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実写映画で女子高生役を演じた若手女優の“圧倒的な存在感” 原作アニメとは真逆の世界に着地した“リメイク作品”

  • 2025.11.7

10月10日に劇場公開された奥山由之監督の映画『秒速5センチメートル』が話題になっている。本作は2007年に劇場公開された新海誠監督のアニメ映画『秒速5センチメートル』を、実写映画としてリメイクした作品だ。

※以下本文には映画の内容が含まれます。 

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森七菜 (C)SANKEI

主人公は2008年の東京でシステムエンジニアとして働く29歳の青年・遠野貴樹。
1991年の春。小学生だった貴樹は篠原明里という少女と出会い心を通わせる。

だが、小学校卒業と共に明里が転校したことで、二人は離れ離れとなってしまう。
その後、文通を続けていた二人は、中学1年の冬に栃木の岩舟で再会。

大雪の中に立つ桜の木の下で、小惑星・1991EVが地球に衝突して世界が滅亡する2009年の3月26日に、またここで会おうと約束をして二人は別れる。

2000年代末の現在パートでは、大人に成長した貴樹と明里が東京で働く姿が平行して描かれており、二人が再会して結ばれるかどうかが、恋愛映画として大きな見どころとなっている。

アニメ映画『秒速5センチメートル』は、小学生時代の貴樹と明里の出会いから、中学時代に再会するまでを描いた第1話「桜花抄」、種子島の高校に通っていた貴樹を同級生の澄田花苗の視点から描いた第2話「コスモナウト」、そして大人に成長した貴樹の姿を描いた第3話「秒速5センチメートル」という3本の短編アニメで構成されており、貴樹の成長していく姿を時系列順に追いかけていく連作短編集となっていた。

対して、映画版では松村北斗が演じる貴樹の現在が中心に描かれており、「桜花抄」と「コスモナウト」のエピソードは回想として描かれる。

この過去パートでは、舞台となる90年代の懐かしさが強調されているのだが、現在パートとなる2000年代末も、今の私たちからみると近過去の世界。

つまり、この映画自体が90~00年代を懐かしむノスタルジックな恋愛映画だと言える。

役者の魅力が全面に打ち出された実写映画。

監督の奥山由之は写真、CM、MVといった様々なジャンルで評価されてきた気鋭のクリエイターで、2024年には自主製作でありながら広瀬すず、仲野太賀、岸井ゆきの、今田美桜、草彅剛といった豪華キャストが出演するオムニバス映画『アット・ザ・ベンチ』を手掛けて話題となった。

今回の『秒速5センチメートル』は全国公開される大規模な商業映画だが、これまで積み上げてきたキャリアを活かし、実写映画ならではのアプローチで原作アニメの世界に挑んでいる。

何より素晴らしいと感じたのが、役者の魅力を引き出す力だ。

主演の松村北斗はもちろんのこと、幼少期を演じた上田悠斗、高校時代を演じた青木柚の3人が貴樹を演じたことで、彼の人物像がよりはっきりしたように感じた。

また、貴樹と出会うヒロインを演じた女優陣も素晴らしかった。

高畑充希はミステリアスだが地に足のついた大人の女性としての明里を見事に演じ、逆に幼少期の明里を演じた白山乃愛は、甘酸っぱい初恋の手触りを感じさせる初々しい芝居を見せている。

中でも、圧倒的な存在感を見せたのが、澄田花苗を演じた森七菜である。

森は新海誠のアニメ映画『天気の子』でヒロインの天野陽菜の声を担当したことをきっかけに大きく注目されるようになった女優だが、今作では都会からやってきた貴樹に憧れる地方で暮らす高校生の花苗のもどかしい姿を完璧に演じ切っていた。

原作アニメでも花苗の登場する「コスモナウト」は素晴らしい仕上がりで、女子高生の繊細な内面が丁寧に描写されていたのだが、今回の実写映画では「コスモナウト」に存在した女性目線がより強まっている。
それは現在パートで、貴樹が付き合っていた水野理紗の描き方にも強く表れている。

水野は原作アニメでは第3話「秒速5センチメートル」に登場するのだが、他のヒロインと比べると描写が少なかった。
この回は、山崎まさよしの主題歌『One more time, One more chance』に合わせて流れる映像の心地良さを全面に打ち出したMV的な回だったため、あえて描写を削ったのだろうが、物語としては物足りなく感じた。

対して実写映画では、この第3話が物語全体の基調となっていたため、水野のシーンも増えていた。
彼女を演じた木竜麻生の存在感もあってか、とても魅力的なヒロインとして描かれていたと思う。

明里、花苗、水野、そして、花苗の姉で貴樹の高校時代の教師だった輿水美鳥(宮﨑あおい)の4人の女性の視点を通して、貴樹の人物像がじわじわと浮かび上がってくるのが、実写映画独自の面白さだろう。

原作アニメでは観客の分身としての側面が強かった貴樹だが、実写映画では女性から見た理想の男性としての側面が強まっており、『源氏物語』における光源氏のような存在として描かれているように感じた。

原作アニメとは真逆の印象となった実写映画。

新海誠の『秒速5センチメートル』は、アニメだからこそ可能な高密度の美しい風景描写が突出していた。だが、人物描写は曖昧でぼやけており、孤独な青年の寂しい内面が風景描写に仮託された私小説的な作品だった。

そんな私小説性がもたらす、世界に自分一人しか存在しないかのような独自の孤独感が当時、同じような孤独を抱えた青年の間で熱狂的に支持された。

対して奥山監督の『秒速5センチメートル』は、記憶の中の90~00年代を描いているがゆえに風景は粒子が粗く、ピントもぼやけている。

だが、貴樹を取り巻く女性たちの姿をリアルに描くことに成功しており、原作アニメに存在した独自の孤独感は影を潜めている。

おそらく、原作アニメの孤独感を愛していたファンにとっては複雑な気持ちになる実写映画ではないかと思う。

一見忠実なリメイクに見える本作だが、最終的に原作アニメとは真逆の世界に着地したように感じる。

何より強く感じたのが、世界の終わりを夢想して甘美な孤独に酔いしれることは、天災や戦争が日常化しつつある今の私たちにはもう許されないという奥山監督の強い自己認識だ。

90~00年代という過ぎ去った過去に照射される形で、2025年の日本の現在がはっきりと浮かび上がってくるという意味において、見事なリメイクである。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。