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原田美枝子の驚異の一人二役が光る… “母から娘への虐待”が衝撃的な、27年前の【伝説映画】とは?

  • 2025.5.18

1998年に公開された『愛を乞うひと』は、下田治美の同名小説の映画である。監督は『学校の怪談』や『笑う蛙』で知られる平山秀幸。国内では日本アカデミー賞最優秀監督賞、キネマ旬報ベスト・テン監督賞などを受賞、さらに米アカデミー賞外国語映画賞の日本代表に選出され、モントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞など国内外で69もの映画賞を受賞し、その実力が高く評価されている作品である。

公開から27年経った今でも、観たものの心に深く残り続ける一作で、SNSでは「ずっと胸に余韻が続いてる」「人の業を上手く描けている作品」「素晴らしい」「原田美枝子の一人二役が壮絶。」と多くの人の感想で溢れている。

母親としての宿命

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(C)SANKEI

主人公は、印刷工場で働くシングルマザーの山岡照恵(原田美枝子)。彼女は幼少期に孤児院で育ち、その後、実母・陳豊子(原田美枝子/一人二役)に引き取られたが、壮絶な虐待を受けて育った。のちに照恵は大人になり、自身の娘・深草(野波麻帆)との些細な衝突をきっかけに、心の奥に封じ込めてきた記憶と向き合うことになる。

照恵は、亡き父・文雄(中井貴一)の遺骨を求めて台湾へ渡り、深草とともに、母の過去を辿る旅に出ることに。そこで見えてくるのは、「自分にとっての“母”とは一体何なのか」という問いだった。
本作は、“壮絶な虐待”が衝撃を残す一作だが、女性が負う母親としての宿命について問いを投げかける作品となっている。

過去と現在を往復しながら描かれる構成は、観客に静かな緊張感と余韻を与える。中井貴一、小日向文世、國村隼といった、脇を固める俳優陣の存在感のある演技も見逃せない。

原田美枝子渾身の一人二役

本作の最大の見どころは、原田美枝子の一人二役による名演技に違いない。彼女は、第22回日本アカデミー賞にて最優秀主演女優賞を受賞。作品はその年の主要映画賞を多数受賞し、映画史に名を刻んでいる。

豊子の照恵への暴力は常軌を逸していた。お祭りに行くためのお小遣いを欲しがる照恵の手のひらに吸っていたタバコを押し付け、また棒を使って顔に傷を負わせることもあった。さらに恐ろしいのは、再婚相手の男がいる目の前で服を着替えろと、娘を貶めるような発言すらするのだ。それでいて、櫛で髪の毛をとかさせて、「上手ね、気持ちいいわ」と褒めるようなこともする。

照恵は、暴力を繰り返す母に、なぜ孤児院から自分を引き取ったのか気になり「私のことを可愛いと思ったからだよね?」と尋ねる。しかし、「強姦されて生んだ。生みたくなかった」と言い捨てられてしまう。

回想シーンで、豊子が日本統治下の台湾で戦時中の混乱の中、性暴力を受けたと示唆される描写がある。その現場を助けたのが実の父である文雄だった。台湾で文雄の遺骨を探す中、幼い照恵のことを可愛がってくれていた文雄の友人夫婦と再会する。そして彼らから照恵は「絶対に文雄と豊子の子だ」と言い聞かされるのだった。

その真偽はわからないが、被害者としての豊子に深い心の傷があったことは確かだ。その憎しみを娘にぶつけるしかなかったのだ。照恵の「私の母さんは17の時に死んだのよ」というセリフはこの被害のことを指しているのだろう。

また、照恵は不遇な幼少期の影響もあって、大人になっても自分の娘にすら強く言葉をかけられないような気弱な人物。どこか諦めているような空気を纏う彼女の存在感は、同じ俳優とは思えない説得力がある。この複雑な役柄は、誰にでも演じられるものではない。

女三代引き継ぐもの

映画のクライマックスでは、美容院を1人で営む豊子のもとへ照恵と深草が訪れる。数十年ぶりの再会に、自分を娘だと気づいていない豊子に照恵は、客として髪を切ってもらうことに。髪を切り始めて、照恵の額に自らが負わせた大きな傷跡を見つけて、我が子だと気づく。

しかし、豊子は照恵に淡々とお会計を促す。そして照恵は思い詰めたように豊子を見つめ「どうぞ、お元気で」と一言伝えて立ち去った。その姿を豊子は、美容院の店先でじっと見つめ続けるのだった。

照恵は帰り道のバスの車内で、横に座った深草に「やっと母さん(豊子)にさよならが言えたよ」と話す。そして、どんなに暴力を振るわれても、母を愛し、母から愛されたかったと打ち明ける。しかし、今は愛する深草がそばにいる、と、その幸福を噛み締めて涙するのだった。

憎しみと愛が交錯する母娘の記憶に、静かな別れが訪れた。それは、ようやく照恵の心に訪れた救いの瞬間でもあったのだ。


ライター:山田あゆみ
Web媒体を中心に映画コラム、インタビュー記事執筆やオフィシャルライターとして活動。X:@AyumiSand