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初回ラストで“衝撃の一言”「私、あなたを買います」日本の現状を“独特の視点”で描いたホーム&ラブコメディ【日曜ドラマ】

  • 2025.10.20
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日曜ドラマ『ぼくたちん家』第1話 (C)日本テレビ

10月12日から放送が始まった連続ドラマ『ぼくたちん家』は、及川光博が演じる50歳のゲイが主人公のホーム&ラブコメディだ。動物園の飼育員として働く50歳の波多野玄一(及川光博)は、心やさしいゲイのおじさん。
老犬2匹、亀1頭、インコ1羽と暮らす孤独な日々を送っていた玄一は、中学校教師として働く38歳のクールなゲイ・作田索(手越祐也)と出会い、恋心を抱く。
同じ頃、玄一は引っ越したアパートで楠ほたる(白鳥玉季)という中学3年生の少女と知り合う。
学校に行かずトーヨコに通うほたるは、なぜか家族と暮らしていない。玄一は教師との三者面談を家族のふりをして受けてほしいとほたるに頼まれるのだが、そこに現れたのは、中学教師の索だった。

※以下本文には放送内容が含まれます。

同性婚が認められていない日本の現状をゲイの視点で描いたドラマ

玄一は、索とほたるとファミリーサイズのアイスを食べながら、ゲイとしてこれまで色々なことを諦めてきたが、今後は欲しいものを諦めずに生きていきたいと言い、話の流れで「家が欲しい」と言ってしまう。
その話を聞いたほたるは、隠し持っていた3000万円を玄一に見せて「家、欲しいんですよね? 私、あなたを買います」と言った後、行方不明のほたるの母親の姿が映り、第1話は終了する。

少しファンタジックなふわっとした雰囲気が心地良いドラマというのが初見の印象だが、一方で50歳のやさしいゲイであることを全面に打ち出した玄一を取り巻く環境の描き方がとてもリアルに感じたのは、現在の日本では同性愛者が結婚して夫婦になるための同性婚が法律で認められていないという、現実の問題を全面に打ち出しているからだろう。

『おっさんずラブ』が大ヒットして以降、男性の同性愛を題材にしたBL(ボーイズラブ)ドラマは深夜ドラマ枠を中心に盛り上がりを見せている。

だが、それらの作品の多くはファンタジーとして同性愛を扱っているものが多く、今の日本の現行法において同性婚が認められていないことや、同性愛者ゆえに受ける差別や偏見に対しては、だいぶ曖昧にした描き方となっており、中にはゲイという言葉を使用することすら避けている作品も少なくなかった。

それでも、近年はだいぶ踏み込んだ描写のあるBLドラマも少しずつ増えている。

例えば、よしながふみの漫画を深夜ドラマ化した『きのう何食べた?』のseason2では、物語終盤で同性婚が日本に存在しないため、高齢のゲイカップルがパートナーが亡くなった際に遺産をどうやって残すかについて悩む姿が描かれていた。
『きのう何食べた?』には『ぼくたちん家』で主演を務めている及川光博もゲスト出演していたため、作り手は相当意識しているのだと思うのだが、深夜ドラマではなく、日本テレビ系の日曜夜10時30分放送という民放地上波のプライムタイムで、50歳のゲイが主人公のドラマを真正面から描く本作を観ていると、時代はだいぶ変わったと良い意味で感じる。

リアルとファンタジーの塩梅が絶妙な河野英裕プロデュースドラマ

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日曜ドラマ『ぼくたちん家』第1話 (C)日本テレビ

本作はプロデューサーの河野英裕が企画したドラマで、日テレシナリオライターコンテスト 2023年度審査員特別賞を受賞した松本優紀が脚本を担当している。
また、7年前に自分がゲイであることをカミングアウトし、報道の分野で性的マイノリティーに関する取材や情報発信をおこなってきた日本テレビ報道局ジェンダー班の白川大介がインクルーシブプロデューサーとして作品に参加しているのだが、何より河野の持ち味が強く出ている作品だと感じた。

最近ではお笑い芸人の山里亮太と若林正恭のエッセイを元に彼らの半生を描いた青春ドラマ『だが、情熱はある』のプロデューサーとして知られている河野だが、プロデューサーとして注目されたのは、00年代に『すいか』や『Q10』といった木皿泉脚本の連続ドラマを手掛けたことがきっかけだった。他にも岡田惠和脚本の『銭ゲバ』や『泣くな、はらちゃん』といった話題のドラマを作り続けている作家性の強いプロデューサーである。

『ぼくたちん家』を観て、真っ先に思い出したのは『すいか』だった。

本作は、信用金庫で働く34歳の独身女性が下宿で一人暮らしをする姿を描いた連続ドラマ。
日常生活を少しだけ幻想的なテイストで描いた『すいか』は、今も熱狂的なファンがいる木皿泉の代表作だが、玄一が暮らすアパートの生活感があるのにどこか幻想的なビジュアルは『すいか』の舞台となった下宿・ハピネス三茶を思い出す。
そのため、河野プロデューサーにとっては原点回帰と言えるドラマになるのではないかと感じた。

ただ、『すいか』が放送された00年代にはかろうじて成立した、誰でも受け入れる曖昧なユートピアとしての共同体のイメージはだいぶ薄まっている。それは50歳のゲイの玄一が一人で生きてきた背景に、同性婚を認めない日本の制度上の問題があるからで、その現実を見て見ぬふりをして、ファンタジーとしてのBLを消費することに対して本作が抵抗して異議申し立てをしているように感じるからだ。

とは言え、本作はリアル一辺倒のシリアスな社会派ドラマというわけでもなく、別の角度からファンタジーの要素を盛り込んでいる。 それはゲイのカップルが女子中学生の親となって疑似家族をつくるという関係性で、3人でファミリーサイズのアイスを食べる姿に象徴されている。

だが、3人が暮らす家の購入費に充てるであろうほたるの3000万円は出所が怪しく、何らかの犯罪に絡んだものではないかと邪推してしまう。
その意味で3人の疑似家族的つながりの背後には、すでに破滅の気配が漂っているのだが、この明るさの中に不穏な気配が漂うファンタジーとリアルの絶妙な塩梅こそが、河野プロデューサーが作る作品の魅力だと言えよう。

一方、本作が連続ドラマデビューとなる松本優紀の脚本は、たどたどしいやりとりの中に芯の強さが感じられる会話劇となっており、中でも白鳥玉季が演じるほたるの大人っぽさと幼さが同居する今時の中学生の雰囲気がよく書けていると感心した。

現在は河野プロデューサーのカラーの方が強く出ているというのが本作の印象だが、これから松本優紀の作家性がどのような形で開花していくのかも楽しみである。


日本テレビ系 日曜ドラマ『ぼくたちん家』毎週日曜よる10時30分~

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。