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「防災ニッポン」の編集長がかわりました

  • 2025.8.1

ごあいさつ

このたび「防災ニッポン」の編集長を務めることになりました板東玲子と申します。どうぞよろしくお願いします。

皆さんは、災害への備えとしてどんな準備をしていますか? 私は100円ショップで見つけた携帯用トイレや常備薬を仕事用のバッグに入れていますが、飲料水や食品、懐中電灯など、自宅にストックすべきものの準備があまりすすんでいません。これまでに2度の震災を経験してもなお、この状態です。

阪神大震災で震度6の烈震を体験

1995年1月17日の朝方、当時、大学生だった私は一人暮らしをしていた神戸市内で大きな揺れに見舞われました。ドーンという大きな音と共に、枕元にあったチェストから植木鉢が飛び、クローゼットの扉が何度も開いたり閉まったりする光景に、「これは超常現象に違いない」と感じ、必死にテレビをおさえたのを思い出します。地震によるものだと確信したのは、隣の家から「お母さんがタンスの下敷きになっている!」と叫ぶ男性の声を聞いた時でした。初めて体験した震度6の烈震。阪神大震災でした。

幸いマンション1階にあった部屋にはモノが少なく、ケガはありませんでした。建物も無事でしたが、枠がゆがんだのか窓や玄関ドアがすぐに開かず、脂汗が流れました。「とにかく水!」と考え、浴槽の蛇口をひねり、ためられるだけためてからパン屋に走りました。パン屋なら朝から開いていると考えたのです。パジャマ姿で大量にパンを購入する人らに交じり、運良く何個か購入できました。

その後、一人暮らしをする友人を探して、アパートや、避難所になっていた小学校の体育館を尋ね歩きました。3人が集まり、我が家で一緒に過ごすことになりました。当時、防災に対する意識や知識はほぼゼロ。備蓄品はなく、ライフラインが寸断された中、各自が持ち寄ったお菓子やパンを分け合いました。夜、上空を飛び続けるヘリコプターの音を耳にしながら、「いったい街はどうなっているんだろう」と眠ることができませんでした。情報がなく先を見通せない不安感、明かりがないことによる心細さ、空腹、余震への恐怖。友人たちがいたからこそ何とか耐えることができました。

スーパーが営業再開すると聞き、数時間並んだものの食料は得られませんでした。マンションのオーナーからは「ガスの復旧のめどが立たない。実家に帰れるなら帰った方がよい」と助言され、発生から4日後、帰省を決意しました。

非常食代わりの魚肉ソーセージを1本ポケットに入れ、電車が動いているという街を目指し、友人と2人で黙々と歩きました。倒壊した家屋や陥没した道路、うなだれて座り込む人たちーー。現実とは思えない光景の中を、ただただ歩きました。極度の緊張と疲労感に加え、この被災地から自分たちだけ逃げて帰ることへの申し訳なさ、後ろめたさがいつまでもぬぐえませんでした。

16年後には東日本大震災が

それから16年後の2011年3月、東京都内で東日本大震災も経験しました。震度は5弱で職場のあったビル4階は大きく揺れました。阪神大震災を思い出し、すぐさま机の下に潜り込みました。運休する公共交通機関が多い中、徒歩で帰宅する同僚もいましたが、私は夜遅い時間に自宅までの約20キロを歩き通す自信がなく、職場で仮眠をとって、翌朝、徒歩と電車で何とか帰宅しました。その後、計画停電も経験しました。

のど元を過ぎて薄れる防災意識

阪神大震災によって一時的に防災意識は高まったものの長い年月と共にそれは薄れ、備えは思うように出来ていませんでした。そのため、帰宅途中に靴擦れが出来ても絆創膏は手元になく、計画停電時に必要な懐中電灯や乾電池も不足していました。震災後に慌てて店に走りましたが、ほしい物品はほぼ完売していて手に入りませんでした。

こうした苦い経験をいかし、万一に備えて準備しようーー。そう思っていたはずなのに、日常の忙しさにのまれて忘れてしまう。後回しにしてしまう。各地で起こる自然災害のニュースに触れるたび、「そろそろ準備を」と思うものの行動が伴わない。そんなことを繰り返してきたように思います。

しかし、南海トラフ地震の発生確率は今後30年間に80%程度、首都直下地震は70%程度といわれています。大型地震だけでなく、各地で豪雨による水害や土砂災害なども頻発しています。災害大国ニッポンで暮らす以上、いつ「そのとき」が訪れるかわかりません。

「防災ニッポン」で学びながら成長していきたい

読売新聞が2020年9月から運営するウェブサイト「防災ニッポン」は、くらしの中で役立つ防災のヒントやアイデアをわかりやすくお伝えしています。100円ショップで手に入る防災グッズを「100均防災」としていち早く紹介するなど、楽しく読める記事を数多く掲出してきました。「あってよかった」「知っていてよかった」と思って頂ける、「くらし×防災メディア」を目指し、編集部一同努力を続けています。

いまSNSの広がりとともに、防災にまつわる誤情報や偽情報が増えています。いのちにかかわる大事な情報だからこそ、「防災ニッポン」では、確かな情報をお届けいたします。

「そのとき」がいつ訪れるかは誰にもわかりません。自分や家族、ペットなど、大切な人やものを守れるように、いまからできる準備を少しずつ、みなさんと一緒に学びながら進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

板東 玲子(ばんどう れいこ)1996年読売新聞東京本社入社。生活情報部で消費者や女性問題の記事を執筆、社会部で気象庁クラブを担当。生活部デスク、川崎支局長を経て2025年6月から「防災ニッポン」編集長。7月より国土技術研究センター「災害の自分事化協議会」委員。

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