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朝ドラの“声なき名場面”が話題に「見事すぎる演出」「セリフに頼らずとも」視聴者の心を打った女優の“圧巻の演技”

  • 2025.10.24
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『ばけばけ』第4週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』第4週「フタリ、クラス、シマスカ?」で描かれたのは、雨清水家の工場の閉鎖、松野家が背負う借金の苦しみ、そしてヒロイン・トキ(髙石あかり)の夫・銀二郎(寛一郎)の出奔。ここまで積み重ねてきた“松野家の物語”が大きく揺らぎ、トキが初めて“家”からも“夫”からも離れていく。そんな節目の週だった。しかし、この物語の真価はドラマチックな展開ではない。もっとも視聴者の心を打ったのは、言葉ではなく、背中で語る髙石の芝居だった。

フタリで暮らす、という夢の終わり

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『ばけばけ』第4週(C)NHK

銀二郎は借金取り・森山(岩谷健司)から紹介された遊郭の客引きの仕事をはじめる。すべては松野家の借金返済のため、とまさに身を粉にする銀二郎だが、祖父・勘右衛門(小日向文世)からは「恥をさらして得た金など、松野家にはいらん」と叱責されてしまう。

家のために働くことが、恥になる。この場面で浮かび上がるのは、封建的な家制度と、そこから抜け出せない若者たちの息苦しさだ。

夜、銀二郎はトキに「どこか遠い町で暮らしませんか?二人きりで」と提案する。“フタリ、クラス、シマスカ?”という週タイトルは、この夢のような誘いから取られている。

しかし翌朝、銀二郎の姿は消えていた。残されていたのは、立派な当主になれず許してほしい、と謝罪が記された一通の手紙だけ。それは、逃げ出した男の言葉ではない。“家”からの脱出を選んだひとりの人間の告白だった。

トキは、そんな銀二郎を追って東京へ向かう。節約のため、ほとんど歩き詰めの長旅の末、ようやく銀二郎の住まいを突き止めるトキ。しかし、部屋にいたのは見知らぬ男・錦織(吉沢亮)だった。

トキの必死の呼びかけは、戸の向こうの空間に静かに響くだけで、最初はまともに拾われない。返ってくるのは沈黙だけ。このシーンの構図は、まるで“怪談”そのものだ。

いるはずの人がいない、声だけが残響のように漂う。本作が“怪異と人間の境界”を描いてきた理由が、ここで微かにわかる。怪談とは、失われた関係を呼び戻そうとする“声の物語”でもあるのかもしれない。

やがて銀二郎と再会するトキ。土下座をして謝る彼に、トキは静かに「甘えちゃったのは事実だけん」と応える。怒りでも許しでもない、ただ“人として”向き合う声。このやり取りを経て、お互いの関係は“夫婦”ではなく“ふたり”になる。立場を抜きにして、心そのものを差し出し合う、初めての対話だった。

背中で泣くヒロイン:文明開化の味と別れの痛み

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『ばけばけ』第4週(C)NHK

そして第20回。銀二郎の下宿仲間である根岸(北野秀気)が用意した英国風の朝食を前に、トキは静かに涙をこぼす。

髙石の演技は、ここでおそらく一度目の頂点を迎える。カメラは彼女の背中をとらえ、セリフはほとんどない。ただ、肩の呼吸がわずかに揺れ、手元が止まり、風鈴の音が鳴る。その一連の所作が、まるで一枚の絵画のように感情を伝える。

彼女が泣いている理由はひとつではない。夫との別れの予感、東京で受け取った優しさ、そして“自分の人生を自分で選ぶ”という恐れと決意。それらが、すべて背中の小さな動きのなかに溶け込んでいる。

SNSではこの場面に対し「見事すぎる演出」「セリフに頼らずとも……」と絶賛の声が相次いだ。本作が“怪談ドラマ”でありながら、いちばんの見どころが言葉なしのシーンだという事実が、どこか象徴的だ。

恐怖ではなく、静けさが胸を刺す。見えない思いが、いちばん強く届く。

“夫婦”から“ふたり”へ――個としての選択

「私、松江に帰ります」。トキが銀二郎にそう告げる瞬間、観客は彼女の声、そして溢れんばかりの感情の余韻に息をのむ。その表情は、これまでの“松野家の娘”でも“夫の妻”でもない、“ひとりの人間”としてのトキだった。

髙石の演技が示す、セリフに頼らずとも伝わる強さ。それこそが、このドラマの核心に思える。トキと銀二郎は家の外側で、自分たちの生き方を選んだ。“夫婦”という枠を抜け、“ふたり”として再出発したのだ。

松江に帰ったトキを迎えたのは、牛乳を飲んで口髭をつけ、笑う家族たち。文明開化の象徴である牛乳を、彼らはユーモアに変えて受け入れている。その光景は、英国式朝食の涙とは対照的で、どこか救いに満ちている。

銀二郎の出奔は恐れの始まりではなく、変化の前触れ。トキの背中も、泣くためではなく、歩き出すために見せられたのだ。“変わること”を、笑って受け止める。それが、このドラマが描く“生きる”ということなのかもしれない。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_