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『日本料理大全』。次の世代が新しい日本料理を生み出すための『出発点』となることを目指して。

  • 2026.9.30

PREMIUM JAPAN AWARD 2026

料理大全
美しいビジュアルと仔細な解説で構成される『日本料理大全』は、まさに日本料理の完全バイブル。現在は、第一巻の『プロローグ』から始まり、第5巻の『焼場』まで完成。第6巻、第7巻の『煮方』がが制作途中にある。各巻のボリュームは200ページ以上で、同内容で英語版も作成されている。

日本料理は世界中に拡散し、今や海外に18万店以上の日本料理店がある。そのうち日本人経営者によるものはごく一部だ。誰も想像し得なかったような広がりである。ならば、日本料理の本当の姿を発信しなければならないのではないか――。そんな使命感のもと、2004年に発足したのが特定非営利活動法人『日本料理アカデミー』である。同団体は、食文化の振興や人材育成など多岐にわたる活動を展開しており、その象徴的な取り組みの一つとして企画・推進されたのが、日本料理を俯瞰した書籍『日本料理大全』のプロジェクトである。その後、当NPOはこれまでに誰も成し遂げなかった日本料理に関する決定的な大全集の刊行を果たした。その思想と技術は後世に残るのはもちろんこと、英語版も併せて作成し、しかも無料でWEB公開している。まさに、日本料理と日本料理を志す何人(なんぴと)にも門戸を開いた。そうした多重的な意味において、この大全集は、「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」の理念に寸分違わずに合致する偉業と言える。

 

PREMIUM JAPAN AWARD 2026とは。新しい日本の物語が生まれる場所

『日本料理大全』の目的と背景

「日本料理アカデミー」の思惑は壮大であり、かつ無謀とも思われるものだった。

なぜなら、「体系だった知識をもとに、海外に向けて日本料理を包括的に紹介する本」の制作を目指したのだから。

『日本料理大全』(全七巻、最後の二巻は制作中)――美しいビジュアルと徹底的な解説と見事な日本語から成るこの豪華本は、一巻の厚さは200ページ以上に及ぶ。まさに日本料理の完全バイブルなのである。しかも同内容で英語版も作成されている。

現在、第一巻『プロローグ』、第二巻『だしとうま味、調味料』、第三巻『向坂Ⅰ』、第四巻『向坂Ⅱ』、第五巻『焼場』が既刊となっており、制作中の第六巻と第七巻は『煮方』という構成で、まさに日本料理を網羅するシリーズだ。

料理大全
1巻の「プロローグ」では「だし」「うま味」などの日本料理の基本から、季節や折々の行事、わびさびなどの美意識など、日本料理を形成する根本要素が解き明かされる。英語版もまったく同じ内容で展開。『プロローグ』p. 104 Photograph ©Kuma Masashi
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日本文化の海外への発信を顕彰する「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」にとって、この本ほど大賞に相応しいものはない。日本文化発信機構(JCCO)の理事たちによる度重なる審議を経て、『日本料理大全』が大賞を受賞した。

そもそも『日本料理大全』は、何を目指して作られたプロジェクトだったのか。

制作の現場に最初から関わり、一部執筆も担当した川﨑寛也氏に話を聞いた。

 

日本料理の拡散とともに昂じた危機感

「世界中で日本料理店が急増していますが、料理人の多くは日本での修行経験がありません。その一方で、彼らは正しい知識を求めているわけです。

しかし考えてみれば、日本料理の技術は体系化されていません。口伝が多いために、伝わりにくい現状がありました。

『日本料理大全』は、国内はもちろんですが、とりわけ海外の料理人に正しい日本料理の技術や枠組み、目安を伝えることを目指して作られました。世界中の料理人へ正しい知識を伝達すること、それが大きな目的です」

料理大全
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それにしてもこれだけ浩瀚(こうかん)な書物を制作するに当たっては、よほどの危機感のようなものと、不退転の決意が必要だったに違いない。

「和食が世界文化遺産に登録されたのは2013年12月のことです。その当時で海外の日本料理店は約5万軒。それ以降に急増して、2023年で18.7万軒です。しかし、何が正しい日本料理かの基準が伝わっていないという切実な危機感がありました。

