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「オーラ消した?」「自然な演技」木村拓哉の“受け止める”芝居に称賛の声!“寅さんシリーズ”監督のヒット映画

  • 2025.12.5

『男はつらいよ』シリーズで知られる巨匠・山田洋次監督の91本目の長編映画『TOKYOタクシー』が大ヒット発進している。公開初週の週末興行成績は、アニメーション映画『果てしなきスカーレット』を抑えて一位を獲得。山田監督らしい人情味あふれる作風に多くの観客が心温まる思いをしているようだ。

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山田洋次(C)SANKEI

本作の主演は“寅さん”シリーズで妹のさくらを演じたことで往年の映画ファンにはお馴染みの倍賞千恵子、そして山田監督の大ヒット時代劇映画『武士の一分』でも主演を務めた木村拓哉だ。大スターのオーラを消して、3人家族を支え、娘の学費や家賃に悩むごくありふれたタクシー運転手を演じる木村拓哉と、孤独な老婆の倍賞千恵子の2人による、たった1日の心温まるタクシー乗車劇。一期一会の出会いに万感の思いを込めた人生賛歌と呼べる一作だ。

東京の今と過去を映るタクシーでの小旅行

深夜シフトが明けて帰宅したタクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、家の更新料や車検代に娘の私立大学の入学費用が重なり頭を悩ませていた。これからもっと働いて稼がねばならないと思っていたところに、タクシー仲間からピンチヒッターで葛飾の柴又から神奈川の葉山までの長距離送迎の依頼が舞い込む。夜勤明けで眠いがこのチャンスは逃せないと思った宇佐美はさっそく柴又まで行くと、そこで待っていたのは85歳のマダム・高野すみれ(倍賞千恵子)だった。

何かとしゃべりかけてくるすみれを、最初は「面倒な客だな」と思っていた宇佐美だが、今日を最後に東京を離れるから、色々なところを回りたいと寄り道を依頼され、その道中ですみれの人生の話を聞いているうちに、宇佐美はだんだんと心を開いていくようになる。昭和から平成へと激動の時代を、東京の変化とともに生きてきたすみれの人生の話を聞きながら、タクシーの車窓からは現代の東京の景色が見える。この景色へと至る東京の歴史の積み重ねが感じられる構成が見事だ。

子どもの頃に東京大空襲で父親を亡くしたというすみれ。その後、女手一つで育てられ、在日2世の男性と恋に落ちて彼との子どもを身ごもるが、彼は朝鮮半島へと戻ってしまう。シングルマザーとして子どもを育てながら別の男性と出会うも、家庭内暴力に苦しみ、子どもを守るために罪を犯して服役したという、壮絶な話をハンドルを握りながら聞き続ける宇佐美。やがて、自分も妻との出会いや娘の学費の捻出で悩んでいることを打ち明けていくようになる。

“寅さん”シリーズの舞台である柴又からタクシーに乗り、様々な場所を見せていく観光映画のような側面もある本作。同時に、時間旅行というか、過去の東京にも思いをはせる内容になっているのが興味深いところ。多くの外国人観光客が詰めかける国際的な都市になるまでに、この街にどんな歴史があったのか、何十年も東京で映画を撮り続けてきた山田監督ならではの視点で、東京の今と過去を結びつけて、幅広い年代が共感できる内容に仕上げている。

木村拓哉の包容力ある演技に感動

本作の魅力はなんといっても、主演の2人だ。作中の多くの時間をタクシー車内という狭いスペースで展開していくため、木村拓哉と倍賞千恵子の座りながらの2人芝居が続くのだが、これが見ていても飽きないのは、この2人が魅力的だからだ。

木村拓哉は、今回は受け止める芝居に徹している。倍賞千恵子演じるすみれの話を運転しながらじっと聞き続ける。そして、安易な同情ではなく寄り添うように、老婆の孤独を埋めていく。年齢を重ねて包容力を増した木村拓哉の円熟した存在感が際立って素晴らしい。そんな木村の、オーラを消した芝居は、「自然な雰囲気」「円熟味がすごい」「オーラ消した?」ネットでも称賛されている。

倍賞千恵子の酸いも甘いも経験した女性の、凛としたあり方も素敵だ。こんな風に年をとれたらいいなと思わせる魅力に満ちている。すみれは刑務所を出た後にネイルアートで成功し、財産を築いた女性なのだが、自らの力で人生を切り開いた者が持つ矜持も感じさせる、枯れても力強い存在感を持った芝居を披露している。

そんなすみれの回想シーンで若い時代を演じたのは蒼井優だ。激動の時代で、今よりもずっと女性が生きていくのが難しかった時代を、困難に負けずに生き抜いた女性を力強く演じて見せた。今回の映画の陰の主役といってもいい存在感で、すみれというキャラクターを立体的にリアルに感じさせるパフォーマンスを作り上げていた。蒼井優は虐げられても心が折れない、そんな人物が良く似合うのだ。

映画はたった一日の出会いを描くが、その出会いには人生の大事な何かがあると教えてくれる作品だ。シニア層を多く動員している作品だが、若い人も本作を見ると感じ入るものがきっとあるはず。もし、祖父や祖母などと疎遠になっているのなら、この映画を見た後にちょっと連絡してみようかなと、そんな気分にさせてくれる、心温まる人情映画だ。


出典:山田洋次×倍賞千恵子×木村拓哉「TOKYOタクシー」が初登場1位! 3位に「果てしなきスカーレット」 「国宝」が歴代興収の邦画実写トップに【国内映画ランキング】|映画.com

ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi