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杉本博司はモーツァルトに似ている。庄司紗矢香と語る、音楽と写真に流れる時間

  • 2026.10.26

過去に杉本が構成・演出・美術を手がけた朗読劇『肉声』に参加したバイオリニスト庄司紗矢香さんが、来日中に『絶滅写真』展(現在は終了)を訪問。音楽と杉本写真との共通性から広がった話はモーツァルトに及び……。

photo: Taro Hirano / text: Mari Matsubara / hair&make: Yuka Takamatsu (Sayaka Shoji)

杉本博司、バイオリニスト・庄司紗矢香
BRUTUS

庄司紗矢香

杉本さんと最初にお会いしたのは2013年の杉本文楽パリ公演(*1)の時でしたね。

*1:『杉本文楽 曾根崎心中付(つけた)り観音廻り』パリ市立劇場、2013年10月10日〜19日

杉本博司

そうでしたね。あの時は相当お若かった、まだ10代かと思っていましたが、いや、違いますか。

庄司

さぁ(笑)。私は文楽の知識がたいしてあるわけではなく、素人同然で観に行きましたが、日本文化の底を覆すようなパワーに血が騒ぎました。ヨーロッパでの生活が長くなるにつれ、自分自身のルーツについてよくわからずにいたところがあって。そんな時にあの作品を拝見して、雷に打たれたように、日本人とは、日本とは何かということを考えさせられたのです。

杉本

それは光栄なお言葉です。庄司さんとはその後もパリに行くたびにお会いして、お食事したりお話ししたりしました。16年には私がプロデュースした舞台『肉声』で、一人芝居をする寺島しのぶさんのセリフに合わせてバイオリンで音を付けていただきました。譜面などなかったですよね。

庄司

即興ではありませんが、作曲というほどのものでもないです。

朗読劇『肉声』
『肉声』 ジャン・コクトーの原案を基に舞台を戦前の日本に移して杉本が構成した朗読劇。作・演出は平野啓一郎。電話で別れ話をする女性を寺島しのぶが一人芝居で演じ、そのセリフに庄司が節付・演奏した。2016年、東京・草月ホール。

——庄司さんは杉本さんの写真作品にどのような印象をお持ちですか?

杉本

杉本さんは音楽的な芸術家だと思っています。というのは、写真は一瞬を捉えるものですが、例えば〈海景〉にはその中に時間の流れがあります。その半秒前か半秒後には違う世界があると感じさせると同時に、ずっと変わらない普遍性もある。写真の中で時間が凝縮されたり歪んだりする感覚が、音楽とすごく重なる部分があるように思います。

演奏ごとに生き返る音楽と時間が伸縮する杉本の写真

杉本

というと?

庄司

音楽は1分、1秒と刻々と進む時間の概念からは抜け出した芸術だと私は思っていて、その音楽の中で時間が緩んだり、縮んだりするものなんですよね。例えば18世紀に作曲された作品はずっと弾き継がれてきましたが、作曲された当時と、その50年後、200年後ではどんどん曲の解釈や演奏スタイルが変わっていくのです。

そして「当時はこういうふうに演奏されていただろう」という推測で弾いたり、逆に21世紀の視点で取り組むこともできる。つまり、古典でも演奏されるごとに毎回、音楽は生き返っている。その時点で、私にとってそれは“現代音楽”なんです。

だから、写真を通して古代人のまなざしを追想し、それを今現在目の前にある海の景色に置き換えてみたり、近松の頃の文楽はどうだったかという観点でアプローチされる杉本さんの作品とは、通じる部分があるように思っています。

杉本

音楽と写真との共通性ということで言えば、ついこの間、庄司さんと〈カメラータ・ザルツブルク〉との共演をサントリーホールで聴きました。カメラータとはイタリア語の「カメラ=部屋」を語源とする「音楽サークル」のような意味合いだそうですが、写真機のカメラのルーツは「暗い箱」を意味する「カメラ・オブスキュラ」なんですよね。