また、日本料理界の重鎮たちが持つ素晴らしい技術を、科学的な観点を取り入れて体系化し、構造化し、後世に残す必要があると感じていたわけです。単なる口伝の記録ではなく、科学的知見を元に、日本料理というものを再構成・整理することが重要だと考えたのです」

詳細なコンセプトワークを構築し、実際の制作に移ったのは2013年のことだった。

確かにこの全集を精読しさえすれば、日本料理にかなり通じることが出来るのは間違いないだろう。では、どのような読者を想定したのか。

「日本料理を志す特に若い世代の人たちに読んでほしいわけですが、一冊8,000円と高価な書籍であるため、ウェブ上で無料公開し、経済的負担なくアクセスできるようにしました。さらに外国人も読める様に英語版も用意しました。

これは単に技術を伝えるハウツー本ではありません。日本の食文化の背景や考え方を解説した知恵の結集であり、次の世代が新しい日本料理を生み出すための『出発点』となることを目指しました」

料理大全
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『日本料理大全』の成果と特徴

英語版も無料公開されているために、海外のシェフもシェフの卵も、容易に学ぶことが出来る点が素晴らしい。しかも、単なる技術書ではない。この全集が達成したのは何なのだろうか。

「一言で表現すれば、『暗黙知の共有知化』ということになると思います。

最大の成果は、料理人が持つ口伝や身体的な感覚といった『暗黙知』を、その原理を細部まで明文化することによって、誰もがアクセスできる『共有知』にしたことです。

これにより、師匠がいない海外の料理人でも『なぜそうするのか』という考え方を理解し、技術を実践できるようになりました。技術そのものより、その背景にある『考え方』を残すことが重要だと私たちは考えたのです」

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視覚的にも美しい日本料理。しかし、日本料理の本質を理解するためには、視覚的な模倣や、技術の習得だけでは不十分である。

一つの料理を取り上げるにしても、歴史と文化を同時に掘り起こしているため、その理解は格段に深まる。

「技術だけでなく、歴史、美術、感覚といった文化的背景を含めたのは、日本料理の本質を理解するためには技術だけでは不十分だからです。たとえば、神道や禅といった宗教観、五味五色五法などの考え方が日本料理の根底にあります。

それと同時に、言葉の壁を越えて技術を伝えるためには、科学的な説明が共通言語となります。たとえば食材を湯に入れてから氷水にとって表面を変化させる『霜降り』は、フランス料理でいう『ブランシール』と科学的には同じであると説明できます。

つまり、文化と科学、この両輪が不可欠なのです」

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日本独自の文化的背景や美意識、季節感などを理解することが、日本料理習得には不可欠。そのために、琳派や茶道などに関してもページを割くだけでなく、四季折々の日本の情景なども紹介されている。『プロローグ』p.158-159 Photograph ©p.158:Yamagata Shuichi, p.159:Kuma Masashi
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技術的なことも懇切丁寧に解説。鯛のレントゲン写真を掲載し、骨格とそれに適した包丁の入れ方を解説した箇所もある。『向板 Ⅰ 』p. 22 Photograph © Saito Akira
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英語版もまったく同様の解説がなされている。しかもWEBでは、全ページが無料公開されている。

全七巻の構成の素晴らしさも特筆すべきだろう。

「読者が『考え方』から『技術』へとスムーズに入れるように構成を工夫しました。

まず、『プロローグ』で自然観や美意識を示して、次に日本料理の核である『だし』や『うま味』を解説しました。その後、『向板』『焼場』『煮方』といった具体的な技術に進む構成です。

『焼場』の構成を考える際には、フランス料理の古典であるオーギュスト・エスコフィエの『ル・ギッド・キュリネール(料理の手引き)』も参考にしました。この本は当時のフランス料理がフォンを基本として分類できると考えて、ソース、料理へ展開させる体系化を行っています。その概念を参考に日本料理の焼物の本質的な分類を考えた末に、塩の扱いが体系化の基本となると考えたのです」

制作過程における挑戦と工夫

ほんの少しページを繰っただけで、料理の季節感や色彩、写真の完成度が格別なことがわかるが、編集や制作にも相当な苦労があったことは容易に推察できる。まさにプロフェッショナルの仕事だ。制作面では何が最も困難だったのだろう。

