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モスキーノを率いるアードリアン・アピオラッザがナビゲート。夢のファッション・アーカイブへようこそ!

  • 2025.4.21

2024年1月にモスキーノのクリエイティブディレクターに任命されたアードリアン・アピオラッザは、リサーチを決して怠らない。これは自らの感性に誇りを持つ、多くのデザイナーに共通するポイントだ。とはいえリサーチの手段は人それぞれで、ピンタレストやインスタグラムのオンライン・プラットフォーム活用派もいれば、ヴォーグ・ランウェイを選ぶ情報通もいる(ひいき目ではあるが、多くの人がこちらを選んでいると思いたいところだ)。そんな中、アピオラッザはかなりのアナログ派だ─彼のリサーチの原点は常に、今そこにあるファッションアイテムなのだ。

パートナーで同じくファッションデザイナーのライアン・ベナセルとともに、アピオラッザは「20エイジ・アーカイブ」のオーナーを務めている。これは(大半が)20世紀のヴィンテージピースを集めた、壮大なファッション・コレクションだ。ここに収められているアイテムは、コム デ ギャルソンメゾン マルジェラのコンセプチュアルなピースから、ニコラ・ジェスキエールフィービー・ファイロ時代のバレンシアガセリーヌのアイコニックなフットウェアまで、多岐にわたる。

「とは言っても」と、ベナセルとシェアしているパリのアパルトマンから電話取材に応じたアピオラッザは語気を強める。「ヴィンテージを買い始めたころは、特に『コレクションしている』という感覚はなかったんです。実際、(デザイナーの)仕事を始めて、インスピレーションの源を見つける必要に迫られたことが、そもそもの始まりでした」

当時は川久保玲や山本耀司が手掛ける衣服の内部構造に興味を持ち、自分が着るものとしては「80年代のアイテム」を好んでいたという。こうしたファッションへの興味関心を原動力として、今では4000点以上という、膨大なアイテム数を誇るコレクションが誕生した。

アーカイブのウォールディスプレイ。ベストはすべてフランコ・モスキーノのデザイン。
アーカイブのウォールディスプレイ。ベストはすべてフランコ・モスキーノのデザイン。
パトリック・ケリーのドレス。
パトリック・ケリーのドレス。

ブエノスアイレスで子ども時代を過ごしたアピオラッザは、1990年代初頭、セントラル・セント・マーチンズで学ぶためにロンドンに赴く。ファッションの世界に足を踏み入れた彼は、アレキサンダー・マックイーン、ミゲル・アドローバー、そしてフィービー・ファイロが率いていた時代のクロエで働いた。

駆け出しのころから、ヴィンテージを好んで買い集めていたが、アーカイブピースとの真の「ロマンス」が始まったのは、2016年、パートナーのベナセルと出会ってからだ。二人の情熱に「瞬く間に火がつきました」と、ベナセルは振り返る。それは「当時、こうしたヴィンテージアイテムに関心を持つ人ばかりではなかったので、本当の意味での掘り出し物を見つけることができた」からだという。

二人は出会ったときから、この情熱を共有していたのだろうか?「私の初恋はコム デ ギャルソンでした」とベナセルは語る。ギャルソンはアピオラッザも、最初に夢中になったというブランドだ。だが今は、ベナセルはジャンポール・ゴルチエを、アピオラッザはマルタン・マルジェラを、最愛のデザイナーとして挙げている。

二人には、もうひとつ共通点がある。「最初は、自分で着るための服を探していたんです。自分は目立つタイプで、ヴィンテージものを着るのが好きでしたから」とベナセルは語る。彼とアピオラッザは、今もヴォーグ・ランウェイのストリートスタイル・フォトの常連で、自ら集めたアーカイブピースを着ている姿もよくスナップに収められている。