庄司

ナボコフの世界。(*2)

*2:ウラジーミル・ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』1932年

杉本

音楽と写真のご先祖様は同じ系統なのだなと思いました(笑)。

庄司

杉本さんのどの作品シリーズにも感銘を受けますが、やはりなんと言っても〈海景〉は、シンプルな構図と被写体の中に深い概念が潜んでいます。そこが音楽的だなと感じます。

それから〈ポートレート〉のシリーズも好きです。今日は展覧会の開幕前にお邪魔したので、通常とは違う入り方をしましたが、すぐ目の前に《昭和天皇》が展示してあって、心臓が止まるかと思うほどびっくりしました。ゾッとすると言ったら失礼ですが、蝋人形に命が宿るように見える、その不思議さを考えさせられました。

杉本

先ほど庄司さんが、音楽が時代ごとに異なる解釈で受け継がれているというお話をされていましたが、2027年の1月に庄司さんはバイオリン演奏、私は舞台美術でご一緒させていただくコンサートにも同じことが言えますね。

ヴィヴァルディの『四季』を現代音楽家のマックス・リヒターが電子音楽を加えて再解釈した作品を演目にします。映画『アマデウス』が蝋燭の光を効果的に使って撮影されたように、18世紀のバロックの光をどうやって劇場内に再現させようかと構想中です。

庄司

ヴィヴァルディの時代と21世紀を行ったり来たりする特別な機会になりそうですね。

杉本

指揮は鈴木優人さんで、彼とは2025年、オペラ『ドン・ジョヴァンニ』で私が舞台美術を担ってご一緒したのですが、その時、モーツァルトはすごいなと改めて思いました。

庄司

どの作品がお好きですか?

杉本

交響曲第41番(ジュピター)は彼の三大交響曲の一つですが、3年後に死ぬ人とは思えないほどの名曲ですよね。才能の絶頂にあった人がコロッと、35歳で死んでしまう。私ももうすぐそうなりたいと思っていますよ。

庄司

そんな。まだまだいろんな構想をお持ちだと思います。私はモーツァルトについて、彼が残した手紙を通してしか知らないのですが、きっと杉本さんみたいな人柄だったんじゃないかと想像するんですよ。

杉本

家族に宛てた手紙はスカトロジーを含んだ下世話な話が多く、ひどいもんです。ダジャレばかりの私に似ているなーって思いますよ。

庄司

自覚がおありなんですね(笑)。

杉本

モノクローム作品の印象からか、世間からは寡黙で生真面目な人間だと思われているかもしれませんが、気心が知れた人たちと一緒の時には好き放題、冗談ばかり言って、ふざけたやつなんです。

庄司

でも、何かを隠していらっしゃるようにもお見受けします。真面目なところや、繊細さや深みを隠そうとなさるでしょう?

杉本

真面目が前面に出ると、途端に猫をかぶりたくなっちゃうね。

杉本博司、バイオリニスト・庄司紗矢香
2019年に杉本演出『鷹の井戸』が上演されたパリ・オペラ座を撮影した作品を前に照れ隠しの黒サングラスで「ヨロシク、紗矢香さん」。

2人の次なるコラボレーション

『庄司紗矢香 × 杉本博司 Recomposed by Max Richter: Vivaldi - The Four Seasons with 鈴木優人 & アンサンブル・ジェネシス』
ヴィヴァルディ『四季』を大胆に再構築した現代音楽家マックス・リヒターの代表作に庄司紗矢香と弦楽アンサンブルが挑む。杉本博司による舞台美術と響き合う一夜限りの舞台。 2027年1月31日、ロームシアター京都サウスホールにて。


profile

庄司紗矢香(バイオリニスト)

しょうじ・さやか/東京都生まれ。3歳でイタリア・シエナに移住。1999年、パガニーニ国際コンクールにて史上最年少で優勝。以後、ズービン・メータ、ユーリ・テミルカーノフら一流指揮者や世界屈指のオーケストラと共演多数。現在パリ在住。

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