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進撃のキノコ:日本でも人気のキノコが栽培場から脱走し米国で生息地を急拡大

  • 2025.12.2
進撃のキノコ:日本でも人気のキノコが栽培場から脱走し米国で生息地を急拡大
進撃のキノコ:日本でも人気のキノコが栽培場から脱走し米国で生息地を急拡大 / Credit:川勝康弘

アメリカのウィスコンシン大学マディソン校(UW–Madison)で行われた研究によって、日本でも人気の食用キノコ「タモギタケ」が栽培場から北米の森に逃げ出し、倒木に暮らす菌たちの多様性を大きく損なっている可能性が示されました。

研究ではタモギタケの生えている倒木で確認された菌(きのこ)の種類は、生えていない倒木の約半分程度しかなかったことが示されています。

タモギタケは人間にとってはおいしく健康的なキノコですが、森の中では在来の仲間たちを押しのける「厄介者」になっている可能性があります。

しかし栽培場でヌクヌクと育てられてきた食用キノコのどこに、こんなにも高い侵略能力があったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月16日に『Current Biology』にて発表されました。

目次

  • 栽培場から森に逃げたキノコたち
  • 食用キノコが野生で「無双」していた
  • 栽培場から来たキノコが野生で最強になった理由

栽培場から森に逃げたキノコたち

栽培場から森に逃げたキノコたち
栽培場から森に逃げたキノコたち / Credit:Canva

タモギタケは日本の北海道などにも自生する鮮やかなレモン色の食用キノコです。

バター炒めや味噌汁の具にもでき、健康食材として人気があります。

そんなおいしいキノコが、実は海を渡って北米の森にこっそり逃げ出していました。

もともとタモギタケは東アジアにしかいない在来種でしたが、2000年代初頭に食用の栽培目的で北米に持ち込まれ、現在は市販のキノコ栽培キットなどで広く売られています。

家庭や農場で大切に育てられていたはずのキノコが胞子を飛ばし、いつの間にか森の倒木で自生するようになったのです。

この黄いろいキノコが野生化して広がっていることは、2010年ごろからアメリカ中西部の森で相次いで報告されました。

しかし人々は長らく、「キノコが他の生態系を侵略する」という発想自体をあまり持っていませんでした。

外来種による生態系被害と言えば、動物や植物、病原体などが有名で、菌類(キノコ)の侵入は見過ごされがちだったのです。

タモギタケのように「人間にとって有用なキノコ」が野生化して広がるケースは、これまであまり注目されてこず、一見すると無害そうなだけに、その影響に気づきにくい面がありました。

そこで今回研究者たちは、森に逃げ出したおいしいキノコは、森の菌たちにどんな影響を与えているかを本格的に調べることにしました。

食用キノコが野生で「無双」していた

食用キノコが野生で「無双」していた
食用キノコが野生で「無双」していた / Credit:Canva

食用キノコに生態系を侵略する能力があるのか?

謎を解明するため研究チームはアメリカ・ウィスコンシン州マディソン近郊の森で、立ち枯れたニレの木(倒木や立木の死骸)を調査しました。

その結果、タモギタケのいる倒木一本あたりの菌の種類数は、いない倒木の約半分に減少していることがわかりました。

(※菌の種類数(種の豊かさ)の中央値は、いない木では42種類であったのに対し、タモギタケがいた木では22種類に過ぎませんでした。)

さらに研究チームは、一本の倒木を「丸ごとの平均」で見るだけでなく、木の異なる高さごとの木片からDNAを調べました。

というのも、このキノコは木の一部にだけ入りこんでいることが多く、侵入した部分だけを切り出して見ると、どれくらい在来キノコが追い出されているかが、よりくっきり分かるからです。

するとタモギタケがいる木片では6種、いない木片では22種と、およそ3〜4割程度にまで減っていました。

統計的にも差はかなりはっきりしており、「たまたまの誤差」という説明はしにくい結果です。

研究者たちは森のインフラである倒木の分解という仕事も、タモギタケ一強の状態ではバランスが崩れるおそれがあると警鐘を鳴らしています。

研究者の一人であるミシェル・ジュシノ氏も「タモギタケは一見倒木の上で無害に見えますが、実際には森で強力な競争相手になっています。菌類コミュニティに変化を引き起こし、多様性を減らすことで、木の分解や炭素循環といったプロセスにも影響を与える可能性があります」と警鐘を鳴らしています。

実際、今回のDNA解析では、タモギタケのいる木では、在来菌の出現頻度が大きく下がった例が多数確認されました。

その中にはエルムオイスター(Hypsizygus ulmarius)やミダレアミタケ(Cerrena unicolor)のような木を分解する仲間、ヘビコブタケ(Nemania serpens)のように多様な薬効が期待される物質を作ると考えられている菌も含まれていました。

