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アプリで出会った女性と2回目の神楽坂デート。32歳男が帰りに女を家に誘ったら…

  • 2025.4.21

男という生き物は、一体いつから大人になるのだろうか?

32歳、45歳、52歳──。

いくつになっても少年のように人生を楽しみ尽くせるようになったときこそ、男は本当の意味で“大人”になるのかもしれない。

これは、人生の悲しみや喜び、さまざまな気付きを得るターニングポイントになる年齢…

32歳、45歳、52歳の男たちを主人公にした、人生を味わうための物語。

東京カレンダー
Vol.1 神楽坂デート 広告代理店勤務の32歳、加川充の場合


「おう、加川。このあとサクッとどうだ?」

親指と人差し指を口元でクイクイと揺らす前時代的なジェスチャーで、シローさんが僕に言った。

「いや…フツーに行かないです」

「おい〜なんだよ、上司の誘いが聞けな言って?」

「シローさん、やばいですよ。それ完全にパワハラですからね。管理職ならさんざんコンプラ研修やってるでしょうに…」

手元のApple Watchを見ながら、僕はシローさんを振り切ろうとデスクの上を片付ける。

時刻は19時を回った。店の予約時間はすぐそこまで迫っている。

それというのにシローさんは心底つまらなそうに、大袈裟に天を仰いで僕に顎下のシャレた無精髭を見せつけて言葉を続ける。

「あ〜、今時はほんと何でもかんでもコンプラコンプラ。俺と飲みに行くより大事な用ってことは、デートか?」

「はい、デートなのでお断りします」

「お前、ほんといっつもデートだよな。こう言っちゃなんだけど、お前ってそこまでイケメンってわけでも…」

「はい、さっきから終始パワハラかつセクハラかつルッキズムで、シローさんマジでヤバいです。本当、オヤジですよ?じゃ、お先に失礼します〜」

「おい、お前の方こそ、そういう発言はエイジハラスメントっていうんだからな!人間、年齢じゃ測れないだろっ」

背後でそう喚くシローさんを振り切ってオフィスを出た僕は、急いで駅へと向かった。

オフィスがある赤坂から神楽坂までは、溜池山王駅と飯田橋駅を使えば南北線ですぐだ。約束の19時半にどうやら遅刻しないで済みそうだとわかり、ホッと胸を撫で下ろす。

― ふう。あんまり待たせたりしたら、うまくいくものもいかないからな。

南北線の駅へと速足で歩みを進める僕は、ゆっくりと今さっきシローさんと交わした軽口の応酬を振り返る。

シローさんは確か、45歳のはずだ。そんなにいい大人が、気付いていないというのだろうか?

自分の発言の中に、大きな矛盾があるということに。

『こう言っちゃなんだけど、お前ってそこまでイケメンってわけでも…』

『人間、年齢じゃ測れないだろ』

ここ。大きく矛盾しているのは、このふたつの発言だ。

『こう言っちゃなんだけど、お前ってそこまでイケメンってわけでも…』

シローさんの言いたいことはわかる。

僕ははっきりいって、お世辞にもイケメンと言われる類の顔ではない。

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似ていると言われたことがあるのは、学生時代にラグビーをしていた体格のせいもあってか、せいぜいゴリラぐらいのものだ。

だけど、32歳を迎えた今。

はっきり実感しているのは、モテと顔は関係なくなってきた──ということだ。

『ただしイケメンに限る』なんて言い訳が通用するのは、せいぜい大学生まで。

32歳の男に求められることは、仕事ができること。

金銭的に余裕があること。

そして、グルメに強くなること。

『人間、年齢じゃ測れないだろ』なんてことはない。

32歳という年齢は、男がようやく本質で勝負できる、成熟した大人なのだ。

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つまらない思案に暮れつつたどり着いたのは、神楽坂の『のいえ』。予約時間の19時半ぴったりに店内に入ると、約束の相手は先に店内で僕を待ち受けていた。

