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27年前、“等身大の自分”に恋をした一曲 派手さを脱ぎ捨てて響いた“凛とした静かな決意”

  • 2026.2.15

1990年代が終わりを告げようとしていた1999年。世の中は「ノストラダムスの大予言」や「2000年問題」といった、どこか得体の知れない不安と隣り合わせの熱狂の中にあった。街には派手なデジタルサウンドが溢れ、誰もが時代のスピードに置いていかれないよう、背伸びをしながら歩いていたような、そんな不思議な高揚感が漂っていた。

そんな冬の真っ只中、新しい季節の訪れを予感させるように、一際クリアで、それでいて温かい響きを持った一曲がリリースされる。

hitomi『Someday』(作詞:hitomi・作曲:渡辺善太郎)――1999年1月27日発売

それは、彼女のパブリックイメージを鮮やかに塗り替え、アーティストとしての新しい扉を開いた瞬間でもあった。

時代の狂騒が落ち着き、個の物語が動き出した瞬間

1990年代後半のヒットチャートを席巻していたのは、緻密に構成されたダンスミュージックや、重厚なデジタルサウンドだった。聴き手を圧倒するような派手な演出が主流だった中で、1999年という年は、音楽シーンがより「オーガニック」で「内省的」な方向へと舵を切り始めた転換点でもある。

hitomiというシンガーにとっても、この『Someday』は大きな分かれ道となった作品だ。かつての彼女は、プロデューサー・小室哲哉の手がけるエッジの効いたデジタルポップの旗手として、若者たちのアイコン的な存在だった。しかし、この曲で彼女が見せたのは、飾り立てた自分ではなく、もっと素肌に近い、等身大の女性の姿だった。

どこかピンと張り詰めていて、けれど日差しの中には微かに春の匂いが混じり始めている。そんな季節に、この曲が持つ「どこかへ向かおうとする静かな熱量」は、驚くほど自然に、人々の心に浸透していった。

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1999年、ラジオの収録を行うhitomi(C)SANKEI

ギターの響きが運んできた、剥き出しの体温

『Someday』の持つ独特の質感を生み出したのは、この曲でタッグを組んだ渡辺善太郎の手腕によるところが大きい。彼はのちに、hitomiの黄金期を支える重要なパートナーとなっていくが、その原点がこの1枚に凝縮されている。

イントロから鳴り響くギターの音色は、「生々しさ」を感じさせた。デジタルな音の壁を取り払い、削ぎ落とされたアンサンブルの中で、hitomiの歌声はより自由に、より力強く響き渡っている。「上手く歌おう」とするのではなく、「心にあるものをそのまま置く」ようなボーカル。その温度感こそが、当時のリスナーが求めていた「本当のこと」だったのかもしれない。

渡辺善太郎による編曲は、シンプルでありながらも、聴き進めるうちに景色が広がっていくようなドラマティックな構成を持っている。サビに向かって高まっていく感情は、決して押し付けがましくない。むしろ、聴いている側の背中をそっと押し、一緒に歩き出してくれるような優しさに満ちている。

いつの日か辿り着く場所へ、そっと指先を伸ばすように

リリースから27年という月日が流れた今、あらためてこの曲を聴くと、不思議と古さを感じさせないことに驚かされる。それは、この曲が当時の流行を追いかけるのではなく、「いつの時代も変わらない、人が前を向こうとする瞬間の心の揺れ」を切り取っているからだろう。

「いつか(Someday)」という言葉は、曖昧で、不確かなものかもしれない。けれど、その不確かさを受け入れた上で、それでも今日という日を懸命に生きる。そんなhitomi自身の当時の等身大の想いが、渡辺善太郎という最高の理解者を得て、結晶化したのがこの名曲なのだ。

今、私たちは1999年の頃には想像もできなかったような、デジタルに支配された時代を生きている。連絡手段も、情報の速さも、生活のすべてが様変わりした。けれど、冷たい冬の風に吹かれながら、ふと「自分はこのままでいいのだろうか」と立ち止まってしまう瞬間の孤独は、今も昔も変わらない。

そんなとき、耳元でこの曲が鳴り響けば、私たちはまた少しだけ、自分の足元を信じることができる気がする。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。