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【60代お出かけ】『ARTnews JAPAN』 編集長・名古摩耶さんがナビゲート! 国際芸術祭の歩き方【好奇心の扉・前編】

  • 2025.9.17

近年、日本各地で国際的なビエンナーレ、トリエンナーレが数多く開催され、注目を集めています。街や地域そのものが現代美術の展示会場となる国際芸術祭の醍醐味とはどんなところにあるのでしょう?そんなビギナーのために、『ARTnews JAPAN』 編集長である名古摩耶さんが、現代美術の楽しみ方、そして、広大な会場から見たい作品を発見する方法をナビゲートします。

美術館を飛び出した大胆で自由な展示が芸術祭の醍醐味

「ビエンナーレ」「トリエンナーレ」と呼ばれる国際芸術祭がいま世界各国で盛んに行われています。ビエンナーレとは2年に1度を、トリエンナーレは3年に1度を意味するイタリア語。世界最古の国際芸術祭ヴェネチアビエンナーレに倣って、2~3年ごとに開催される芸術祭を指す言葉として定着しました。
「通常、美術館やギャラリーでは空間演出や装飾をなるべく排し、主役である“美術作品”そのものを引き立たせます。しかし地域と結びついた芸術祭では、その土地の文化や歴史、記憶、地政学といった関連性をより重視します。アーティストが地域の住民と協働しながら、開催地の地域性に基づいた新作を制作することもありますし、展示場所も野外や歴史的建造物や商店など、その土地の営みを感じさせる空間が選ばれることが多い。 国際的な芸術祭の醍醐味は、そこにあると言っていいでしょう。そうした試みは、作品の普遍性を生み、アートによって世界規模の社会課題を気づかせてくれることにもつながります」(名古摩耶さん※以下同)

名古さんが語る社会的な課題のひとつに「ヒューマンライツ=人権」があります。たとえば、私たちの世代は西洋圏の白人男性を中心にした美術史を学んできました。が、近年の国際芸術祭では、その偏りを修正しようとする機運が高まっています。
「2022年のヴェネチアビエンナーレは象徴的でした。男性アーティストに偏り過ぎていたジェンダーバランスを変えていこうと、女性あるいはジェンダー・ノンコンフォーミング(従来のジェンダー規範に当てはまらない人)のアーティストが参加者の90%を占めたのです。その結果、世界のアートシーンから大きな注目と高い評価を得て大成功をおさめました。2024年のテーマは『Foreigner Everywhere=どこにでもいる外国人』。移民や人種、そしてジェンダーやセクシュアリティを含む周縁化された人々をめぐる格差や問題を表現しています。現在、世界で起きている紛争などにも関わるセンシティブな課題を包括する力が、現代美術にはあります」

どこにでも外国人がいるということは、誰もが外国人であり、異質な存在であり得るということ。参加アーティストには、先住民のルーツを持つ作家も多くピックアップされました。アートが社会政治的な問題とより密接に関係している時代を迎えたと言えるかもしれません。ただ、アートはそうしたマクロな視点だけでなく、個人的な千葉国際芸術祭あいち鑑賞にも影響を与えます。
「なんらかの孤独や生き辛さを感じている人がアートに触れることで、同じ気持ちを抱えている人は地球の遠い場所にも存在していて、言葉を超えた表現として発信していると知ることができる。そして、勇気づけられ励さまされるきっかけになるかもしれません。それは本当に有意義なことです」

アートの感動は時間をかけて熟成される

美術作品を受け取る側に立って、課題を共有し作品に活用する視点が国際芸術祭には必要とされます。観光として訪れる鑑賞者だけでなく、開催地の人に芸術に触れてもらうことも主眼のひとつなのです。
「美術館で展示される作品=評価が確立した作品として、それぞれ静かに向き合いましょうという環境が、これまでは共有されていたと思います。でも、国際芸術祭になると、地元の人にとっても慣れ親しんだ風景のなかに巨大な作品が出現したりして、地域の協力が不可欠です。アーティストも初めての土地で作品を展示し、制作すると『そこに住む人たちにも喜んでももらいたい。彼らの思いを自分の作品を通じて発信したい』、そんな思いが表現となってあらわれてきます。私自身も『自分の生まれ育った町が違う景色に見えてきた』『こんな面白い見方ができるんだ』という声を実際に聞いたりしました。専門的な美術教育をポンと飛び越えて、人と人との関係からより『生きた表現』としてのアートに触れることができるんですね」