「充さぁん、こっちこっち」

「ごめん、ニナちゃん。待たせちゃったね」

「ううん、全然。私が早く着いちゃっただけ!」

そう言って艶っぽく微笑むのは、アプリで出会ったニナちゃんだ。

仄暗いカウンター席でひと際目立つその美貌も、女優の卵だというのだから納得できる。

僕の「年収1,000万以上」「グルメ」「筋トレ」というキーワードに惹かれてマッチしてくれたらしく、今日で会うのは2回目。

ちなみに前回のデートは、ニナちゃんの「お肉かお鮨♡」というリクエストに応えて銀座の鮨に連れて行った。

2回目のデートにここを選んだのは、「日本酒♡」というリクエストがあったということと──僕の部屋が、ここから程近い飯田橋にあるからにほかならない。

「ねえ、ここも素敵なお店ですねっ。ザ・隠れ家って感じ。ほんと、充さんってたくさん素敵なお店知ってますよねぇ」

熱っぽい視線を絡ませるニナちゃんにそんな下心が見透かされないよう、僕はなるべく誠実な態度を心がけながら、この数年で仕入れた知識で美味しい日本酒を選定する。

もちろん、会計は僕持ちだ。会話の端々に、仕事の面白さをトピックとして盛り込むことも忘れない。

仕事ができること。金銭的に余裕があること。グルメに強くなること。

それが、32歳の洗練された男の立ち振る舞いなのだから。



「あ〜、いっぱい飲んだぁ。充さん、ご馳走さまでした」

思いのほか酒豪の一面を見せつけたニナちゃんは、8cmはあろうかというヒールを履いているのに、「少し酔いをさましたい」と言って夜の散歩をねだった。

「ね、充さん。充さんって早稲田卒なんですよね?私のパパと一緒だぁ。キャンパスってこっち?」

神楽坂通りをズンズンと早稲田方面に歩いているホロ酔いのニナちゃんに戸惑ったのは、そっちが僕の家とは別方向だからというわけじゃない。

ほんの少し、苦い思い出の場所がこの先にあるからだ。

「ニナちゃーん。酔いざましなら、僕の部屋行こうよ。ウロウロしてたら危ないって」

僕はあくまでも紳士的に、かつ、できるだけ迅速にニナちゃんの回収に取りかかる。

けれど結局ニナちゃんは、モデルもこなすというその健脚で、ついに僕の避けていた場所のすぐ前までたどり着いてしまうのだった。

22時の神楽坂通りを、煌々と照らす場所──。

それは、なんの変哲も無いありふれたファストフード店だ。

だけど、僕にとっては唯一無二の特別な場所なのだ。

学生時代に何度も過ごした、思い出の店だったから。

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当時一緒に過ごしてくれた相手は、凪沙。早稲田の学生だった僕と、学習院女子大に通っていた凪沙。

出会い方までもが「友達の彼女の友達」というありふれたものだったけれど、このファストフード店がそうであるように、凪沙は僕にとってやっぱり特別な女の子だった。

「ねえ!充くんてさ、芸人のあの人に似てるよね。男ウケする感じの」

「ああ…よく言われる」

初対面の食事会。「また非・イケメンイジリか」と内心うんざりしていた僕だったが、初対面の凪沙が続けた言葉は僕にとっては想定外のものだった。

「だよね、カッコイイ!私、すごいタイプなの!」

「へ…?」

男子校から早稲田に進学し、ラグビー三昧。そんなむさ苦しい環境で過ごしていた僕にとって、女の子の方から「タイプ」と言われるなんて、初めての経験に決まっている。

すっかり舞い上がってしまった僕はどうにかこうにか凪沙をデートに誘い出し、その初めての場所が、このファストフード店だった。

イケメンではない上に、ラグビー三昧でバイトもろくにできず、金も無い。そんな僕の誘いを、凪沙はいつもニコニコと承諾してくれた。

当然グルメ情報だって何にも知らず、当時流行っていた『アバター』を見に行ったり、カラオケでAKB48や嵐を歌ったりしたあとは、いつだってこのファストフードにやってきた。

そして、本当に取るに足りないどうでもいい話をしながら、ただ一緒にいられることが嬉しくて…凪沙の門限ギリギリまでこの店で一緒に過ごしていたのだ。

でも…。

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結局、凪沙との恋は実らなかった。

ラグビーが忙しくなったり、大手広告代理店に就職してみたら信じられないほど忙しかったり、いろんな要因があるけれど…。

要するに僕がチキンだった。それだけの理由だ。

いつのまにか連絡を取らなくなってしまった凪沙の情報を聞いたのは、2年前。ゼミの同窓会で大学を訪れ、例の凪沙を紹介してくれた友達から教えてもらった。

「凪沙は、ものすごく年上の人と結婚した」と。

その話を耳にしたのも、皮肉なことにこのファストフード店だった。



「あーん、足痛くなってきたぁ」

「ほら、だから言ったじゃん。どうする?僕んちまでタクシー乗る?」

「うん…そうしよっかなぁ」

ニナちゃんの困り声で現実に引き戻された僕は、慣れた手つきでアプリでタクシーを呼んで、彼女をスマートに部屋へとエスコートする。

もしあの頃の僕が、今の僕ぐらいいろんなことをこなせていたら…何か変わっていただろうか?

車内でニナちゃんの手を握りながら自問するが、結局そんな不埒な質問自体を頭から振り落とした。女性の前で、他の女の子のことを考えるだなんて、失礼だからだ。

だけど…。

凪沙の結婚の話を聞いた時から、どうしても、僕の心にこびりついて離れない想いがある。

― 僕みたいなコドモじゃダメだったから、凪沙は年上の人と結婚したのかな。

窒息するような想い。これは、焦燥感だ。

もっともっと、成長したい。

もっと、もっと、男として上に行きたい。

『32歳という年齢は、男がようやく本質で勝負できる成熟した大人』。

ついさっき考えていた僕自身の言葉に、矛盾があることには我ながら気付いている。

シローさんに何も言えないな、と思ったら、無意識のうちに自虐じみた笑いがこぼれた。

「どしたの、充さん?」

タクシーの揺れのせいにして、ニナちゃんが僕の肩に頭をもたれさせながら尋ねた。ほのかな香水の香り。僕はなんのことかまったくわからないようなふりをして、答える。

「ん、別に?それより、次はどんなもの食べに行こうか?予約のなかなか取れないワインバー知ってるんだけど、一緒に行ってみる?」

そうだ。今の僕に似合うのはそういう店なのだ。

そういう店に似合うような男に、なるべきなのだ。

32歳。ファストフードに行くような年齢は、もうとっくに過ぎ去ったから。


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充に「前時代的だ」と指摘されたシロー。45歳の男の胸に渦巻く想いとは

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