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朝ドラで視聴者の目をひく“3人の重要人物”「少しずつ存在感が」他のドラマとは“ひとあじ違う”脚本の妙味

  • 2025.12.4

朝ドラ『ばけばけ』の第10週が放送され、ヒロイン・トキ(髙石あかり)と英語教師・ヘブン(トミー・バストウ)の関係性が少しずつ深まるなか、SNS上では「少しずつ存在感が……」という声が上がっている。これは、ヘブンが書くイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)宛の手紙に、トキを示す表現が増えてきたことに反応したもの。本稿では、トキとヘブンの傍らで物語に繊細に絡み、確かな印象を残す“3人のキーパーソン”に注目する。たとえ最終的な展開に直接関わらずとも、脚本が彼らを丁寧に描く理由とは何かを読み解いていきたい。

※以下本文には放送内容が含まれます。

リヨの“対抗”:琴を弾く娘が放つまっすぐな想い

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『ばけばけ』第10週(C)NHK

恋愛模様に欠かせないのは、三角関係で生まれる“張り合い”だろう。『ばけばけ』第9〜10週では、江藤知事(佐野史郎)の娘・江藤リヨ(北香那)が、ヒロイン・トキの前に立ちはだかるように登場した。

女学校で学んだ英語、手料理、西洋音楽、果ては琴の演奏まで。彼女は自身の魅力をフル動員し、ヘブンへの想いをまっすぐにぶつける。トキに対しては丁寧な言葉を使いつつも、微妙に張りつめた表情が物語るように、その感情は単なる嫉妬ではなく、自身の誇りやプライドにも根ざしているようだ。

リヨのモデルとされる籠手田よし子は、実際にラフカディオ・ハーン(=小泉八雲。『ばけばけ』ヘブンのモデル)と面識のあった島根県知事・籠手田安定の娘。ハーンが気管支炎を患って入院していた際には、本編と同様、ウグイスを贈るなど親交を結んでいたという。

また、翌1891年の1月18日には、例年にないほどの厳冬により気管支炎になってしまったハーンさんのもとに、よし子さんからお見舞いの手紙と鳥かごに入れたウグイスが届いたそうです。出典:マグミクス編集部『ばけばけ』ヘブンに惚れてるリヨのモデルが「ウグイス贈った」のは実話 でもタイミングと理由が全然違った?(2025.11.26 掲載より)

記録には、琴の演奏や食事のもてなしなど、彼女の教養と気遣いを裏付けるエピソードが多く残っている。『ばけばけ』のリヨもまた、その優秀さと自立性ゆえに、ただライバル視するには惜しい、魅力的な存在として描かれている。

トキとヘブンが結ばれることは既定路線であるにもかかわらず、リヨにも幸せになってほしい、と思うのは自然な心境だろう。それは、リヨが“物語に敗れるためだけの存在”ではなく、心情まで丁寧に描かれているからだ。彼女の恋が報われないとしても、その過程の輝きが物語に温度を与えている。

小谷の片想いと“嫉妬心”:未来を知っていても気になる少年の行方

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『ばけばけ』第10週(C)NHK

リヨと違って、もう少し等身大の視点からトキに想いを寄せているのが、松江中学の生徒・小谷春夫(下川恭平)だ。トキの好きなところを聞かれ「顔」と口にし、さりげなく様子を伺う姿には、少々ストーカーチックな不穏さも感じるが、年頃の男の子特有の素直さと不器用さもにじむ。

とはいえ、小谷の存在は決して軽くない。彼のモデルはハーンの教え子・大谷正信。ハーンが熊本に転任する際には生徒代表として謝辞を述べたほか、後に『小泉八雲全集』の翻訳者にもなった人物だ。帝大進学後にはトキのモデル・小泉セツとも接点を持ち、ハーンが“嫉妬した”という逸話もある。

のちに多彩な活躍を見せた大谷さんは、1891年11月にハーンさんが熊本の高等学校に転任する際、松江中学の生徒代表として謝辞を述べた人物でもあります。この時点で、ハーンさんはトキのモデルの小泉セツさんと夫婦になっていました。出典:マグミクス編集部『ばけばけ』トキの顔ファンで「ストーカー」してる小谷 モデル人物は「小泉八雲の愛弟子」「重要なスピーチした」らしいが?(2025.12.02 掲載より)

物語上、小谷は“報われない恋”を担うキャラクターだが、その心の動きや変化は丁寧に描かれている。恋の行方が分かっているからこそ、むしろ彼の成長に目が離せない。この感情の丁寧な扱いこそ、『ばけばけ』の脚本の品の良さだ。

遠くの女性・イライザの影:“心の恋人”は見えない距離から何を照らすか

トキの恋の“現在”にもっとも遠い位置にいるが、重要な役割を担っているのがイライザだ。

彼女は物語の冒頭から、ヘブンの書く手紙を通じて何度も登場してきた。アメリカで活躍する女性記者で、ヘブンが日本に来るきっかけをつくった人物。劇中では“心の恋人”を仄めかすような描かれ方がされており、才色兼備な存在感が光る。

モデルとなったエリザベス・ビスランドは、実際にラフカディオ・ハーンのジャーナリズムに影響を受け、彼に深い敬意を寄せた人物だった。ふたりは実際に会っており、ハーンが彼女の美貌に圧倒され、言葉を失ったというエピソードが残っている。

ラフカディオ・ハーンはエリザベス・ビスランドのあまりの美貌に唖然とし、話しかけることすらできなかったという。出典:JBpress『ばけばけ』ベルズランドのモデルとされるビスランドとはどんな人?小泉八雲の「心の恋人」、世界一周競争に挑む(2025.11.12 掲載より)

イライザは物語に直接関与する場面は未だ少ないが、手紙という媒体を通じてトキの存在を知っていくはず。第10週では、ヘブンが綴る手紙のなかに“トキの存在を示す表現”が登場し始め、それを受けたSNSでは「少しずつ存在感が……」という感想が相次いだ。

物語の進行とともに、イライザが“トキを知る”プロセス自体が、恋の確かさを浮かび上がらせる役割を果たしている。

誰も置いてきぼりにしない脚本の眼差し

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『ばけばけ』第10週(C)NHK

トキとヘブンの結婚は、歴史的事実として物語の着地点であることがわかっている。それにもかかわらず、リヨ、小谷、イライザといった第三者たちが丹念に描かれていることには、大きな意味がある。

それは彼らが、ただの恋の引き立て役ではなく、ひとつの時代を生きた人物として、感情を持ち、傷つき、成長する存在として描かれているからだ。

誰かの物語が前進するとき、別の誰かが取り残される。それはドラマの常であり現実でもある。しかし『ばけばけ』は、その“取り残されたように見える人々”の姿にも、まっすぐな眼差しを向けている。

結果は変わらないかもしれない。それでも、視聴者が彼らの“心の揺れ”に触れることができるのは、ふじきみつ彦脚本の最大の魅力であり、優しさでもある。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_