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NHK1年前の“話題ドラマ”俳優ふたたび「思い出す」第1話で発揮した“主役に引けを取らない”存在感【ドラマ10】

  • 2026.1.12

NHKドラマ10『テミスの不確かな法廷』は、幼少期にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けながら、その特性を周囲に隠し、“普通”を装って生きてきた裁判官・安堂清春(松山ケンイチ)が主人公。話題を呼んだ『宙わたる教室』のスタッフが再結集した本作、柳田岳人役で注目を集めた小林虎之介が、またもや印象深い役柄で出演している。SNS上でも「演技上手過ぎ」「あの役を思い出す」と名高い小林の演技を中心に、1話を振り返る。

※以下本文には放送内容が含まれます。

不器用かつ誠実な裁判官

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ドラマ10『テミスの不確かな法廷』第1話 1月6日放送(C)NHK

着任早々、安堂は被告人と口論を続ける弁護人を解任するという、極めて異例の判断を下す。部長判事・門倉(遠藤憲一)からの叱責は当然だが、当の安堂にとっては、おかしいものを、おかしいまま放っておけないという感覚の発露にすぎない。
彼の行動は、しばしば衝動的に見える。しかし、その思いがけなさは決して軽薄なものではなく、むしろ過剰なまでの誠実さに根ざしているのだ。
裁判官でありながら、自ら被告人の自宅に足を運び、事件の背景を確かめようとする姿勢は、司法制度の枠組みから逸脱している。しかし同時に、法は人を救うためにあるのか、それとも裁くためにあるのか、そんな根源的な問いを突きつけてくる。

安堂が口にする「分からないことを分かっていないと、分からないことは分かりません」という言葉は、彼自身の生き方そのものでもある。分からなさを分からないままにせず、理解しようと努めること。その不器用な誠実さが、この物語の推進力になっている。

相反する両義性を内包する演技

第1話の事件でキーパーソンとなるのは、市長への傷害と詐欺未遂の罪に問われた青年・江沢卓郎(小林虎之介)だ。当初は罪を認めていたはずの彼が、初公判で一転して無罪を主張。その変化は不可解に映り、法廷では“信用できない被告”として扱われる。
しかし、安堂はその矛盾にこそ違和感を覚えた。無罪を主張しながら、弁護人に非協力的である江沢の姿勢。計画性の高い知能犯のように見えたかと思えば、突発的な暴力に及ぶ粗暴さを見せる。そのアンバランスさは、江沢が単純な加害者ではない可能性を示していた。

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ドラマ10『テミスの不確かな法廷』第1話 1月6日放送(C)NHK

江沢を演じる小林の演技は、役柄に決定的な説得力を与えている。多くを語らない代わりに、伏し目がちな視線や猫背の姿勢、言い淀む間によって、江沢の内面を浮かび上がらせる。沈黙は拒絶であり、同時に助けを求めるサインでもあった。その両義性を、小林は身体ごと引き受けている。
事件の背景には、亡くなった姉の存在と、政治と医療が絡み合う構造的な問題があった。江沢が抱えていたのは、怒りだけではない。許せないという感情と、それでもやり直したいという希求。その相反する思いが、終盤の涙ながらの告白に結実する。

ドラマ『宙わたる教室』で、学習障害を抱えた生徒を演じた小林が、ふたたび“社会に居場所を得にくい人物”を演じたことは象徴的だ。いたずらに弱さを誇張せず、しかし曖昧にもしない、観る者の胸に生々しい痛みとして残す。主役に引けを取らない存在感は、本作がヒューマンドラマとして成立するための重要な柱となっている。

“分からない”に向き合い、“分からなさ”を描く

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ドラマ10『テミスの不確かな法廷』第1話 1月6日放送(C)NHK

『テミスの不確かな法廷』というタイトルが示す通り、この物語は明快な正義や勧善懲悪を提示しない。むしろ、正義が揺らぐ瞬間、人が判断に迷う時間を丁寧に描く。
安堂清春は優秀な裁判官である。しかし、彼自身が“普通”から外れた存在であるがゆえに、法の網目からこぼれ落ちる人間の痛みに気づいてしまう。その感受性は、裁判官としては危うさを孕みながらも、人間としては誠実だ。

安堂をサポートする精神科医・山路(和久井映見)の存在も重要である。彼女は安堂の特性を矯正しようとしない。ただ寄り添い、立ち止まる場所を用意する。その姿勢は、このドラマ全体の倫理観を象徴しているように思える。
法廷ドラマでありながら、本作が描いているのは制度の勝敗ではない。正しい判断とは何か。“普通”とは誰の基準なのか。そして、社会はどれほどの不確かさを引き受けられるのか。

このドラマは、確かな答えをくれない。しかし、その不確かさこそが、いまの時代に必要な誠実さなのかもしれない。


NHK ドラマ10『テミスの不確かな法廷』毎週火曜よる10時
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_