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AV女優、作家、犬の飼い主。「紗倉まな」 という生き方が詰まったエッセイ集『犬と厄年』を語る

  • 2025.7.10

AV女優、作家、犬の飼い主。「紗倉まな」 という生き方が詰まったエッセイ集『犬と厄年』を語るの画像一覧

紗倉まなが6年ぶりのエッセイ集『犬と厄年』を刊行した。AV女優や作家など多彩な顔を持つ彼女が、iPhoneを片手にnoteで綴ったテキストを中心に集めた一冊だ。タイトルの通り、愛犬との生活や厄年を迎えて感じた身体の変化が中心に描かれているが、そこには「友達」という裏テーマも潜む。今回のインタビューでは、本作の執筆を振り返ってもらった。

友達は3人だけ

――エッセイにおいては6年ぶりとのことで、発売された今の心境はいかがですか?

紗倉まな(以下、紗倉):個人的には書籍化することを想定していなかったので、最初はnoteに徒然(つれづれ)なるままに書いていました。『群像』で掲載された作品も含まれているので、改めて一冊となって読み返すと、自分の日常の変遷も感じたり。

――noteに投稿された経緯は?

紗倉:最近は小説が続いていたこともあってエッセイを書いておらず、環境の変化やイッヌ様との他愛もない日常を書き残したいと思っていたんです。それから私の文章は5000~9000文字くらいの長文なので、文字数制限のないnoteに合っているなと。

2023年の11月から始めて、電車に乗りながらでもiPhoneで自由気ままに書けるのは楽しかったですね。その後、ある程度の投稿数になってからXで「本にできないかな〜」と呟いてみたら、お世話になっている講談社さんが即座に声をかけてくださり今回の書籍化に至りました。

――エッセイと小説は書き手として違うものですか?

紗倉:全然違いますね。創作(小説)のときは自分の思っていることや思ってもいないことまでをも登場人物に言わせることができますが、エッセイは気楽に書ける代わりに自分の発言になるので責任感を感じることもあります。あとは「紗倉さんの小説はHPが削られるけど、エッセイは柔らかくて好き」という感想もありました(笑)。

――タイトルのネーミングについても教えてください。

紗倉:改めて読み返してみた後、担当編集者さんからのご提案で、「厄年」と「犬」という、悪いことと良かったことの対比にしたタイトルにしました。

――犬の名前は“個犬情報”の観点から公開されていませんね。

紗倉:意外と犬の情報って簡単に漏れてしまうんですよね。動物病院に連れて行くと写真と名前が出たり、しつけ教室のSNSでも名前付きで投稿されたり。うちのイッヌ様は変わった名前なので、特定されないように気を付けています。

――最近は野良犬を見ること自体が少なくなりましたが、茨城の山奥で兄弟犬6匹とともに保護されたと。

紗倉:千葉で昔、車で夜道を走っていたら野犬に囲まれたこともありましたけど(笑)、今はすぐ保護されるみたいですね。赤ちゃんで保護されることも珍しいみたいでした。イッヌ様も赤ちゃんの状態で出会ったので、野犬感はまるでなかったです。

――保護する際の審査の流れも明かされていました。

紗倉:保護犬団体の譲渡会で出会ったとき、職業欄には正直に「AV女優」と書きましたが、それだけだと印象的にどうかなと思って横に「ライター」も一応添えました。嘘はついていません(笑)。辛い過去を背負ったワンちゃんたちもいるので、条件や審査が厳しいんです。

年収や家の間取りや写真なども正直に書いたり送ったりしましたけど、集まっていた希望者のみなさんの多くは模範的家族な感じだったので、正直「これは落ちるな」と。だから応募した多くの組のなかで選ばれたときは本当に驚きました。これも巡り合わせなのかなと感じました。

――ちなみに「犬」と「厄年」以外に第3のトピックとして「友達」があるのではないでしょうか。本文中で「イッヌ様」という言葉が75回使われるのに対し、「友達」は48回出てきます。

紗倉:そんなにですか!? 自分では気づいていませんでした。「犬と厄と友達」というタイトルでも「部屋とYシャツと私」みたいな響きでいいですね(笑)。

――「満員電車のトラウマ」の章で「友達が3人いる」と書かれていたのですが、裏を返せば「3人しかいない」のですか?

