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45年前、原宿の路上から現れた“竹の子族のカリスマ” “素人の人気者”を伝説に変えた“デビュー曲”

  • 2026.2.28

45年前、原宿の喧騒の中に吹き抜けた、あの「熱い風」を覚えているだろうか。日曜日の原宿・歩行者天国には、色鮮やかな衣装を身にまとい、ラジカセから流れるビートに合わせて踊り明かす若者たちの姿があった。社会現象にまでなった「竹の子族」である。その熱狂の中心にいた一人の少年が、マイクを握って表舞台へと駆け上がった瞬間があった。

沖田浩之『E気持』(作詞:阿木燿子・作曲:筒美京平)――1981年3月21日発売

それまでのアイドルの概念を塗り替えるような、野性的でいてどこか理知的な眼差し。路上から生まれたスターが放ったこのデビュー曲は、単なる流行歌の枠を超え、新しい時代の幕開けを告げる号砲となった。

路上から現れた、時代の申し子

1980年代という、日本が最も華やいでいた時代の入り口。音楽シーンもまた、大きな転換期を迎えていた。70年代を彩った歌謡曲の情緒を残しつつも、より都会的で、より刺激的なサウンドが求められていた時代。そんな中で登場したのが、原宿の「街の顔」であった沖田浩之だ。

彼は、作られたスターではなかった。原宿の路上で踊り、同世代の若者たちから自然発生的に支持を集めていたカリスマだったのである。その彼が歌手としてデビューするというニュースは、当時の少年少女たちにとって、自分たちの文化が正当に認められたような、誇らしい響きを持っていた。

しかし、単なる「素人の人気者」で終わらせないのが、当時の制作陣の凄みである。彼を送り出すために集結したのは、当時の音楽界を牽引していた最高峰のクリエイターたちだった。

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1981年、第23回日本レコード大賞で新人賞を受賞した沖田浩之(C)SANKEI

黄金のトリオが仕掛けた、緻密な音の罠

この楽曲を語る上で欠かせないのが、作詞・阿木燿子、作曲・筒美京平という、歌謡曲黄金時代のヒット作家たちによる最強の組み合わせだ。

阿木燿子が紡ぎ出した言葉は、思春期の男の子が抱える、言葉にできないもどかしさと、抑えきれないエネルギーを見事に象徴していた。「A・B・C」というフレーズを用いることで、背伸びしたい年頃の心理を鮮やかに描き出し、聴く者の耳を惹きつけた。それは、教育現場や大人の世界からは少し逸脱した、若者たちだけの秘密の暗号のようにも響いた。

そこへ稀代のヒットメーカー・筒美京平によるメロディである。サビで一気に解放されるキャッチーな旋律。一度聴いたら忘れられないそのリフレインは、当時の歌番組を通じて、瞬く間に全国のお茶の間へと浸透していった。

さらに、船山基紀によるアレンジが、この曲を決定的なものにした。80年代初頭の空気感を象徴するような、エッジの効いたピアノの音色と、爽やかなストリングス、そして熱を帯びたギター。それは、まさに原宿の路上で鳴り響いていたビートを、洗練されたポップスへと昇華させた「魔法」であった。

言葉を超えて響く、少年の危うさと色香

沖田浩之という表現者の魅力は、その「声」にも宿っていた。決して完成された歌唱技術ではない。しかし、その少し鼻にかかった甘い声と、一生懸命に言葉を伝えようとする直向きさが、逆に聴き手の胸を打った。

彼の笑顔の裏には、どこか孤独を知っているような影があった。完璧に整えられたアイドルスマイルではなく、時折見せる鋭い視線や、不器用な身のこなし。そうした「隙」があるからこそ、ファンは彼の中に自分だけの物語を見出し、熱狂したのである。

『E気持』というタイトルのインパクトも凄まじかった。その答えを明言しないことで、想像力は無限に広がっていく。それは、情報の少なかった時代だからこそ成立した、贅沢な「余白」であったともいえるだろう。

街が揺れた、あの瞬間の記憶

45年の歳月が流れた今、この曲を聴き返すと、当時の原宿の風の匂いや、ラジカセから漏れ聞こえるノイズ、そして誰もが「明日は今日より良くなる」と信じていた空気感が鮮明に蘇る。

音楽は、しばしばタイムマシンの役割を果たす。この楽曲が流れた瞬間、私たちは再び、あの原宿の歩行者天国に立つことができるのだ。派手な衣装をなびかせて踊る若者たちの輪。その中心で、汗を光らせながら歌う一人の少年の姿。

沖田浩之がこの世に残した足跡は、決して色褪せることはない。彼が体現した「路上からの革命」は、その後の日本のポップカルチャーにおける一つの原典となった。誰に教わったわけでもなく、自分たちの意志で集まり、踊り、時代を作っていく。その精神は、この曲の中に今も息づいている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。