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25年前、“太陽の笑顔”を封印した一人の少女 過去を脱ぎ捨て響かせた“剥き出しの意志”

  • 2026.3.7

20世紀が幕を閉じ、新たな熱気が街を包んでいた2001年。音楽シーンは巨大なグループの時代から、個の表現が際立つ時代へとゆるやかに移行し始めていた。かつて日本中を席巻した熱狂的なダンスポップの渦が落ち着きを見せ、リスナーの耳はより内省的な響きを求め始めていた時期でもある。そんな空気の中、一人の少女がこれまでのイメージを静かに、しかし鮮烈に塗り替えるような一曲を放った。

今井絵理子『identity』(作詞・作曲:葉山拓亮)――2001年3月7日発売

都会の風に溶け込む透明なソリッド感

2001年という年は、デジタルとアナログが交錯し、未来への希望と正体不明の不安が混在していた。携帯電話は急速に普及し、情報の速度は増していったが、人々の心にはどこか「本当の自分」を置き去りにしているような焦燥感があった。そうした時代の気配を、この楽曲は見事なまでに音に変換している。

特筆すべきは、プロデューサーであり作詞・作曲・編曲のすべてを手がけた葉山拓亮による緻密なサウンドメイキングだ。彼は、SPEEDのボーカルではなく、一人の等身大の表現者としての今井絵理子を引き出すことに注力した。

イントロから響き渡る硬質な旋律と、タイトに引き締まったドラムのビート。それは、これまでの多人数による圧倒的なパワーで見せるスタイルとは対極にある、ストイックで孤独な美しさを湛えていた。

葉山拓亮の音楽性は、透明感と疾走感が同居している点が大きな特徴だ。彼の描くメロディラインは、キャッチーでありながらもどこか都会的な冷ややかさを持ち、それが聴き手の孤独にそっと寄り添う。この曲において、その「葉山サウンド」が彼女の真っ直ぐな歌声と出会ったことで、単なるポップソングを超えた、結晶のような純度を持つ作品へと昇華されたのである。

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今井絵理子-2001年撮影(C)SANKEI

偶像からの脱却と声の進化

かつての彼女の歌声は、グループのボーカルとして太陽のように明るく、全てをなぎ倒すような爆発力を持っていた。しかし、ソロ名義の4枚目のシングルとなった本作で見せたのは、より繊細で、深みのある表現力だ。高音域の伸びやかさはそのままに、中音域での吐息の混じり方や、言葉の一つひとつを噛み締めるような丁寧な節回しが、聴き手の胸に直接刺さってくる。

「自分は何者なのか」という根源的な問いを冠したタイトルの通り、ここには偶像として振る舞うことへの葛藤や、そこから一歩踏み出し、自らの足で立とうとする強い意志が込められているように感じられる。それは、ティーンエイジャーから大人へと成長していく過程にある一人の女性の、偽りのない心の叫びでもあった。

楽曲全体を貫く、どこか物憂げでありながらも前を向こうとするトーンは、当時の若者たちが抱いていた感覚と見事にリンクした。きらびやかなステージの上ではなく、灰色のビルの隙間や、冷たい風が吹く夜の駅のホームで聴きたくなるような、「個」に語りかける強さがこの曲には宿っている。

四半世紀を経てなお色褪せない「本当の自分」

リリースから25年という月日が流れた今、改めてこの楽曲を聴き返すと、その普遍性に驚かされる。音楽トレンドは目まぐるしく変わり、音作りの手法も進化を遂げた。しかし、この曲が持つ「剥き出しの意志」は、今の時代のリスナーの心にも等しく響くはずだ。

今の時代は、SNSを通じて誰もが自分を発信できるようになった。しかしその一方で、他人の目線を気にしすぎるあまり、「本当の自分」を見失いやすい環境にあるともいえる。だからこそ、「誰のためでもない、自分自身の存在を証明する」という力強いメッセージを内包したこの曲は、今この瞬間も、迷いの中にいる誰かの背中をそっと押してくれるに違いない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。