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デザイナー、馬術選手、陸軍少将。タイ王室の多才なプリンセス、シリワンナワリー王女とは?

  • 2026.11.2
Patrick van Katwijk / Getty Images

2026年6月、長年昏睡状態にあった異母姉パッチャラキッティヤパー王女の逝去により、深い悲しみと王位継承をめぐる転換期を迎えたタイ王室。その渦中にあって、国王夫妻のフランス国賓訪問への随行や、愛知・名古屋アジア競技大会での不屈の挑戦など、ひときわ強い存在感を放っているのがシリワンナワリー王女です。

デザイナーやアスリートとしての顔も併せ持ち、伝統と革新を体現するシリワンナワリー王女。その知られざる歩みと魅力を、10のトピックで紐解きます。

Victor Boyko / Getty Images

元女優の母、国外へ渡った兄たち――タイ王室に残された王女の生い立ち

シリワンナワリー王女は1987年1月8日、現国王ラーマ10世と、元女優である第2夫人スチャーリニー・ウィワチャラウォンとの間に誕生しました。4人の兄に続く末娘として愛されましたが、両親の結婚生活はわずか2年で破綻。国王がスチャーリニー元妃を不倫疑惑で告発したことにより、泥沼の離婚劇へと発展しました。

別居後、元妃は5人の子どもたちを連れてイギリスへ脱出。その後、兄4人はロイヤルの称号を剥奪され、一家はアメリカへと移住することになります。しかし、シリワンナワリー王女だけは国王の命によってタイへ連れ戻され、王室で唯一のプリンセスとして育てられるという数奇な運命をたどることになりました。

SOPA Images / Getty Images

異母姉の逝去と王位継承問題。王室の未来を担うキーパーソンに

タイ王室では2026年6月、長らく将来の事実上の後継者と目されていたパッチャラキッティヤパー王女(写真中央)が、3年半におよぶ昏睡状態の末に47歳で逝去しました。ラーマ10世には4度の結婚で7人の子どもがいますが、王室の称号を保持しているのは、第3夫人との間に生まれた異母弟ティパンコーン王子(左から2番目)と、第2夫人との娘であるシリワンナワリー王女(写真左)の2人のみ。王位継承順位第1位とされるティパンコーン王子はまだ21歳と若く学業の途上にあり、タイの現行憲法では議会の承認があれば女性君主の即位も認められていることから、王室の将来を支える重要人物として、シリワンナワリー王女への注目がかつてないほど高まっています。

Foc Kan / Getty Images

パリコレにも進出! 自身のブランド「SIRIVANNAVARI」を率いるデザイナー

王女のキャリアを語る上で欠かせないのが、世界的なファッションデザイナーとしての顔です。チュラロンコン大学でファッションを専攻していた2004年にミラノ、そして2007年には巨匠ピエール・バルマンの招待を受け、弱冠20歳の学生にしてパリ・ファッションウィークで公式デビューを飾りました。

自身の名を冠したラグジュアリーブランド「SIRIVANNAVARI」では、ロマンティックな物語性を大切にしたクリエイションを展開。なかでも自身が執筆した恋愛詩から着想を得た「馬、ヘレン、そしてアンリ」コレクションは、負傷した軍将校と農家の娘が馬によって結ばれる物語を描き、大きな話題を呼びました。ロイヤルの枠を超え、自身の感性と世界観をストレートに表現するデザイナーとして、ファッション界でも一目置かれる存在です。

Swan Gallet / Getty Images

モード界のミューズ! パリのフロントロウを華やかに彩るアイコン

シリワンナワリー王女は、世界のモード界においても特別な存在感を放っています。シャネルやクリスチャン・ディオールをはじめとする名だたるオートクチュールメゾンのショーでは、フロントロウの常連ゲストとしてパパラッチの視線を独占。『Vogue Thailand』や『ELLE Thailand』の表紙を幾度も飾り、香港『Tatler』などのハイエンド誌でも特集が組まれるなど、正真正銘のスタイルアイコンとして知られています。

公務で見せるタイの伝統織物をモダンに昇華したドレス姿から、パリの最前列で見せるエッジの効いたメゾンルックまで、その着こなしは常に世界中のファッショニスタの注目を集めています。2025年5月にはパリに自身のブランド「SIRIVANNAVARI」のポップアップストアをオープンさせ、名だたる国際ファッションメディアの単独取材に応じるなど、タイの現代的なクリエイティビティを世界へ発信するインフルエンサーとしての役割も果たしています。

Pietro D'Aprano / Getty Images

タイの伝統織物をモダンに昇華。国連WIPO大使も務めるファッション界のリーダー

王女のデザイン活動の根底には、タイの服飾文化を守り育ててきた祖母・シリキット王太后への深い敬愛があるそうです。王太后を「真のアイコン」と称する王女は、王太后が情熱を注いできたタイシルクや各地の伝統手織り布の保護・振興を現代的なアプローチで継承。タイの手工芸を世界のラグジュアリー市場へと押し上げる指針として、著書『タイ織物トレンドブック 2025-2026年秋冬』を出版したほか、2025年8月にはバンコクの学術シンポジウムにて製品開発とサステナビリティに関する提唱を行いました。

さらに、日本の伝統文化である着物とタイ織物を融合させた文化交流プロジェクトにも意欲的に関わるなど、活動の場は国内外へと広がっています。こうした伝統工芸の保護とサステナブルなものづくりへの貢献が国際的にも認められ、2026年5月には国連の専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)の「ファッション・デザイン大使」に就任しています。

