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私たちは、どんな身体を“理想”と呼ぶのか?ファッションが映す美と身体の今

  • 2025.7.2

新たなミレニアムに突入して以来、 私たちの文化はさまざまな道筋をたどって進化——あるいは退化——してきた。その中でもあらゆる人の心に消えない痕跡を残してきたのが、 私たちの身体にまつわる議論だ。焦点となるのは、見た目、もっと言えば「どういう見た目になりたいか」という理想像の問題である。 ソーシャルメディアの登場に続き、スナップチャットやインスタグラムの流行が加速するなかで、フィルター加工や“Facetune”といったアプリ、自撮り文化、そして“インスタボディ”と称される理想的なプロポーション像が広まっていった。

欧米では、グウィネス・パルトロウの「グープ」に象徴されるウェルネスカルチャーの隆盛に加えて、 コロナ禍による社会の変化が 拍車をかけ、ビューティーやアパレルの分野ではマイクロトレンドが次々と生まれた。 その中でも特に人々の記憶に残り、日常に浸透したのがアスレジャーだ。今や街のどこでも、ランニングショーツやヨガパンツ姿の人を見かける のはごく普通の光景となり、 日常着として完全に市民権を得たのである。

私たちの文化ではこれまでにも、細い体を理想化するトレンドが生まれては消えていった。たとえば、かつて話題となった“ヘロイン・シック”を記憶している人もいるだろう。そしてひとたび流れが変われば、世の中の価値観は一気に反転する。こうして体に関する言説は大きく揺れ動き、「ボディ・ポジティブ」と呼ばれるムーブメントが広がった。私たちは、理想とされる身体像が極端から極端へと振り子のように動くさまを幾度となく目の当たりにしてきた。スリムな体型から健康的なボディへ。筋肉質なシルエットから、再び線の細い身体へ——。そのたびに、「すべての体は美しい」というスローガンが掲げられながらも、気づけばオゼンピックのような肥満治療薬が脚光を浴びている現実がある。

こうした移ろいやすい身体観が最も如実に反映されるのが、ファッションの世界だ。ファッションほど身体に関する価値観の変遷を忠実に記録してきた存在はないだろう。私たちが身につける衣服が、その人が執着するイメージや、「こういう姿になりたい」という憧れの表現であることは、受け入れがたいが否定もできない真実だ。ファッションはこれまでになかった新しいイメージを提案してきたが、その一方で、社会全体の規範や目標を反映するものでもあり続けてきた。デザイナーの創造の土台になっているのも、「魅力的なもの」に関して私たちが持つ共通理解にほかならない──それに迎合するか、あるいは毅然と背を向けるかは別として。

デュラン ランティンク2024年春夏コレクション
デュラン ランティンク2024年春夏コレクション

たとえば2025年3月にパリで開催された2025-26年秋冬コレクションでは、その後にジャンポール・ゴルチエのデザイナーに就任するデュラン・ランティンクが、自身のコレクションで、体に対する好奇心をユニークな形で発揮した。彼が得意とするデザインスタイルの一つに、空気を入れて膨らませたパーツで、時にグロテスクなまでに体の凹凸を強調するものがある。チューブのようなウエストライン、肉体の構造とはかけ離れたフォルムのブラジャー、コミカルに思えるほど突き出たヒップパッドなどがその例だ。ランティンクは、体、そして美や官能をつくり出す要素に対して、挑戦的かつ風刺的な視点を持っている。私たちの誰もが受け入れている規範をさらに掘り下げ、からかうのが好きなのだ。こうした彼の好みが如実に表れたのが、3月のコレクションのオープニングとフィナーレのルックだ。オープニングを飾ったモデルのミカ・アルガナラズは、隆々とした胸筋や腹筋を持つ男性の上半身を模した、ラテックスのトルソーをまとってランウェイに登場した。そしてフィナーレでは、今度は男性モデルが、ドラァグのパフォーマーを思わせる、たわわなフェイクのバストがついたラテックスのピースをまとって登場した。こちらは女性らしさや女性の体のカリカチュアで、「理想」とされる体に対するランティンクの風刺的な視点を、最もダイレクトに表現したものとなった。

デュラン ランティンク2025-26年秋冬コレクション
デュラン ランティンク2025-26年秋冬コレクション
デュラン ランティンク2025-26年秋冬コレクション
デュラン ランティンク2025-26年秋冬コレクション

スキャパレリSCHIAPARELLI)では、ダニエル・ローズベリーが自身のデザインを通じて、バストを必要不可欠な表現の要素へと押し上げてきた。これまでのコレクションでも、彼はバストを装身具の一つと捉えて抽象化し、グラフィックな一要素として扱ってきた。こうした捉え方は人の体に対する彼の飽くなき興味の一環でもある。1月にパリで披露された2025年春夏のクチュールコレクションでも、こうした彼の興味関心がテーマとなった。バックステージで話を聞いたローズべリーは、「モダンな衣服はシンプルな見た目であるべきだ」という既成概念に挑むコレクションを作りたかったと明かした。ネオプレンやウルトラスエード ® などの新素材を使って作り上げた凝りに凝ったシルエットは、昔ながらのクチュールの手法とも見事に融合されていた。だが何より記憶に残ったのは、体のフォルムを極端に強調するローズベリーの手法だった。

