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朝ドラ人気が復活するきっかけとなった“不朽の名作” 2010年に放送された“圧倒的な完成度”を誇るドラマ

  • 2026.1.9

NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)は大ヒットコンテンツで、今のテレビドラマは朝ドラを中心に回っていると言っても過言ではない。だが、長い歴史を持つ老舗のドラマ枠ゆえに、朝ドラを取り巻く状況は浮き沈みがあり、2000年代はいくつかの話題作は登場したが、全体の視聴率は年々低下し、影響力は落ち込んでいた。
そんな朝ドラは2010年代前半に勢いを取り戻し、次々と傑作、話題作を生み出していくのだが、その契機となった作品の一つが、2011年度後期の朝ドラ『カーネーション』である。

※以下本文には放送内容が含まれます。

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尾野真千子 (C)SANKEI

『カーネーション』は、世界的に知られるファッションデザイナー、コシノ三姉妹(コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコ)の母親でファッションデザイナーの小篠綾子をモデルにした小原糸子(尾野真千子)の物語だ。
岸和田の呉服店の娘に生まれた糸子は、男勝りの勝気な性格。それゆえ、岸和田だんじり祭で、女であることを理由に、だんじりの屋根に乗れないことが納得できずにいた。
その後、女学生になった糸子は桝谷パッチ店で見たミシンに衝撃を受け、これが自分のだんじりだと確信。女学校を中退して桝谷パッチ店に就職する。

物語は糸子がファッションデザイナー兼経営者として成長していく姿を追いかけていく。
洋装店の経営者として商売に励む傍ら、糸子は結婚して母親となる。また、本作は大正から現代までを描く一代記だが、戦時下の日本の過酷な状況も描かれている。

戦前・戦中・戦後を通して歴史上の偉人をモデルにした女性の仕事と家庭を描くという意味では、他の朝ドラと大きく変わらないようにも見える。だが、『カーネーション』は、朝ドラの文脈を踏まえながらも、これまでとは違う魅力が存在した。
その魅力は、糸子を演じた尾野真千子の繊細かつ大胆な演技や、大河ドラマ『龍馬伝』で使用されたプログレッシブカメラを用いた深みのある高画質の映像といった洗練された表現として表れていたが、何より突出していたのは、渡辺あやが手掛けた脚本だ。

圧倒的な完成度を誇る渡辺あやの脚本

渡辺あやは2003年の映画『ジョゼと虎と魚たち』の脚本でデビューした脚本家で、その後『メゾン・ド・ヒミコ』や『天然コケッコー』といった映画の脚本を手掛け、文学性の高い物語が絶賛されていた。
一方、テレビドラマはNHK広島が制作した『火の魚』とNHK大阪が制作した『その街のこども』を手掛け高い評価を獲得していたが、どちらも単発ドラマで、当時は連続ドラマを一本も手掛けていなかった。

寡作の脚本家だったため、連続ドラマは書かないのかと諦めていたのだが、突然、朝ドラを手掛けたため、当時はとても驚いた。
ドラマ脚本家にとって朝ドラはその時点でのキャリアの集大成と言える大舞台で、それゆえこれまでの執筆経験が総動員される。
映画や単発ドラマの脚本で圧倒的な完成度を誇っていたとはいえ、初めての連続ドラマ、しかも半年にわたって放送される長尺の朝ドラで「最後まで息切れせずに書けるのか?」と放送前は心配だった。だが、それは杞憂で、むしろ話が進めば進むほど『カーネーション』は凄みを増していった。

糸子が自分らしい働き方を模索しながら洋裁師として成長していく姿を描いた序盤は、男尊女卑の価値観が支配的だった戦前の日本で生きる女性の生きづらさを描いた朝ドラらしい物語で、それは父の善作(小林薫)と糸子の衝突に強く表れていた。
しかし、戦後に入ると物語は様変わりする。
戦時中に父も夫も失った糸子だったが、小原洋装店の経営は、時代が進むにつれて繁盛するようになる。だが、女でありながら家長として経営者として強くなっていくほど、彼女は孤独を抱え込むようになる。

強くなりすぎた女性の孤独を描いた朝ドラ

そんな糸子の前に二人の男が現れる。
一人は紳士服職人の周防龍一(綾野剛)。 もう一人はファッションビジネスで一山当てようと目論む北村達雄(ほっしゃん。/現・星田英利)。
北村が立ち上げた婦人服のレディ・メイドの工場の工場監督となった周防の指導をすることとなった糸子は、周防に恋心を抱くようになり、二人は相思相愛となる。しかし妻のいる周防との恋は問題となってしまう。

糸子と周防の恋は、放送当時、大きな反響を呼んだ。 綾野剛が演じる周防は、とてもミステリアスな男で、糸子の目線を通して視聴者も彼の色気に魅了された。世間から見れば不倫だったが二人の恋はとてもストイックで、一瞬であっけなく終わったからこそ、糸子にとっては一生の思い出として心に残った。
一方、北村は、糸子とは喧嘩友達のような形で親しくなっていく。時々、小原家を訪ね、糸子たちと食卓を囲む北村は、親戚のおじさんのように馴染んでおり、周防とは別の意味で糸子にとって大切な存在に変わっていった。 同時に描かれるのが、ゆっくりと老いていく糸子の姿だ。

第127回。北村は糸子を東京の会社に来ないかと誘うが彼女は断る。
北村にとって、この誘いはプロポーズのようなものだった。
これから自分たちは色んなものを失っていくだけだと北村は言い、老いと共にどんどん孤独になっていく糸子を心配し、一緒に生きていこうと誘っていたのだが、糸子は「うちはなくさへん」と言って、老いと孤独を受け入れ、今はもう会えなくなった人たちとの思い出と共に、岸和田で生きていくことを北村に伝える。
この回は尾野真千子が糸子を演じる最後の回で、その後は老人になった糸子を夏木マリが演じることになる。そのため、尾野真千子版『カーネーション』としては最終回なのだが、筆者は『カーネーション』というと、この糸子と北村のやりとりを思い出す。

本作が朝ドラ史に残る傑作となったのは、母親として働く女性として強くなりすぎた糸子の老いと孤独を最後まで見つめようとしたからだろう。
この試みは『スカーレット』や『虎に翼』といった後続の朝ドラへと引き継がれていくのだが、この「強くなりすぎた女性の孤独」というテーマを『カーネーション』が描けたからこそ、朝ドラは現代人が観るべき帯ドラマとして再浮上したのである。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。