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32年前、 CMから流れた“40万ヒット” 切ない恋愛ソングで“ジョッキを掲げた”ワケ

  • 2026.2.15

1994年。人々が等身大の楽しみを見つけようとしていた時代。テレビから流れてくるビールのコマーシャルは、単なる宣伝を超えて、ある種の“時代の解放感”を象徴していた。そんな高揚感の中、街中のスピーカーから響き渡ったのが、あまりにも爽快で、それでいて胸にチクリと刺さる一曲だった。

森高千里『気分爽快』(作詞:森高千里・作曲:黒沢健一)――1994年1月31日発売

この楽曲がリリースされたとき、日本中の居酒屋やカラオケボックスは、不思議な一体感に包まれることになる。

笑顔の裏に隠された“強がり”の美学

当時、すでに唯一無二の存在感を放っていた森高千里。彼女が紡ぐ言葉は、飾らない日常の風景を切り取りながらも、聴く者の深層心理にするりと入り込む魔法のような力を持っていた。この『気分爽快』も例外ではない。タイトルこそ晴れやかだが、描かれているのは決してハッピーエンドな恋の物語ではないのだ

そこにあるのは、好きだった人を友人に譲るという、あまりにも切ないシチュエーション。しかし、彼女はそれを悲劇として描かなかった。むしろ、その痛みをビールの泡と一緒に飲み干してしまおうとする、強くて潔い女性の姿を浮き彫りにしたのだ。この潔さこそが、当時の女性たちの共感を呼び、男性たちをも虜にした最大の要因といえるだろう。

メロディラインを手がけたのは、『KNOCKIN' ON YOUR DOOR』で大ブレイクする前のL⇔Rの黒沢健一。彼の卓越したポップセンスが、60年代風のオールディーズな香りを纏わせつつ、90年代の空気感に見事にフィットさせた。編曲の高橋諭一による弾けるようなブラスセクションと軽快なビートは、聴いているだけで自然と心が上向きになるような、文字通りの“爽快感”を演出している。

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1996年、東京・日本武道館での森高千里のコンサートより(C)SANKEI

誰もが“参加”したくなる魔法の振り付け

この楽曲を語る上で欠かせないのが、サビで披露される印象的な振り付けだ。手を左右に大きく持ち上げる動きは、複雑なダンススキルなど一切必要としない。むしろ、その場にいる全員でグラスを掲げているような連帯感を生み出した。

アサヒ「Z」のCMソングとして大量にオンエアされたこともあり、この振り付けは瞬く間に国民的な認知を得ることとなる。宴会の席やカラオケでこの曲が流れれば、知らない者同士でも自然とグラスを掲げ、笑い合う。そんな光景が日本中のあちこちで見られた。

音楽が単なる視聴体験ではなく、コミュニケーションのツールとして機能していた、J-POP黄金期ならではの幸せな風景がそこにはあったのだ。

セールスデータを見ても、その影響力は一目瞭然である。最終的な累計売上は40万枚を超える大ヒットとなった。彼女のキャリアの中でも代表曲の一つに数えられるが、数字以上に「記憶への定着度」が極めて高い作品といえるだろう。

時代を越えて響き続ける“飲み干す”勇気

1994年という年は、音楽シーンがミリオンセラーを連発し、加速度的に膨張していく直前の、ある種、純粋なポップスが最も輝いていた時期でもあった。その中で『気分爽快』が放った輝きは、派手な演出や奇をてらったギミックによるものではない。日常の何気ない痛みや友情を、カラリと笑い飛ばす健康的な精神が宿っていたからこそ、30年以上が経過した今も色褪せることがないのだ。

今、改めてこの曲を聴くと、当時の自分たちが何に悩み、何に勇気づけられていたのかが鮮明に蘇る。大切な誰かの幸せを祝うために、自分の寂しさをちょっとだけ脇に置いて「乾杯」と言える強さ。それは、時代が変わっても決して変わることのない、普遍的な優しさなのかもしれない。

今夜、ふと懐かしいメロディが頭をよぎったなら、冷えた飲み物を一杯用意して、あの頃と同じように掲げてみてはどうだろうか。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。