名古さんが考える、意義のある芸術祭とは「規模の大小を問わず、その地域の風景や自然が持ってる背景や歴史のなかにその作品がある理由がきちんと考えられている」こと。
「優れたアートには、ひとつの作品の中にいろんなテーマが内在しています。だから、伝わるまでにすごく時間がかかるものでもある。20年前に見たあの作品をふと思い出して自分なりの解釈が生まれたり、子どものころは『怖いな』と思っていた作品も人生経験を積むことでしみじみ深い感動を得られるものになったり。瞬間的に圧倒される作品もあるんですが、長い時間をかけて心に効いてくるのが、アートの複雑さであり濃密なところだと思います」

開催地に光を当ててその価値を共有する

日本のビエンナーレ、トリエンナーレには開催地の人だけでなく、鑑賞に訪れる人も巻き込み“アートの敷居を下げる”役割を果たす芸術祭も多いようです。
「ベネッセアートサイト直島と香川県を中心に構想された瀬戸内国際芸術祭もそのひとつだと感じてます。3年に1度開催される芸術祭によって、瀬戸内に住む人たちの意識とアートは強く結びついている。アートを『正しく見なければ、理解しなければ』というプレッシャーを感じる人もいるかもしれませんが、そもそもアートに『正解』はありません。その意味でも、芸術祭は人々にとってアートが“自分ごと”になるきっかけとなり得る。家族や友人と出かけて『なに見える?』『なにでできてるんだろうね』といった些細な会話から、自分が感じられなかった、ほかの人の視点を知ることもできるはず。そうしたコミュニケーションを重ねることで、より自分らしく作品を楽しめたり、お互いをより深く知ることにもつながるのではないでしょうか」

最後に、地域全体が会場になる国際的芸術祭を楽しむための秘訣を名古さんに伺うと……。
「まずは芸術祭の公式サイトに目を通して、自分が気になる展示を発見しましょう。その作品のエリアを中心に、なにを見るかを調べていくと見てまわるコースも設定しやすくなります。作品選びのポイントとしては、芸術祭の展示には常設が含まれることもあるので、開催時期にしか見られない作品を優先するのもいいですね。また、広いエリアをすべてまわろうとすると大変です。『全部見ないと損!』とスタンプラリーのようにまわるのではなく、芸術祭では自分が心動かされた作品と丁寧に対峙することをより大切にしてほしいと思います。アートには心を揺り動かす圧倒的なパワーがあります。鑑賞した後に、誰かと語り合うなど気持ちを整理できる時間のゆとりがあると、思い出深い芸術祭を巡る旅になるのではないでしょうか」

構成・文/杉村道子

※素敵なあの人2025年10月号「好奇心の扉 現代美術を見に行こう!国際芸術祭の歩き方」より
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お話を聞いた方   『ARTnews JAPAN』誌編集長   名古摩耶さん

ライフスタイル誌『Esquire』日本版、『WIRED』日本版で編集者を務めながら、イギリスの調査会社STYLUSに在籍、日本企業のためのリサーチ及びアドバイザリーを担当した。その後、2018年に『VOGUE JAPAN』のエグゼクティブ・デジタル・エディターに就任(のちにフィーチャーズ&カルチャー統括)。2020年には環境問題やジェンダー差別などの社会課題を扱う「VOGUE CHANGE」プロジェクトを立ち上げた。2023年より現職。

この記事を書いた人 素敵なあの人編集部

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