ない一言で顔色が一変【短編小説】

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

私が勤める会社には、時代錯誤も甚だしい50代の課長がいます。

彼の口癖は「ビジネスマナー」。それも、どこで習ったのか分からないような奇妙なルールばかりを押し付けてきます。

中でも一番厄介なのが「ハンコのお辞儀」です。

部下のハンコは、上司のハンコにお辞儀をするように、左斜めに傾けて押さなければならないというのです。

「〇〇さん、君のハンコは真っ直ぐすぎるよ。これじゃあ僕に対してふんぞり返っているみたいだ。もっと敬意を表して斜めに押さないと」

書類を出すたびにネチネチと言われるので、私たち部下は呆れつつも、面倒を避けるために言われた通りにしていました。

そんなある日、今年入社したばかりの新人くんが、課長に稟議書を提出しました。

当然、彼のハンコは定規で測ったように真っ直ぐ押されています。

案の定、課長は鬼の首を取ったように新人くんを呼び止めました。

「おい新人くん！なんだこのハンコは！真っ直ぐすぎるぞ。目上の人には敬意を払って、少し傾けて押すのが社会人の常識だろ！」

フロア中に響く大声で説教を始める課長。

新人くんはキョトンとした顔で、不思議そうに質問しました。

「えっ？ハンコを傾けることが敬意なんですか？」

「そうだ！俺のハンコを見ろ、いつも部長の欄に向かって傾いているだろう？これがサラリーマンの処世術だ」

課長が自慢げに語ったその時、新人くんは「ああっ！」と大きな声を上げ、涙ぐんだ瞳で課長を見つめながら言いました。

「そうだったんですね……！僕、課長のハンコがいつもすごく傾いているのを見て、『老眼で手元が狂っているのかな』とか『手が震えて上手く押せないのかな』って、ずっと心配していたんです。お年を召すと真っ直ぐ押すのも大変なんだなって同情していたんですが……まさか、部長に対して必死に頭を下げていたなんて！」

オフィスが一瞬で静まり返りました。

新人くんは悪気など微塵もなく、心からの「同情」を続けます。

「課長くらいの立場になっても、そこまで媚びへつらわないと生きていけないなんて……社会って厳しいんですね。僕、感動しました！」

「ち、違う！俺は手が震えているわけでも、媚びているわけでも……！」

課長は顔を真っ赤にして否定しようとしましたが、パクパクと口を動かした後、力無く椅子に座り込みました。

翌日から、課長がハンコの角度について文句を言うことは二度となくなりました。

真っ直ぐ生きる若者には、歪んだマナーは通用しなかったようです。

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