紗倉:仲のいい同業者の方や知り合いは多いんですけど、その人たちが友達かと聞かれたら「友達と言ってしまっていいのか?」という感じで。だから学生時代の友達ふたりと、大人になってから「友達になりたい」と伝えた向坂くじらさんの計3人が、私が唯一友達と言える人たちですね。

そうは言いつつも、もう「友達」という枠組みは必要ないかもしれないなと思うんです。学生時代は自分たちの関係を表現するのに使っていましたが、大人になってからは関係性を示す明確な言葉って別に不要というか、そうした言葉に縋(すが)るのがどこか野暮に感じます。友達が多いか少ないかでマウントしたりするのも何か違うなと感じますし。

――確かにSNSで相互フォローしていたり、顔見知り程度で「友達」とカウントするのは違和感があります。

紗倉:自分だけが友達だと思っていて、相手がそう思ってないこともありますしね。「互いに思い合っている」という基準でカウントしたら、友達ってそんなに多くないような気がします。

友達が多い人の連絡量とかを聞くと目眩(めまい)がしますし、そもそも大人数の友達がそんなにいたとすれば私は連絡をする時点で疲弊してしまうかもしれないです(笑)。

個人的には「友達」という言葉を再定義しているところなのかもしれません。

文章を視聴覚のどちらで味わう?

――その貴重な友人と学生時代の先生から読書の楽しみを教えてもらった、というエピソードもエッセイに出てきます。

紗倉:やっぱり影響力はありました。それまでは理系の高専に通っていたこともあり、理工系の専門分野に特化したものばかりを読んで「本は勉強のためにあるものだ」と思っていたんです。

でも友人が心して渡してくれた桜庭一樹さん著の『少女七竈と七人の可愛そうな大人』を読んで、桜庭さんの作品にドハマりして。遅めではありましたが、そこから小説に興味を持つようになりました。

文学をやるならば古典的な作品をも当然網羅している、という風潮があるので、現代文学ばかりを読んできた私としてはそういった主張をされる方の話を聞くと、「今からではもう追いつけない……」というコンプレックスを感じます。それもあって、文学にまつわるテーマのお話をしなければならない場に行ったときはいつも震えています(笑)。

――そういった遅咲きの読書体験が、固めだけど、柔らかみもある文体に活きているのかなと思います。「呪詛」などの固い言葉が並びつつ、括弧付きで「おったまげ~」と入れるセンスがユニークで。

紗倉:文体は出力するデバイスによって変わりますね。iPhoneで書くエッセイのほうがカッコつけずフラットな気がします。「よく見せたい欲」を出さずに書けるといいますか。

このスタイルはnoteのデザインの雰囲気に合っているのですが、なんせ長いですし自由に書きすぎていたこと、そして連載などと違って校閲も一切入らないので、読者の方々にどう思われるかが不安でした(笑)。Z世代の「(わかんの)みほ」という言葉を最近知って驚きましたが、私は平成のスラングが好きなんです。

――インプットについてはいかがでしょう? 最近はひとつの物語を本で読むのか、Audibleなどの音声で聴くのか、漫画で読むのか、映像で見るのかの選択肢が増えています。

紗倉:それは私も考えていることのひとつですね。最近とある機会に総合病院でIQの検査をしたんですよ。

日本で一般的ものだと「言語理解」(言葉を理解したり説明する能力)/「知覚推理」(視覚情報をもとに推理する能力)/「ワーキングメモリー」(聴覚をもとに考えたり推理する能力) /処理速度(単純な作業を素早く正確に行う能力)の4つの平均が自分の知能指数とされるんですね。

私は耳で得る情報がとにかく苦手で、仮に邦画であっても字幕をつけないと聞き逃してしまうことが多かったり、会話の中でも主語を省略されると一気についていけなくなる瞬間があって。