スキャパレリ 2025年春夏クチュールコレクション
スキャパレリ 2025年春夏クチュールコレクション

筋骨隆々の腕にも見える丸みをつけたショルダーの意匠や、3D加工のペプラムが生み出すシルエットには目を見張るものがあった。さらにコルセットを用い、最近のランウェイでは見たことがないほどタイトで絞られたシルエットも印象的だった。第一印象では、コルセットほどモダンさとかけ離れた要素もないように思える。人を束縛し、苦痛をもたらす、過去の時代の産物、というのが今の評価だろう。だが「完璧な砂時計のようなくびれ」への憧れはいまだに根強い。ウエスト引き締めベルトや現代版コルセットが人気を博しているのもこうした憧れゆえだ。さらには悪名高い「BBL」ことブラジリアンバットリフトが生まれた裏にも、そうした心情があるだろう。BBLは体の別の場所から採取した脂肪を臀部に移動させる美容整形手術で、誰もが憧れるシルエットを手に入れることができる。いずれにせよ、ファッションの過去を掘り下げるコレクションで、ローズベリーは時代が変わっても完璧なフォルムの体を求める、私たちの根強い願望を浮き彫りにしたと言える。

スキャパレリ 2025年春夏クチュールコレクション
スキャパレリ 2025年春夏クチュールコレクション
スキャパレリ 2025年春夏クチュールコレクション
スキャパレリ 2025年春夏クチュールコレクション

「理想の体」に対して私たちが抱くイメージは常に変わり続けてきた。コルセットはこの理想とファッションとの結びつきを今に伝える、最も古いアイテムの一つだろう。だがコルセットも、身体改変の一例にすぎない。これまでも文化には、実に多くの身体改変の技法が存在してきた。現代のタトゥーやボディピアスから、かつての中国で行われていた纒足のような古来の風習まで、そのかたちは実にさまざまだ。

メゾン マルジェラ2024年春夏オートクチュール
メゾン マルジェラ2024年春夏オートクチュール

ランティンクの皮肉めいた表現、ローズベリーの過去の服飾技法へのオマージュに加えて、ここでぜひ見返したいのがジョン・ガリアーノメゾン マルジェラMAISON MARGIELA)でのファイナル・コレクションだ。この英国出身のデザイナーは、昨年1月に披露し、その壮大さで大いに話題ザインを披露した。この時、パット・マクグラスが手がけた陶器のような肌も、ビューティー・トレンドとしてあっという間に拡散した。その理由だけでも、一編のエッセイを書くに値するだろう。ガリアーノが起用した女性モデルの大半は、曲線美が印象的で、ウエストはかなり絞られていた。だがヒップや胸を強調する意図のある服でありながら、こうしたパーツをことさらに「盛る」ようなパッドは使われていなかった。その点で、このコレクションはその後の他のショーとは一線を画している。

メゾン マルジェラ2024年春夏オートクチュール
メゾン マルジェラ2024年春夏オートクチュール
メゾン マルジェラ2024年春夏オートクチュール
メゾン マルジェラ2024年春夏オートクチュール

このコレクションのインパクトがとても大きかったのは、「オゼンピックの時代」とでも呼ぶべき、「痩せた体」への執着が復活した今の欧米において、ガリアーノの提案するルックがまるで解毒剤、さらに言えば抗議のように感じられたからだ。実際、あのような見た目を持つ体をファッション業界が目にしたのは、このマルジェラのショーが最後だったはずだ。それ以降のショーでは、モデルの体はどんどん細く、スリムになっている。この2月にニューヨークロンドン、パリ、ミラノの4都市で開催された2025秋冬コレクションを受けて、『VOGUE BUSINESS』が行った分析によると、198のショーやプレゼンテーションで登場した延べ8703のルックのうち、ミッドサイズかプラスサイズと認められるルックはわずか3.3%だった。

しかし極細のウエストやコルセットの復活は、「理想の体」に対する人々の意識の変化を受けた、ファッション界の反応の一例にすぎない。そもそも衣服には、私たちの体のパーツを強調し、カモフラージュし、フォルムを作るという機能がある。

ここで考えてみたいのが、引き締まった体や筋肉を執拗に求める意識の高まりだ。この傾向は特に男性の間で顕著だ。私はこのブームを「プロテイン シック」と名付けた。世界各国、特にアメリカでは、男性はプロテインがたっぷり入ったサプリメントを盛んに摂取しては、肉体改造に励み、筋骨隆々の体を作り上げようと努力している。ファッションもこのトレンドを取り入れてきたが、今では、こうした男性が着る服にも変化が訪れいる。

自身にとって最後になったバレンシアガBALENCIAGA )のプレタポルテ・コレクションで、デムナはこれまでの自らの流儀に従い、美の理想を体現するモデルたちを2025−26年秋冬のランウェイに送り出した。中でもその傾向が最もはっきりと表現されていたのは、カットオフされたタンクトップ姿でランウェイに繰り出した、マッチョな男性3人組だ。これはTシャツの袖をカットしたり、タンクトップの脇を広げたりして、隆々とした上腕二頭筋を見せつける、肉体美に取り憑かれた男性の姿をランウェイに再現したものだった。

