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天然昆布が消える。日本の食文化を途絶から救う、エキスパートたちの挑戦

  • 2026.10.13
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日本のだし文化を支える天然昆布が、北の海で深刻な危機に瀕している。蔵で昆布を熟成させる職人、現場に立ち続ける漁師、伝統の継承を探る日本料理人、そして海へ潜るフランス料理のシェフ――。最前線に立つ彼らの声とアプローチから、和食の命であるだしのこれからと、今日私たちが一杯のだしを味わうときに選ぶべき未来を探る。

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日本料理の礎――1枚の昆布が支えるだしの厚み

鍋から静かに立ち上る、鰹節の華やかな香り。その奥から遅れて漂ってくるのは、どこか懐かしく凛とした海の匂いだ。和食の椀物を口にしたとき、じんわりと体に馴染むおいしさの正体は、1枚の昆布が静かに支えるだしの厚みである。

「引き算」と評される日本の料理文化において、昆布は決して前面に出ることはない。けれど、素材の角を包み込み、隠れた味をそっと引き出していく。単なる調味を超えて、和食という文化の佇まいそのものを決める骨組みのような存在だ。その確かな底支えがあるからこそ、和食の一皿は私たちの記憶に残る味となる。

しかし今、その日本料理の根幹を支えてきた天然昆布が、北の海から急速に姿を消しつつある。農林水産省の「漁業・養殖業生産統計」や「北海道ぎょれん」の発表データによると、かつて年間3万トンを超えていた北海道産昆布の生産量(天然・養殖) は、近年の海水温上昇などの影響を受けて激減。2025年には1万トンを大きく割り込む8,000トン台となり、2026年には7,000トン台にまで落ち込むと見込まれている。

特に高級品とされる道南産の天然真昆布などは、地域の全生産量の1%未満にまで落ち込んでおり、市場流通の主流は養殖物へと移行している。かつて豊穣を極めた北の海で、いま一体何が起こっているのだろうか

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蔵で熟成される時間と、途絶える極上の天然昆布

大阪・空堀(からほり)商店街に店を構える「こんぶ土居」。上品で澄んだだしが引ける真昆布の文化を代々守り続けてきた専門店だ。風情ある暖簾をくぐると、ひんやりとした静けさのなかに、海藻の濃密な香りが満ちている。店舗の別館には、北海道産の厳選された昆布が眠る蔵がある。

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四代目の土居純一さんが蔵から持ち出し手渡してくれた昆布は、黒く艶やかで、手にとるとずっしりと重い。「養殖の昆布と比べると、天然の真昆布は身の厚みも、抱いている風味の奥深さもまるで違うんです」

実は、採れたての昆布がそのまま上質なだしになるわけではない。海から引き揚げ乾燥させたばかりの昆布は温度や湿度が管理された蔵で何年も静かに寝かされる。そうして角が取れ、あの深くまろやかな味わいが花開くのだ。一枚の昆布には海での漁だけでなく、蔵の中でじっくり時を重ねてきた職人の手仕事の重みが宿っている。

なかでも「こんぶ土居」が代々重んじてきたのが、最高峰と称される函館・南茅部(みなみかやべ)地区の真昆布だ。長年、浜へ何度も足を運び、昆布漁師と深い信頼を重ねてきた土居さんは、一小売店という立場にとどまらず、誰よりも早く「昆布の途絶」という危機を叫び続けてきた。 その言葉には切実な熱量がこもる。

「ここ数年、天然の真昆布は浜から姿を消しました。私たちが扱う、南茅部地区の天然昆布も、今やほぼゼロと言ってもいい状態です。 このまま価格が高騰し続ければ、いずれ料理人の手も昆布から離れてしまう。本物の味を知る人がいなくなってしまうことが、何より恐ろしい」

原因は、北の海で急速に進行している静かな異変だ。地球温暖化に伴う海水温の上昇。冷たい水と豊かな潮流を好む昆布にとって、わずかな水温の上昇も生命の途絶を意味する。さらに、冬場も温かくなった海でウニが異常繁殖し、芽生えたばかりの若い芽を食べ尽くす「磯焼け」が猛威を振るう。かつて豊穣だった海底は、白い岩肌が剥き出しになった砂漠へと変わり果ててしまった。

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伝統の天日干しを守る浜――2年をかけて育つ昆布の恵み

日本最北の島、礼文島で昔ながらの伝統漁法を守り、昆布を追う「イシハラ昆布」の石原裕太郎さんもまた、海をずっと見つめてきたひとりだ。

彼が追うのは、道南の真昆布と並び最高級の昆布と称される利尻昆布。濁りのない澄んだ黄金色のだしが引き出せる利尻昆布は、香り高く上品な味わいから、京都の老舗料亭をはじめとする名店で古くから格別重宝されてきた。

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上質なうま味を誇る天然昆布は、海の中でまる2年という長い月日をかけて育つ「2年子(ふたねご)」と呼ばれるものだ。1年目の若い昆布は秋に一旦枯れ、2年目の春に再び芽を伸ばして一気に身を厚く、味わいを深めていく。自然の厳しい寒暖や荒波を潜り抜けた2年目の夏、はじめて収穫の時を迎える。短い夏の早朝、まだ暗いうちから船を出し、水深6~8メートルの海底から重く湿った昆布を引き上げる。近年は天候に左右されない乾燥機を導入する漁師が増えるなか、石原さんは天日干しにこだわり続ける。収穫した昆布を一枚ずつ浜に敷き詰め、北の風と太陽に晒して乾かしていく作業は、腰が砕けるほどの重労働だ。