Antoine Gyori - Corbis / Getty Images

歴史的快挙となったフランス国賓訪問。エリゼ宮で見せたモダンスタイル

2026年6月下旬、タイ王室はフランスへの歴史的な国賓訪問を行いました。これはラーマ10世国王にとって即位以来2度目であり、ヨーロッパ諸国への公式訪問としては初となる極めて重要な外交舞台。この大役に国王夫妻とともに随行したのが、シリワンナワリー王女でした。

長女パッチャラキッティヤパー王女の逝去直後で王室全体が喪に服すなかでの訪問となりましたが、シリワンナワリー王女はエリゼ宮殿での公式晩餐会に伝統的なタイシルクのイブニングドレスを纏って出席。宮殿内を国王夫妻や大統領夫妻が先導して行進する厳格な移動の最中、王女は自発的に足を止め、待ち構えるカメラマンに向けて笑顔で手を振るポーズをとってみせました。

公式な移動を一時中断してフォトコールに応じるこの行動は、厳格なタイ王室の伝統的なプロトコルにおいては極めて異例のこと。その振る舞いは、王室の現代的でオープンなスタイルを象徴するワンシーンとして欧州メディアの話題をさらいました。

Yong Teck Lim / Getty Images

9歳から培った本格派。馬場馬術のタイ代表として活躍し続けるトップアスリート

スポーツの分野において、シリワンナワリー王女は馬場馬術のタイ代表として長年活躍する本格派のアスリート。9歳で乗馬を始めて以来、週6日、1日3頭の馬を乗りこなすというストイックなトレーニングを重ねてきたといいます。過去の事故で脚を骨折し、今なお左足に金属ボルトが入っている状態でありながら、真摯に競技へ向き合い続けています。

2026年9月に日本の愛知・名古屋で開催された第20回アジア競技大会にも、タイ代表として出場を果たしました。しかし、この舞台に立つ直前には壮絶な試練を経験しています。代表選考を兼ねたイタリア遠征中に最愛の姉の訃報が届き、王女は「激しい混乱と動揺のなかで試合に出場したものの、演技はひどく、馬も苦しみ、すべてがうまくいかず無力感に苛まれた。すべてが重荷になり、泣き崩れてしまった」と当時の苦しい胸中を告白しています。それでも「姉も私がここにいることを望んでいるはず」と前を向き、わずか2週間で心身を立て直してアジア大会の切符を掴み取りました。どん底を味わいながらも再び立ち上がった時の葛藤を、王女は率直に明かしています。

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国際大会で金メダルも獲得! 冠大会まで創設されたバドミントンの実力

王女が力を入れてきたスポーツは、馬術だけではありません。かつてはバドミントンのタイ代表選手としても第一線で活躍していました。2005年にフィリピンで開催された東南アジア競技大会では、タイ代表チームの一員として女子団体戦に出場し、見事に金メダルを獲得。日々の過酷な練習と確かな実力で掴み取ったこの快挙は、タイ国内で大きな称賛を浴びました。

さらに、タイにおけるスポーツ振興と次世代の育成に対する王女の熱意を讃え、2016年には世界バドミントン連盟(BWF)公認の王女の名を冠した国際トーナメント「プリンセス・シリワンナワリー・タイランド・マスターズ」が創設されています。自身がトップアスリートとして頂点を極めた経験を活かし、大会を通じて世界のトップ選手たちとタイの若手選手を繋ぐ架け橋となるなど、タイのスポーツ界に多大な貢献をしています。

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オーケストラの壮大な楽曲も自ら作曲! 芸術を支えるパトロンとしても高い評価

デザインやスポーツに加え、王女が才能を発揮しているもう1つの分野がクラシック音楽です。幼少期から芸術に親しんできた王女は作曲家でもあり、ロイヤル・バンコク・シンフォニー・オーケストラ(RBSO)のためにこれまでに6つの管弦楽作品を書き下ろしてきました。

2016年以降、自身のブランド「SIRIVANNAVARI」のランウェイショーでは、各コレクションのテーマに合わせて王女自らが作曲した曲が、フルオーケストラの生演奏によって披露されるという贅沢な演出が恒例となっています。2019年に執り行われたラーマ10世国王の戴冠式祝典でも、タイ国立劇場で王女の自作曲4曲が演奏されました。

現在は同オーケストラのディレクターおよび芸術委員会委員長を務めており、自ら創作を手がけながらタイの芸術文化の発展を力強く支えるパトロンとしても高い評価を得ています。

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陸軍少将の階級も保持。凛々しい軍服姿から旅先で見せる飾らない素顔まで

シリワンナワリー王女は、タイ王国陸軍において「少将」の軍階級を保持し、軍人としての顔も持ち合わせています。国家の重要行事や式典では凛々しい軍服に身を包んで父である国王に寄り添い、厳格な規律を体現する頼もしい存在です。

その一方、プライベートや海外訪問で見せる気品と親しみやすさのギャップも王女の魅力。2026年2月に州政府の賓客としてインドを訪れた際には、ラジャスタン州の宮殿巡りに続いてアグラのタージマハルを訪問しました。その際、現地ガイドと並んでベンチに腰掛けるナチュラルで飾らない旅先での姿がSNSに投稿されると、「このエレガントな女性は誰?」と瞬く間にネット上で拡散され、大きな話題を呼びました。

軍人としての規律にクリエイターとしての豊かな感性、時に魅せる等身大の素顔。そのシリワンナワリー王女の柔軟なスタンスが、新時代のプリンセスとして人々を惹きつける理由と言えるかも。

※この記事は2026年11月2日時点のものです。

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