バレンシアガ 2025-26年秋冬コレクション
バレンシアガ 2025-26年秋冬コレクション

さらにこのトレンドは、ほかのメンズウェアにも飛び火している。女性には以前から補整用のインナーや、ジム以外の場所でも着られるアスレジャー系の選択肢が豊富にあったが、今では男性も、太もももあらわな、タイトなランニングパンツ姿でどこにでも出かけるようになった。さらにトップも、引き締まった腹筋や大胸筋をアピールしようと、よりタイトなものが選ばれている。

しかし、ランティンクと同様に、デムナも皮肉やジョークを駆使している。彼が掲げる“鏡”に映るのは、私たちの文化、そしてその盲点だ。その意味で、彼は反体制的なデザイナーの系譜に連なる人物と言える──その誰もが、美に対する一般常識に敢然と反旗を翻すことで名を挙げた者たちだ。こうした反抗的なデザイナーの中でも、最も偉大で明らかな功績を挙げているのはミウッチャ・プラダだろう。彼女が世に送った中でおそらく最も有名な、プラダ(PRADA)の1996年春夏コレクションは、「アグリー シック」が誕生した歴史の転換点だった。このコレクションでミウッチャは、野暮ったいとみられがちなスタイリングやすんなりとは受け入れがたい色使いを、洗練を極めた、説得力のあるルックで再評価へと結びつけた。

プラダ 1996年春夏コレクション
プラダ 1996年春夏コレクション

それから30年近い時間が経ったのちも、彼女はこのレガシーを拡大させ続けている。ミュウミュウMIU MIU)の2025-26年秋冬コレクションで、ミウッチャは女性らしさとアクセサリーの関係を考察した。それが何より明確に表現されていのが、50年代を思わせるコーンブラだ。このコレクションにはイタリアのブルジョワジーを思わせる雰囲気があったが、同時に反抗の精神も息づいていた。一般的な美を求め、規範に迎合しようとする私たちの思いを拒否する、さらには皮肉る気配さえ感じさせたのだ。

ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション
ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション
ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション
ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション

ランティンクやミウッチャが、体のフォルムをアクセサリーとして解釈することで女性らしさを演出していたとすれば、ローズベリーやデムナは、自分自身を美の規範に沿わせようとする、私たちの強迫的な思いをそのまま受け入れていると言える。そうした表現が成り立つのは、ファッションがこれまで、文化からの要求を受け入れてきた実績があるからだ。前述の、規範に反抗するガリアーノ作のコレクションでさえ、これがポップ カルチャーの世界で最も有名になった瞬間は、2024年のメットガラの場だった。ここでこのコレクションからのピースをまとったのは、現在の「理想の体」の究極の姿である、キム・カーダシアンだ。キムはまた、自身の展開する、補整インナーに端を発するブランド、スキムズSKIMS)や、今後展開予定のナイキNIKE)とのパートナーシップで、この「理想の体型」をファッションビジネスに持ち込んだ人物でもある。

キム・カーダシアン、2024年メットガラにて。
The 2024 Met Gala Celebrating "Sleeping Beauties: Reawakening Fashion" - Arrivalsキム・カーダシアン、2024年メットガラにて。

一方で、ファッションが世の中の流れを決めることもある。そのため、歴史を通じて、ファッションは社会全体の規範を反映するものでもありながら、規範を生み出し、揺るぎないものにする過程にも一役買うという、相反する複雑な役割を引き受けてきた。はるか以前から、「完璧な体」のイメージは、ランウェイで体現されてきた。だが今では、細身の体や肉体美というものが、もはや一般人には手の届かない贅沢になったことを、ファッションは白日のもとにさらけだしている。エクササイズを欠かさず、ほっそりとした体を手に入れ、それを維持できるのはどんな人だろう?それは金銭的に豊かで、正しい食事やジム、医薬品、さらには医師に手が届く人たちだ。コルセットや補整インナー、曲線美を強調するラグジュアリーブランドのアイテムを着ることができるのも、これと同じ層だろう。

「ボディ・ニュートラル」とは、かつては「平均的な体」を指す言葉だった。世間一般の体についての規範は、確かに理想化されてはいたものの、頑張れば達成できる目標だった。だがその後、基準そのものが現実離れした方向に大きく移動してしまい、今ではファッションの側が、誇張や戯画化といった手段を用いて、何とか追いつこうとしているありさまだ。こうして登場したのが、ラテックスでできた胸、ウエストを締め上げるコルセット、空気で膨らますヒップパッドなどだ。そのどれもが、「理想の体」をマンガ的に表現したものだ。とはいえ、これを見て笑う者はどこにもいない。「理想の体」を追い求めるこの終わりのない“ゲーム”の中で、世間一般の美に対する既成概念を相手に、常に得点を挙げてきた実績がファッションにはあるからだ。

Photos:Gorunway.com Text: Jose Criales-Unzueta Translation: Tomoko Nagasawa

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