研究者らは、こうした菌類は新しい薬のタネになる可能性があり、侵入種が在来種を押しのけると未発見の有用物質が失われてしまうおそれがあると述べています。

では、その新参者はどこまで広がっているのでしょうか。

研究チームは市民科学(一般の人が観察データを投稿する仕組み)のサイトに集まったタモギタケの写真記録を集計しました。

その結果、2016年には野外での観察記録が5件しかなかったのに、2023年には2020件まで増え、分布範囲は北米で約200万平方キロメートルに広がっていることが分かりました。

さらに、タモギタケが見つかった場所の気候条件をもとに「どんな環境なら住めそうか」を推定する種分布モデル(生息しやすい場所を予測する統計モデル)を作ると、現在はまだ記録のないアパラチア山脈やグレートプレーンズ、アラスカやメキシコ北部なども、タモギタケにとって気候的には十分住みやすい地域だと示されました。

しかし、なぜここまでタモギタケは強力な侵略者になってしまったのでしょうか。

栽培場から来たキノコが野生で最強になった理由

栽培場から来たキノコが野生で最強になった理由
栽培場から来たキノコが野生で最強になった理由 / Credit:Canva

なぜタモギタケが菌の多様性の低下に関わる一因になりうるほど強力な存在になれたのでしょうか?

乳牛や鶏のブロイラーなど人間によって食料源として品種改良された生物は、通常飼育下を離れては生き残れない貧弱な存在です。

もし牧場のフェンスが突然消えても、野生の森や草原で、彼らがいきなりたくましいサバイバル生活に切り替わる…という未来は、あまり想像できません。

いったいなぜ、牛や鶏は「箱入り」でキノコは「野に放てば無双」なのでしょうか?

ここで、人間の「栽培」が何をしてきたかを比べてみると、動物とキノコで真逆になっていることが見えてきます。

乳牛やブロイラーでは生存やスムーズな繁殖など野生で必要な能力はあまり重視してきませんでした。

牧場を出る前提がないからです。

ところが栽培キノコの場合、人間が欲しがってきたのは「素早く育つ繁殖力、少しぐらい温度や湿度が変わっても問題ない耐性、栽培場に入り込んだカビに負けずに育つ競争力、栽培地の表面を素早く覆い尽くす占有力、一度植えたら何度も何度も子実体(キノコの傘)を出してくれる胞子拡散能力の強化」でした。

これらは栽培者から見れば、「失敗しにくい・収穫が安定する・安定して育てられる・収穫量も多い」というありがたい特徴です。

ところが生態学的に見れば、これはそのまま「どんな環境でも素早く広がり、ライバルの菌を押しのけてエサ場を独占できる性質」です。

人間にとって都合のいいキノコを作り出したところ、それが期せずして最強のキノコとしての要件を満たしてしまったのです。

もう一つ、キノコが有利なのは「逃げたあとに必要なものがシンプル」な点です。

乳牛やニワトリが野生化するには、広い草地や水場、捕食者のいない環境、仲間の群れなど、本当にたくさんの条件がそろう必要があります。

繁殖にも時間がかかりますし、1頭1羽が失われる重みも大きい存在です。

でも、タモギタケが必要とするのは倒木や丸太のような死んだ木とそこそこの湿り気だけです。

森のあちこちにすでに「空き部屋」があり、そこに運よく菌糸や胞子が届きさえすれば、あとはじわじわと内部を埋めていくことができます。

敵もいないわけではありませんが、主なライバルは同じ木をねらう他のキノコやカビです。

栽培場で「カビに負けない強い株」が選ばれてきたタモギタケは、そのまま野外でも菌同士の競争に強い戦闘力を持ち込むことになります。

この変化は、単に「森で見かけるキノコの種類が少し変わる」という話ではありません。

木の分解のしかた、炭素がどれくらい早く大気に戻るか、そして将来の薬のタネになるかもしれない物質が生まれる場が減ってしまうことなど、森の“見えないインフラ”全体に波紋を広げる可能性があります。

フロリダ大学の研究者は、タモギタケが南の州へじわじわ広がっている状況について「ゆっくり南下していて、本当にぞっとします」とコメントしています。

もちろん、原産地である日本の森でタモギタケを食用として楽しむこと自体が悪いわけではありません。

しかし、「人間の便利さを優先して外来の菌を世界中にばらまくと、その先でどんな町内会の乗っ取りが起きるのか」という問いは、きのこに限らず多くの生き物に当てはまりそうです。

今後はキノコ栽培の在り方も見直しが必要かもしれません。

例えば、屋外への胞子飛散を防ぐ工夫や、そもそも外来種ではなく各地域の在来キノコを育てる選択肢などが提案されています。

私たち人間は、とかく目に見える派手な問題(動植物の外来種など)には気を配りますが、足元の森で起きている静かな異変には気づきにくいものです。

この研究は、「おいしい外来種」にもご用心というメッセージを私たちに突きつけています。

元論文

Invasive golden oyster mushrooms are disrupting native fungal communities as they spread throughout North AmericaIsolation marketing: Social isolation and virtual gift donation intention
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.06.049

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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