1. トップ
  2. エピソード
  3. 毎日同じ時間に売り切れる惣菜屋のコロッケ→取り置きを頼んだ日、カウンターの前で振り向いた先客

毎日同じ時間に売り切れる惣菜屋のコロッケ→取り置きを頼んだ日、カウンターの前で振り向いた先客

  • 2026.11.1
ハウコレ

ショーケースの中で、コロッケのトレーだけがまた空になっていました。端に置かれているのは、手書きの「売り切れ」の札。駅前の商店街にあるこの惣菜屋で、それを見て来た道を引き返すのは、もう何度目か分かりません。

仕事帰りに寄ると、いつも空のトレー

この店のコロッケを初めて食べたのは、引っ越してきてすぐの休日でした。衣が薄くて、中のじゃがいもがほんのり甘い。仕事帰りに寄るのがささやかな楽しみになりました。

ところが、仕事帰りに寄るとコロッケはいつも売り切れ。しかも札が置かれるのは、決まって私が着く直前です。

「今日もか」とつぶやいて、駅前のコンビニでお弁当を買う日が続きました。店主は札を置くと、奥で片付けを始めます。こちらに気づいているのかどうか、目が合ったことは一度もありません。

なんでいつも無いんだろう。同じ時間に、誰かがまとめて買っていくのかもしれない。常連さんの分だけ、先に取ってあるのかもしれない。考えるうちに、店の前を通るのが少しおっくうになっていきました。

思い切って取り置きを頼んだ日

ある日、会社の休憩中に、店の番号へ電話をかけました。

「あの、今日、コロッケを2つ取っておいてもらえますか」

電話に出た店主は、少し間を置いてから答えました。

「2つですね。お名前をうかがってもいいですか」

名前を伝えて電話を切ったあとも、店主が答える前の間が頭に残っていました。

その日は仕事を早めに切り上げ、いつもより少し早く商店街に入りました。店が見えたところで、カウンターの前に先客がいるのに気づきます。店主がトレーのコロッケを、大きな紙袋に次々と移していました。

最後の1つが袋に入ったとき、先客がこちらを振り向きました。

振り向いたのは、見覚えのある人

そこにいたのは、同じアパートの1階に住む年配の女性でした。ゴミ置き場で会えばあいさつをする程度で、名前も知りません。

「あら」

女性は少し目を丸くして、軽く会釈をしました。私も頭を下げながら、視線はどうしても紙袋に向いてしまいます。店主が女性に声をかけました。

「いつもの分、全部入れといたからね」

「ありがとう。助かるわ」

女性の慣れた返事から、これが毎日のことなのだと分かりました。いつも同じ時間に消えていたコロッケは、あの紙袋に入っていたのです。

女性はずっしりした袋を両手で抱え、商店街を歩いていきました。あれだけの数を、毎日どうしているのだろう。後ろ姿を目で追いながら、店主に名前を告げました。

「お待たせしました。取り置きの2つです」

店主が差し出した小さな袋には、私の名前を書いたメモが貼ってありました。

そして...

袋を受け取ってお礼を言うと、店主は商店街の先に一度目をやってから、私のほうに向き直りました。この店で店主と目が合ったのは、これが初めてです。

「電話をくれたら、取っておきますからね」

店主のその言葉で、次からは札だけを見て帰らずに済みそうです。手のひらに温かい袋をのせ直して、店を出ました。

それでも、帰り道で考えてしまいます。あれだけのコロッケは、毎日どこへ運ばれていくのでしょうか。そして店主は、なぜこれまで一度も私と目を合わせなかったのでしょうか。

(20代女性・事務職)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