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30年前、日本中が“3文字”に笑って泣いた 日常を肯定し寄り添いつづける“最強応援歌”

  • 2025.7.20

1995年、テレビをつければバラエティとドラマが全盛、CDショップには“ミリオンセラー候補”がひしめいていた。

そんな中、メッセージ性とキャッチーさを同時に持ち合わせた「国民的ヒット」が、日本中の口ずさむ声をひとつにした

大黒摩季『ら・ら・ら』(作詞・作曲:大黒摩季)ーー1995年2月20日リリース。

この“歌っているうちに泣けてくる曲”が、なぜ30年経った今でも多くの人の心に残っているのか、その理由を改めてたどってみよう。

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(C)SANKEI

“前向きなフリじゃなく、本気で背中を押してくれた曲”

『ら・ら・ら』は、大黒摩季にとって10枚目のシングル。ドラマ『味いちもんめ』(テレビ朝日系)の主題歌に起用され、ドラマの放送とともにじわじわと注目を集め、やがて誰もが口ずさむ“時代のテーマソング”へとなっていった。

タイトルだけ見れば、鼻歌交じりで、あまり意味を持たない曲と思った人もいるかもしれない。歌詞を見ても、一見すれば恋愛ソングのように映る。しかし、そこに描かれているのは、働く人、悩む人、傷ついた人、そして戦う人たちの心に、驚くほど真っ直ぐに届く応援歌なのだ。

「泣いてもいい」「がんばらなくてもいい」と言われるより、「大丈夫、私もそうだった」って言ってくれるような距離感の優しさが、この曲にはあった。

「がんばってるの知ってるよ」って、歌が言ってくれた

当時、大黒摩季はあまりメディア露出はなく、自ら作詞・作曲を行い、シンガーとしてだけでなく“届ける人”としての強さを持っていた。

力強く突き抜けるボーカルは、聴く人の背中を押すと同時に、時に肩を抱きしめるような温度を帯びていた。

「笑って 泣いて 生きていこう」ーーそんな当たり前でいて忘れがちな言葉を、飾らず真正面から伝えた。

そのスタンスは、どこか“等身大の姉御”のようで、特に同世代の女性たちから圧倒的な支持を得た。

ヒットの裏には、そうした“自分ごととして聴ける歌”という、J-POP黄金期にあっても稀な強度があった。

“売れた”を超えて、“暮らしに染み込んだ”

『ら・ら・ら』は、最終的にミリオンセラーとなり、CDシングルとしては自身最大のヒット曲となる。

街中のCDショップでも、カーステレオでも、テレビでも流れまくっていた。それでいて、飽きられなかった。むしろ、聴くたびに沁みてきた。

当時のJ-POPは「熱狂」と「派手さ」が武器になっていた時代。しかし『ら・ら・ら』は、もっと日常に寄り添っていた。

“感情を大きく揺さぶる”というより、“その日の夜を少しあたたかくする”ような曲だった。

「今日もなんとか生きたな」って思える瞬間に、なぜかこの曲が浮かんでくる。そんな経験をした人は、きっと少なくない。

あの時代、“強い女”はこう歌ってた

大黒摩季の存在は、1990年代女性シンガーの中でも異彩を放っていた。

飾らず、媚びず、でも感情には真っ直ぐ。

“元気キャラ”や“切なさキャラ”に分かれるのではなく、その全部を同時に抱えた存在だった。だからこそ、この曲は性別や年代を問わず、さまざまな人に受け入れられた。

「ら・ら・ら〜♪」と軽やかに歌いながら、心の奥でグッとこみ上げてくる感情を、誰もが感じていた。

そしてそれは、時代がどれだけ変わっても、変わらない感情でもある。

30年経った今も、“思い出すと少し泣ける曲”

2020年代の今、音楽はサブスクであふれ、気分に合ったプレイリストを選ぶのが当たり前になった。そんな時代に『ら・ら・ら』を聴くと、逆に“気持ちの芯に届く”感覚が際立つ

自分ががんばれていない日。

誰かに言葉にできないモヤモヤを抱えている夜。

ただ、ふと昔を思い出してしまったときーー

この曲は、「ああ、そんな日もあっていいんだよ」と、何も言わずにそっとそばにいてくれる

30年前、日本中を包み込んだこの歌は、今も静かに、そして確かに、生き続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。