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「『やっぱり天日で乾かした礼文の昆布は、だしの澄み方が違うね』と言ってくれる人の顔が見たくて、海に出る。けれど、2年かけて育つはずの海の中のサイクル自体が狂い始めているのを感じます。年々変わっていく海の様子を見ていると、この浜から昆布の姿が消える日はそう遠くないのかもしれない」

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天然が得られない未来に、和食の命「だし」をどう繋ぐか

北の海の悲鳴は、和食の命を守ってきた日本料理人たちに大きな問いを突きつけている。

創業1927年の老舗料亭「木乃婦(きのぶ)」の三代目主人であり、自ら大学院でだしの調理科学やうま味の構造を研究してきた高橋拓児さんもまた、強い危機感を募らせるひとりだ。

近年では天然物の不漁を補うべく養殖昆布へのシフトが進むが、それも万全ではない。海水温の上昇は養殖の現場にも影を落とし、根腐れや生育不良によって「養殖すら安定して育たない」という異常事態が起きているのだ。

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「環境を良くしようという試みは大切ですが、地球規模で起きている気候変動のスピードに対して、回復を待つだけでは到底追いつかないのが現実です」(高橋さん)

伝統の真ん中に身を置く高橋さんは、冷徹なまでに現実を見据える。天然の恩恵に頼り切るだけでは、これからの時代、日本料理の骨組みであるだし文化そのものを守り切ることが難しくなっていくのではないか。

「もし思うような天然昆布が手に入らなくなったとしても、料理人として立ち止まるわけにはいかない。科学的な知見を取り入れ、抽出方法を見直したり、新たな素材との組み合わせを模索したりしながら、だしという『うま味の構造』をどう次世代に残していくか。天然への執着と現実の間で葛藤しながらも、しなやかに技を変化させていく覚悟が必要です」(同上)

自然の変化を受け止めながら、日本料理の命脈を途絶えさせないための試み。そこには、暖簾を守る職人ならではの苦渋の決断と挑戦がある。

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ジャンルを超えて立ち上がる――海へ潜るシェフのアクション

和食の枠や単一の食材というスケールを超えて、食材の基盤である「海洋生態系そのもの」の再生に動く料理人もいる。

東京・青山のフレンチレストラン「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフだ。同店は『ミシュランガイド東京』で3つ星に輝くと同時に、持続可能な食を追求する「グリーンスター」を獲得し続けている。

生江シェフ自身、フレンチでありながら日本のだし文化に着目し、コースの中で昆布や鰹節を使った繊細なだしの一品を提供するなど、海の恵みを活かした料理を生み出してきた。そんな生江シェフが提示するのは、環境の悪化を防ぎ現状を維持する「サステナブル」の、さらにその先にある「リジェネラティブ(再生)」という概念だ。

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昆布を守るにとどまらず、すべての海の生命のゆりかごである「藻場(海藻の森)」そのものを蘇らせるため、 自らフリーダイビングのライセンスを取得して海へと潜る。きっかけは、取引先の生産者から届く「海の様子が明らかにおかしい」という声だった。

「実際に潜った海の底の光景はショックでした。かつて豊かだった海藻の森は消え去り、生き物の気配もない、まるで白っぽい砂漠のようだった」(生江シェフ)

料理人が単に「良い食材を買い付ける存在」であってはならない――。その信念から、 ユネスコと連携した奄美大島での藻場再生プロジェクトや、葉山での親子向けワークショップなど、食の楽しさを通して海の再生を訴える活動を精力的に展開。さらに浜の生産者が持続的に生活を成り立たせられるよう、適正価格で買い支える取り組みを続ける。

「お皿の上の美しさだけを追求しても、その背景にある自然が壊れていては意味がない。僕たちが作る一皿は、海や土、そして未来へつながる循環のほんの一部なんです」(同上)

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海へ種を還す――10年後の未来を育む手仕事

北海道でも現在、「磯焼け」をなくし、昆布の育つ藻場を再生させようと、大学の研究者や企業、地域が協力し、ウニの密度管理や選抜育種など多角的なアプローチで希望の光を模索している。しかし、一度天然真昆布が途絶えてしまえば、すべての起点となる「種」がなくなり、再生そのものが不可能になってしまう。

そこで「こんぶ土居」の土居さんらが今、浜の若い漁師と手を取り合って挑んでいるのが、「母藻(ぼそう)確保」の実証実験だ。昆布は成長すると「胞子」を海中に放出し、岩に着生して命をつないでいく。けれど、いまや天然の昆布そのものが激減し、次の命を吹き込む胞子すら海に非常に少ないという悪循環に陥っている。

この課題に対し、人の手で育てた養殖昆布の力を借りる試みを始めた。成熟して胞子をしっかり抱えた養殖昆布を親株(=母藻)とし、海の底へと沈める。いわば、人工的に「自然の種まき」を再現し、自生する天然昆布の生息域を取り戻せるかを探る手探りの実験だ。

「まだ始まったばかりの小さな実験で、 すぐに結果が出るような甘いものじゃありません。でも、今日だれかが種をまかなければ、10年後、20年後の海の景色は絶対に変わらないから」(土居さん)

自然の変化に対応しながら文化をつなごうとする者、海へ潜り再生を訴える者、そして海へ種を蒔く者。アプローチは異なれど、それぞれの場所で彼らは「日本の食の未来」という大きな問いに向き合っている。

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