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ただの“震災ドラマ”ではない…夜のNHKに放送された“謎”に満ちたドラマ

  • 2025.4.11
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『地震のあとで』4月5日放送(C)NHK

NHKで放送されている『地震のあとで』は、村上春樹の小説『神の子どもたちはみな踊る』が原作の全4話のテレビドラマだ。

原作小説は連作短編集となっており、阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の起きた1995年を舞台にした物語が6作収録されている。
その中から「UFOが釧路に降りる」、「アイロンのある風景」、「神の子どもたちはみな踊る」、「かえるくん、東京を救う」の4作がドラマ化されたのだが、1995年に舞台が限定されていた原作小説に対し、今回のドラマ版は1995年から現在(2025年)までの30年の出来事を描いた物語に脚色されている。

1995年の出来事を描いた原作小説を95年から現在までの出来事として描いた『地震のあとで』

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『地震のあとで』4月5日放送(C)NHK

第1話「UFOが釧路に降りる」では、小説と同じように阪神・淡路大震災の起きた1995年の出来事が描かれた。

主人公の小村(岡田将生)は、地震で被害にあった神戸の町並みを映したニュース映像を見続けていた妻の未名(橋本愛)に突然、家を出て行かれ、離婚することになる。その後、休暇を取った小村は、会社の後輩に頼まれ、ある荷物を釧路にいる後輩の妹の元に届けることになるのだが、そこで不思議な出来事に遭遇する。

妻や友達といった大切な人が突然いなくなるという導入部は村上春樹の小説で頻繁に描かれる展開だが、震災の映像が間に挟まることで、いなくなった未名が間接的に地震の影響を受けて、心を病んでいたことが理解できる作りとなっている。

物語は終始謎に満ちていて、謎の女性・シマオ(唐田えりか)とラブホテルで一夜を過ごした小山が、自分は空っぽの人間で、だから妻はいなくなったのだと、喪失感を抱く場面で終わる。

背景となる震災と、その状況を映したニュース映像は具体的なのに、映像はとても幻想的で役者の芝居も良い意味で異物感があり最後まで目が離せなかった。村上春樹の小説の世界を忠実に映像化した結果こういう作品になったということは頭では理解できるが、こんな複雑で謎に満ちたドラマがテレビで放送されている事自体に興奮した。

その後、第2話「アイロンのある風景」では東日本大震災の起きた2011年、第3話「神の子どもたちはみな踊る」では新型コロナウィルスのパンデミックが起きた2020年、第4話「続・かえるくん、東京を救う」が2025年現在が舞台となり、小説とは違う時代を舞台にした物語が展開されていく。
つまり、阪神・淡路大震災と、オウム真理教が起こした宗教テロの地下鉄サリン事件という2つの歴史的な出来事に対応する大きな出来事として、その後の時代で起きた出来事が描かれるのだ。かなりアクロバティックな改変だが、観ていて納得するのは、原作小説が描こうとしていた1995年の出来事が、この30年間、日本では何度も繰り返されてきたことを実感するからだろう。

本作の脚本を担当した大江崇允は、村上春樹の短編小説を濱口竜介が映画化した『ドライブ・マイ・カー』の脚色も担当している。本作は国内外で絶賛され多くの賞を獲得したが、中でも高く評価されたのが脚色だ。

『ドライブ・マイ・カー』が収録された短編集『女のいない男たち』の他の短編の要素を劇中に取り入れることで世界観を広げ、現代的な価値観にアップデートした批評的な物語に仕上がっていた。 今回の『地震のあとで』も時代背景の変更の他にも、村上春樹が繰り返し描いてきた「喪失」というテーマや地下鉄サリン事件の被害者にインタビューしたノンフィクション『アンダーグラウンド』の要素が取り入れられており、とても批評的な作品となっている。

とは言え、同じ現代的なアプローチでも『ドライブ・マイ・カー』とは作風が大きく異なり、『地震のあとで』の方が、村上春樹の中にあるファンタジー小説としての側面が強く打ち出されている。
これは全話を監督した井上剛の作家性だろう。

リアルなのにファンタジックな井上剛のテレビドラマ

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『地震のあとで』4月5日放送(C)NHK

井上は、現在はフリーのディレクターだが、元NHK出身で、連続テレビ小説『あまちゃん』や大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』といった傑作ドラマのチーフ演出を多数手がけている。

井上は『あまちゃん』では東日本大震災、『いだてん』では関東大震災を劇中で描いている。また、『不要不急の銀河』では、2020年のコロナ禍にスナックを営む家族の姿を描いたホームドラマを、コロナ禍にドラマを制作する様子を撮影したドキュメンタリーの二本立てで監督した。

彼の作品では地震を筆頭とする天災に遭遇した人々の姿が描かれることが多い。
中でも阪神・淡路大震災から15年後となる2010年に制作された『その街のこども』は、子どもの時に神戸で被災した男と女が15年後に偶然出会い、神戸の夜の街をいっしょに歩きながら、お互いの過去について語り合うドラマで、夜の神戸という非日常の時間を切り取った印象深い作品だった。

このように井上はドラマの中で天災を描き続けてきたディレクターで、彼の過去作を知っていると1995年を起点に繰り返し天災に巻き込まれてきた日本の30年を描いた『地震のあとで』は、集大成と言える作品だと言っても過言ではないだろう。

また、井上のドラマは、膨大な取材を元に制作するというドキュメンタリー的なアプローチで作られており、ディテールがとても具体的なのだが、出来上がった作品はファンタジーに近いものになるという不思議な特徴がある。

リアルを追求するドキュメンタリーと非現実の世界を描くファンタジーは、本来真逆で相容れないものだが、井上の映像は、その時代の風景やスポーツ選手やアイドルのディテールを丁寧に拾い上げ、作品の解像度を高めていく。だがその結果、異界の風景を観せられているような幻想的なものへと反転してしまうのだ。

その極北が、第4話の「続・かえるくん東京を救う」である。

本作は、巨大な“かえる”の姿をしたかえるくんが、まもなく東京で起こる大地震を防ぐために、片桐(佐藤浩市)という冴えない男と共に東京の地下に足を踏み入れるという寓話的な物語だ。

筆者はオンライン試写で事前に拝見したのだが、リアルなのにファンタジックな井上の映像表現の一つの到達点だと感じた。

のん(能年玲奈)がかえるくんの声を担当しているキャスティングも見事にハマっているので、『あまちゃん』ファンも必見の一作である。

NHK土曜ドラマ『地震のあとで』2025年4月5日(土)スタート
総合 毎週土曜 よる10:00~〈全4話〉
NHKプラスで見逃し配信中



ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。