「ボディが先か、服が先か(Body Meets Dress, Dress Meets Body)」をテーマに掲げたコム デ ギャルソン1997春夏コレクションのルック。コム デ ギャルソン オム プリュス2015春夏の靴をヘッドピースに。
「ボディが先か、服が先か(Body Meets Dress, Dress Meets Body)」をテーマに掲げたコム デ ギャルソン1997春夏コレクションのルック。コム デ ギャルソン オム プリュス2015春夏の靴をヘッドピースに。
コム デ ギャルソン1997春夏コレクションに、フィービー・ファイロ時代のセリーヌ、2013年春夏のシューズを合わせて。
コム デ ギャルソン1997春夏コレクションに、フィービー・ファイロ時代のセリーヌ、2013年春夏のシューズを合わせて。
2007年秋冬、ニコラ・ジェスキエールとピエール・アルディによるシューズを風船とともにディスプレイ。
2007年秋冬、ニコラ・ジェスキエールとピエール・アルディによるシューズを風船とともにディスプレイ。

アピオラッザにとって、当初は個人的な情熱の対象であり、リサーチ目的のライブラリーでもあったこのヴィンテージコレクションは、ベナセルが加わったことにより、ひとつのビジネスへと発展していった。この経緯について、「『意味あるピースが自分たちの手もとにあるのだから、何かをしなければ。自宅に眠らせておくわけにはいかない』と思うようになったんです」と、アピオラッザは説明する。さらに2021年には、ゼンデイヤベラ・ハディッドなどのファッションコンシャスなセレブの後押しもあり、一大ヴィンテージ・ブームが巻き起こった。

それ以前からアピオラッザとベナセルは自らが所有するアイテムを広告プロジェクト向けにレンタルしていたが、コロナ禍によるロックダウンの時期にベナセルが職を失い、このプロジェクトに割ける時間が増えたことをきっかけに、これはフルタイムで取り組む事業になっていった。

1989年秋冬コレクション、陶器の破片を素材にマルタン・マルジェラがデザインしたベスト。「これは自分にとって、まさにコンセプチュアル・ファッションの究極の姿です」と、アピオラッザはこのピースに賞賛を惜しまない。「いつも見つめては、喜びを感じています。取り憑かれていると言ってもいいでしょう」

1989年秋冬コレクション、陶器の破片を素材にマルタン・マルジェラがデザインしたベスト。「これは自分にとって、まさにコンセンプチュアル・ファッションの究極の姿です」と、アピオラッザはこのピースに賞賛を惜しまない。「いつも見つめては、喜びを感じています。取り憑かれていると言ってもいいでしょう」
1989年秋冬コレクション、陶器の破片を素材にマルタン・マルジェラがデザインしたベスト。「これは自分にとって、まさにコンセンプチュアル・ファッションの究極の姿です」と、アピオラッザはこのピースに賞賛を惜しまない。「いつも見つめては、喜びを感じています。取り憑かれていると言ってもいいでしょう」

共同で築いてきたコレクションを「20エイジ・アーカイブ」と名付けると、二人は本格的なデジタルカタログと、メールによるニュースレターを立ち上げた。実は私も当時、インスタグラムでアピオラッザをフォローしていた。彼が紹介するアンティークな掘り出し物や、時折のぞかせる、仕事の舞台裏に魅せられていたのだ。このアカウントでシェアされているヴィンテージアイテムと、彼自身が生み出す作品の間にリンクがあるのでは? と考えることも多かった。この点について質問をぶつけると、こんな返事が返ってきた。「仕事柄、(インスタグラムで)見せるものには限度を設けようとしていたんです。でも、アーカイブ愛が強すぎて、自分を抑えきれませんでした」。さらに笑いながら、こう明かしてくれた。「僕たちがアーカイブピースに寄せる情熱が、僕の常識を上回っていたんでしょう」

ジャンポール・ゴルチエ、1985年秋冬のドレス。
ジャンポール・ゴルチエ、1985年秋冬のドレス。
メゾン マルジェラ、2001年春夏、手袋を素材にしたベスト。
メゾン マルジェラ、2001年春夏、手袋を素材にしたベスト。
ジャン=ポール・グードの「バイオリン・パンツ」。1989年7月14日に行われた、フランス革命200周年記念のパレード用に制作された。
ジャン=ポール・グードの「バイオリン・パンツ」。1989年7月14日に行われた、フランス革命200周年記念のパレード用に制作された。
ジュンヤ ワタナベ、1998年秋冬のドレス。
ジュンヤ ワタナベ、1998年秋冬のドレス。

