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死者を“処理”する役人を演じた俳優・松岡昌宏 “無色透明なキャラクター”を演じ切った6年前の名作

  • 2025.7.1

「お客様は仏様です」この一言に象徴されるように、テレビ東京系 ドラマホリック『死役所』(2019年)におけるシ村(松岡昌宏)は、徹底して無表情、無感情に死者を“処理”する役人だ。自殺、他殺、事故死、病死……この世を去った者たちが最初に訪れる “シ役所”の総合案内係として、あらゆる死に冷静に対応する姿は一見、親切で丁寧に映る。しかしその微笑みには、何かが欠けている。温度がないのだ。この無色透明なキャラクターを、松岡昌宏は見事に演じきっている。ただ静かに、淡々と。それでいて、観る者の心には得体の知れない不安と哀しみがじんわりと広がっていく。その源が、松岡の「貼り付けた笑顔」にあることは言うまでもない。

“冷たさ”のなかに宿る微かな温度

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(C)SANKEI

松岡の演技には、演じすぎないという強みがある。言い換えれば「抑制の演技」とでも言おうか。とくにドラマ『死役所』においては、死者の壮絶な過去や理不尽な死に対しても、シ村は一切感情を爆発させることがない。涙も怒りもない。ただそこに「在る」だけの存在だ。

だがその抑制こそが、観る者にとっては強烈なメッセージとなる。大声を出さずとも、激しく怒らずとも、沈黙が何より雄弁なのだと、松岡の演技は教えてくれる。

とくに印象的なのは、死者の話を聞くシーンでの微細な目の動きや、語尾にわずかに揺れる声色。それらは決して芝居がかっていない。それでいて、過去に何か深い闇を抱えていることさえ感じさせる。

シ村というキャラクターは、基本的には冷徹で非情な存在として描かれる。だがドラマが進むにつれて、彼のなかにある“かすかな温度”が浮かび上がってくる。

たとえば、いじめによって自ら命を絶った少年・鹿野太一(織山尚大)への接し方もその一例だろう。あるいは、自分の死をまだ受け入れられない者に向けた、一歩踏み込んだ説明や助言。その一つひとつの対応の裏には「誰よりも死と向き合ってきた者」としての、深い哀しみと共感がある。

松岡はそれを台詞ではなく、間合いで語る。表情で滲ませる。人間の内側にある複雑な感情を、過剰に表現するのではなく沈めて浮かび上がらせることで、観る者に訴えかけるのだ。

松岡昌宏が得意とする“つかみどころのなさ”

松岡昌宏の俳優としての最大の魅力は、どこかつかみどころのない役に抜群の説得力を与えられることだ。それは『家政夫のミタゾノ』シリーズでも発揮されている。

ミタゾノは女装した家政夫という一見コミカルなキャラクターだが、内面にはどこか、複雑な事情や闇を抱えているように思えてならない。その、いわば裏と表、そして明るさと闇の絶妙なバランスは、まさに松岡ならではの演技力によって支えられている。

『死役所』のシ村もまた、同様に二面性を持つ存在だと言えるだろう。善人なのか悪人なのか、優しいのか冷たいのか、判断がつかない。しかし、だからこそ彼はリアルなのだ。

人は単純な善悪や明暗では割り切れない。その複雑さにリアリティを与える俳優こそ、真に演じられる存在だと言えるはずだ。

原作コミック『死役所』は、登場人物の死の理由や背景を淡々と描きながらも、人間の尊厳や社会の歪みに鋭く切り込んでいく作品だ。その静謐で鋭い空気感を、ドラマ版でも忠実に再現することが求められた。そのなかで、松岡昌宏が見せる静の演技は、原作の精神にしっかりと呼応していたように思える。

とりわけ、シ村自身の過去が徐々に明かされていく終盤にかけて、松岡の表情から「役が松岡に乗り移った」と感じさせるような一体感があった。家族との悲しい別れ、彼自身が背負う罪と後悔。それらが押し寄せるシーンでも、声を荒げることはない。ただ、少しだけ目を伏せ、口元を震わせる。そのほとんど動かない演技こそが、観る者の胸を打つに違いない。

演技を削ぎ落とすという表現の強さ

『死役所』という作品は、死をテーマにしていながら、実は「生きる」ことを深く考えさせるドラマである。松岡演じるシ村は、あまりにも多くの死に立ち会いすぎたがゆえに、静かに生を見つめるしかなくなった男だ。彼の一挙手一投足は、視聴者に「生きるとは何か」「死とは何か」という問いを投げかけ続ける。

だからこそ、松岡の無表情は無意味ではない。そこに映るのは、人間の生と死のあいだを揺れる「魂の残響」だ。

感情を表に出すことが演技のすべてではない。むしろ松岡昌宏が『死役所』で示したのは、「どれだけ演技を削ぎ落とせるか」が、ときに強力な表現になるということだった。

声を張らず、涙を流さず、怒号を上げずに、観る者の心に深く刺さるキャラクターを体現した松岡。シ村という難役に真正面から向き合い、抑制された佇まいで魂の重みを見せたその姿は、俳優としての成熟と覚悟を物語っていた。

死というセンシティブなテーマを扱いながらも、希望や愛、そして人間の矛盾を描く『死役所』という物語。その核となる存在として、松岡昌宏は静かに、しかし確実に名演を刻んだのだった。今後の動きが注目される松岡だが、SNS上では「舞台でもドラマでも活躍していける」「今後も頑張って」と、俳優・松岡昌宏の躍進を願う声が絶えない。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_