――文章理解のほうはいかがですか。

紗倉:文章だとすぐに理解できるんですよ。先ほどのIQの話で言いますと、「ワーキングメモリー」以外のIQはすごく高かったんです。なので視覚による情報処理と、聴覚による情報処理とのIQの差も大きかったんです。個人的には腑に落ちましたし、面白い体験でした。Audibleで聞くのは好きなんですけど、私の場合は字幕が付いていたほうがいい、と感じてしまうのでやはり活字で読むほうが好きなのかもしれないです。

その一方で活字で読むのは無理だけど、ラジオみたいに聞くなら入ってくる人もいますよね。だからいろいろな感覚にアプローチするメディアが広がってきて、選択肢が広がっているのはすごくいいなと感じています。

――どれが自分に合った入力方法なのか探すのも面白いかもしれません。

紗倉:知人は仕事などで読まなきゃいけない本がある場合、途中までは活字で読んでから読み上げ機能を使って家事をしながら聞くみたいです。

AIを表現に持ち込みたくない

――紗倉さんが言うところの「えろ屋」のお仕事と執筆はどのように紗倉さんのなかで両立されているのでしょう?

紗倉:AVの現場で感じたことを小説に落とし込むことも、その逆もあるんです。そういう互換性はあるのですが、端から見ると全然違うものですよね。

ファンの方もえろ屋の私を好きな人と、執筆やラジオとかで話したり表現している私を好きな人がいます。同じ「紗倉まな」でも見せ方が全然違うから、戸惑う人もいるのかもしれません。

――小説のAmazonレビューで「この文章がゴーストライターでないなら、もう紗倉さんのAVを見ても興奮しない」という投稿もありました。

紗倉:撮影現場で会った男優さんも「ニコニコしてて、セックスも好きなんだろうな」と思っていたみたいなんですけど、本を読んだら「こういう眼差しで世界を見てたの?」と驚いたみたいです。

恐らく反対の反応もあると思うんですよ。だから入口によって印象が違うんだろうと思います。コメンテーターの私を知った人には「アナウンサーだと思っていました」と言われました(笑)。

――物語をどのデバイスで書くか、本をどのメディアでインプットするか、と同じように紗倉さんをどの仕事で知るかによってイメージが変わると考えると興味深い話です。

紗倉:入口によって見方が変わるし、きっといろいろな私がみなさんのなかにいるんだろうなと。それを聞くのが楽しかったりもしますね。「AVに出ながら作家気取り」とディスられることもありますけど、私としてはできることを全力でやっています。

――ChatGPTなどの生成AIの台頭で物書きの未来について議論になっていますが、それについて思うことは?

紗倉:私は使っていないのですが、話を聞いていると便利そうですよね。先日も九段理江さんが、ChatGPTのような生成AIを一部使って描いたという小説『東京都同情塔』で芥川賞を獲って話題になっていました。

ただ私は現状だと表現には持ち込みたくないなと思ってます。自分の血肉が入っていない感じがすると言いますか、心血を注ぎたいので誰かに頼りたくないんです。「AIのサポートがあることでよりよい作品になる」という考え方もあると思うのですが、私は今はそこまでは使いたいとは思いません。

――もう既に書いたのがAIの文章なのか人間の文章なのか、わからない領域になりつつあります。

紗倉:古い考え方なのかもしれませんけど、AIに頼り切ったら「これは自分の作品です」と言い切れなくなってしまいそうな気もして。もっと精度が上がったさらなる先の未来、行き詰ったときだけにサポートしてもらえたらいいな、程度には思います。

Profile/紗倉まな
1993年、千葉県生まれ。作家・A V女優。著書に小説『最低。』(瀬々敬久監督により映画化)、『凹凸』『春、死なん』(野間文芸新人賞候補)、 『ごっこ』『うつせみ』など。最新刊はエッセイ集『犬と厄年』。
Instagram:@sakuramanateee
X:@sakuramanaTeee

■書籍情報
紗倉まな『犬と厄年』
発売中
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000413623

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