「最も大変だったのは、料理人が無意識かつ迅速に行う一つ一つの所作に対して一旦立ち止まり、『なぜそうするのか』を問い直し、俯瞰的に整理する作業でした。事前にそれをカメラマンと編集者と料理人で共有して、ここで止めて、ここを撮ってください、といった進め方です。

現場の『当たり前』の技を、温度やタンパク質の変性やメイラード反応といった科学的用語で説明し直し、日本人以外にも理解できる形で言語化・体系化することが最大の挑戦でしたね。

私自身の科学者としての視点がなければ、この作業は困難だったのではないかと考えています」

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撮影は料理人と写真家との阿吽の呼吸で進められていくが、時には終日行っても数カットしか進まないことも。

確かに、全篇を通じて、この科学的な視点が備わったのは、川﨑氏の存在があってこそのものだ。

「たとえば、焼物にはさまざまな種類の焼き方があるとされていますが、それを科学的視点で見ると、①鮎の塩焼きのように塩を振ってすぐ焼く、②身をしっとりさせたい場合は塩を回してから焼く、③照り焼きみたいにタレを絡ませる、④幽庵焼きのようにタレを染み込ませる、という4つのカテゴリーに体系化できます。

この分類を料理人に伝えたところ、『バレましたか』という反応があって、一見、多様に見える焼物の本質を体系化することでシンプルに分類できた成功例だと感じました」

単に料理を撮影しただけではなく、様々な創意工夫が散見されるのも、この全集の特徴と言える。

「味や香りは文章でしか表現できませんが、調理過程を視覚的に伝えるために様々な工夫を凝らしました。たとえば、落とし蓋をガラス製にして中の様子を見える化したり、ガラス製寸胴鍋で鍋の中の対流を捉えたりと、科学的な現象を視覚的に記録することにこだわりました。

また、美しい焼き色は国によって違うんですね。だから、料理人が言う『ちょうどいい』焼き色だけではなく、『足りない』、『焼きすぎ』の3段階を比較写真で見せることで、認識の違いを乗り越えて、意図を正確に伝えようと試みました」

 

料理大全
『煮方』の一シーンの撮影現場。まさに真剣勝負といえる作業の積み重ねが、料理写真集としても見ごたえのある美しい画像を生む。

日本料理の本質とプロジェクトの展望

この全集の制作に最初から関わることで、日本料理に対する知見にも変化が生じたのではないか。改めて日本料理の本質とは?

「日本料理とは、『自然への敬意』を『技法』と『美意識』で表現する料理であると捉えています。

料理人は食材をできるだけ触りたくないわけです。その食材の良い点を最大限に引き出す技術を追求する。この料理体系は、俳句や和歌のように、最小限の要素で表現する洗練された『文法』なのです。

『日本料理大全』にはそうした側面を出来る限り盛り込みました。『大全』を手に取る外国の方々は、そこにあるレシピを模倣してくれなくてもいいのです。むしろ、料理の『原理原則』を学び、それを自国の食材に応用することを期待しています。それは、千利休が唱えた、基本を身につけ、応用し、自分だけの新しい道を作るという、『守破離』にも通じるプロセスです。

さらに言えば、この『大全』は、世代、国籍、専門分野の異なる人々が、日本料理について語り合うための『共通言語』となってくれることを望んでいます。

技術は時代と共に変化しますが、本質的な『原理』は変わりません。この原理を残すことで、未来の世代が新しい日本料理を生み出す土台となることを期待しています」

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「日本料理とは『自然への敬意』を、『技法』と『美意識』を用いて、俳句や和歌のように、最小限の要素で表現するもの」と川﨑氏。

グランプリ受賞について

「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」のグランプリを受賞されたことに関しては?

「大変光栄に思います。この受賞は個人の喜びというよりも、理事の方々を始め、多くの料理人や協力者の努力が評価されたことを『よかった』と感じています。

これを機に、日本料理を世界に広めたいというアカデミーの願いが実現すれば、たいへん嬉しく思います」

川﨑寛也

1975年兵庫県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了 博士(農学)。味の素株式会社食品研究所に入社。同社イノベーション研究所を経て、2021年より食品研究所エグゼクティブスペシャリスト。特定非営利活動法人 日本料理アカデミー理事。

Text By Toshizumi Ishibashi

Photos by Katsuo Takashima (BOW PLUS KYOTO)

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