また、さらなるアイテムの買い取りを考えるときも、二人の判断基準のベースにあるのは常識ではなく、情熱だった。「過去のパズルを再構築するのは素敵なものですよ」と、90年代キッズを自認するベナセルは、その過程を詩的に表現する。「これまで買い集めたアイテムは、自分より長い時間を経ているものが大半です。私はそれほど長い日々を生きてこなかったので、さまざまな人から聞いた話を通じて、ものに秘められたストーリーを体験しているのです」

一方のアピオラッザは、1997年、コム デ ギャルソンの「ボディが先か、服が先か(Body Meets Dress, Dress Meets Body)」と題されたコレクションが世に出たとき、ロンドンにいた。そして今では、このコレクションで披露されたピースをいくつか所有している。「当時の自分には手の届かない存在でした。今ではいくつかのピースを手もとに置くことができるようになり……昔抱いていた憧れの感情が今になってまたよみがえり、そのアイテムを実人生で手もとに置けるなんて、胸がいっぱいになりますね」

アードリアン・アピオラッザ(左)、コム デ ギャルソン オム プリュス、2020秋冬のアイテムを着用。ライアン・ベナセル(右)、イッセイ ミヤケのシャツの上に、ジャンポール・ゴルチエが1998年、舞台「ピノキオ」のためにデザインした衣装を重ねて。どちらも二人が所有するアーカイブ所蔵のピースを着用。
アードリアン・アピオラッザ(左)、コム デ ギャルソン オム プリュス、2020秋冬のアイテムを着用。ライアン・ベナセル(右)、イッセイ ミヤケのシャツの上に、ジャンポール・ゴルチエが1998年、舞台「ピノキオ」のためにデザインした衣装を重ねて。どちらも二人が所有するアーカイブ所蔵のピースを着用。
「ルイ・ヴィトン×村上隆」コレクションのトランク(写真上、ルイ・ヴィトン、2003年春夏)と、「ルイ・ヴィトン×スティーブン・スプラウス」コレクションのジャケット(中央、ルイ・ヴィトン、2001年春夏)、周囲を取りまく小物は複数のブランド。
「ルイ・ヴィトン×村上隆」コレクションのトランク(写真上、ルイ・ヴィトン、2003年春夏)と、「ルイ・ヴィトン×スティーブン・スプラウス」コレクションのジャケット(中央、ルイ・ヴィトン、2001年春夏)、周囲を取りまく小物は複数のブランド。

二人はまた、アピオラッザが自身のキャリアの中で勤めてきたブランドのアイテムもコレクションに加えている。その中でも、モスキーノの創始者、フランシスコ・モスキーノのオリジナル・アイテムは、今になって特別な意味を持つに至った。「デザイナー就任が本当に急な話だったので(前任者が就任からわずか10日で急逝したことを受けての指名だった)、時間がない中で仕上げるためには、実作業に全振りして、リソースを投入する必要がありました」と、彼は就任後の慌ただしさを振り返る。

「アーカイブを使えたのは、僕にとっては、まさに『ビンゴ!』でした。そこで真っ先に、アーカイブを見に行こうと考えたのです。その後も、初のコレクションから次へ、さらにその次へと向かう中でも、アーカイブの重要さは変わりません。そこへ向かうことは、モスキーノについて学ぶ絶好の手段なのです」。だからといって、今後も過去をお手本にし続けるとは限らないという。「新たなデザインの言語を学び、創り出すことにも興味を持っています。でもDNAにしっかりと根付いてあるもの、というのが条件です」とアピオラッザは断言する。「僕にとって、ヴィンテージはもはや体の一部なので、クリエイターとして、さらに一個人として用いる言語に、そうした要素が出てくるのは自然なことです」

そう語る彼の頭にあるコンセプトが「フューチャー・ヴィンテージ」だ。「私はコレクターで、過去のデザインを愛してやみません。そういう人間が創作している以上、そこに『時を超えて生き残るものを作りたい』という意識があるのは間違いありません」と彼は語る。「時間が経っても特別に感じられるものを作りたいと思うのは当然です―20年後になっても、目にした人が、『面白いな、こんなデザインへのアプローチがあったのか!』と言ってくれるようなものがいいですね」

Set Design: Pierre - Alexandre Fillaire Post-production: 4pm studio Translation: Tomoko Nagasawa Editor: Kyoko Osawa

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