1. トップ
  2. 40年前、日本中が耳を澄ませた“恋のコール音” 声と想いをつなぐ“好きを言わないラブソング”

40年前、日本中が耳を澄ませた“恋のコール音” 声と想いをつなぐ“好きを言わないラブソング”

  • 2025.8.30

「40年前、誰かの声を待ちながら、受話器を握った記憶はありませんか?」

1985年。街の公衆電話には長い列ができ、黒電話から聞こえるプッシュ音やベルの響きが、生活の一部として溶け込んでいた。人と人とを声でつなぐ唯一の手段が「固定電話」だった時代。そんな空気を鮮やかに切り取ったのが、女優として絶大な人気を誇っていた薬師丸ひろ子のシングルだった。

薬師丸ひろ子『あなたを・もっと・知りたくて』(作詞:松本隆・作曲:筒美京平)ーー1985年7月3日発売

民営化されたばかりのNTTのキャンペーンソングとして日本中に流れたこの曲は、電話のベルとともに“つながりを確かめ合う想い”を映し出した、時代を象徴する一曲となった。

電話ボックスの時代に鳴り響いた旋律

薬師丸ひろ子にとって5枚目のシングルとなる本作。発売された1985年は、電電公社が民営化し「NTT」が誕生した節目の年でもあった。キャンペーンソングとして起用された背景には、電話が単なる通信手段ではなく、人と人との“距離”や“想い”を象徴する存在だったことがある。

受話器を握りしめ、繋がった声に胸を躍らせる。そんな情景は、この楽曲とともに多くの人々の記憶に焼き付いた。

黄金のトリオが紡いだポップスの魔法

本作を生み出したのは、松本隆、筒美京平、そして編曲を手がけた武部聡志という布陣。松本と筒美のタッグはすでに数々のヒットを築き上げていたが、そこに若き日の武部が加わることで、新しいポップスの風が吹き込まれた。

このトリオは、同年にヒットした斉藤由貴のデビュー曲『卒業』も手がけている。透明感と抒情性を兼ね備えた作風は、まさに時代の心を映し出すものだった。

undefined
薬師丸ひろ子-1983年撮影 (C)SANKEI

ベルの音とともに訪れる“恋の気配”

『あなたを・もっと・知りたくて』最大の特徴は、Bメロ直前に挿入される電話のコール音と、薬師丸自身のセリフと言っていいだろう。

歌としてだけでなく、ひとつの“ショートドラマ”としてリスナーの耳に届き、聴く人を一瞬で物語へ引き込んでしまう

筒美京平によるメロディは、透明感のある旋律が穏やかに流れながらも、サビでは大きな広がりを見せる。その抑揚が、恋の期待と切なさを絶妙に表現していた。

薬師丸の声は、女優ならではの語り口と歌手としての清らかな響きが融合しており、「声そのものが表現になっている」点が、この楽曲の魅力を決定づけている。

松本隆の詞が描いた“距離の美学”

この曲の核心は、言葉の選び方にある。単純に「好き」と言ってしまえば、気持ちは伝わるけれど、それで終わってしまう。しかし「もっと知りたい」と綴ることで、その言葉には未来へと続く余白が生まれる。

相手を知ることは終わりのない営みであり、今日よりも明日、そしてその先へと関係を深めていくことを示している。

松本隆は「好き」という一瞬の感情ではなく、歩みを重ねていく時間の積み重ねを選び取ったのだ。だからこそ、このフレーズは聴いた瞬間に瑞々しく、今なお色あせない響きを放ち続けている。

余韻として残る声の温度

シングルは40万枚近くを売り上げ、ランキングでも高位置を記録。電話という生活の象徴と、彼女の声の響きが重なり合い1985年の日本に生きる人々の“時代の記憶”を刻んだ。

40年が経った今でも、この曲を聴けば受話器を耳に当てた当時の情景が甦る。

電話コール音に胸を高鳴らせ、誰かの声を待つーーそんなひとときが確かにあの時代の日常にはあった。

薬師丸ひろ子の澄んだ声が運んでくれるのは、単なる懐古ではなく、「人を想う気持ちの普遍性」だ。技術が進化しても変わらない心の温度を、この曲は今も静かに伝えてくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。