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ヒット曲の裏で「EPOらしさ」に縛られた日々––––ロンドン移住で見つけた等身大の歌と自由な働き方

  • 2026.9.3

ヒット曲の裏で「EPOらしさ」に縛られた日々––––ロンドン移住で見つけた等身大の歌と自由な働き方

EPOさんは「DOWN TOWN」でデビュー後、ヒット曲を連発して瞬く間にトップアーティストの仲間入りを果たした。人気が上がるなかでのロンドンへの移住には何があったのか? ロンドンで音楽との向き合い方に変化が生まれ、帰国後は所属事務所を持たず、自由な活動を展開していった。

ロンドンへの移住で音楽との向き合い方に変化

デビュー曲「DOWN TOWN」が、1981年にスタートしたバラエティー番組「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマに起用され、EPOさんの知名度は一気に上昇した。82年リリースの「土曜の夜はパラダイス」も同エンディングテーマとして起用され、さらに83年に資生堂のCMソングとして発表した「う、ふ、ふ、ふ、」が大ヒット。この曲はその後も多くの商品のタイアップに起用され、EPOさんの代表曲となっていった。次々とヒット曲が生まれていく一方で、この頃のEPOさんは人知れず壁にぶち当たっていた。

「ヒットするのは嬉しいのですが、周りに起きている流れに自分がついていけなくて、本当に大変でした。それでもやらないといけないので、一生懸命頑張っていましたが、自分の中にインプットしていく時間がなくて、想像の中だけで曲を書いていくことに限界がありました。そうしたなかで、違う歌も歌ってみたくなって、そういうものを会議に出すと『これは大衆ウケしない』と、受け入れてもらえずにお蔵入りになってしまうことも多々ありました」

EPOの楽曲=アップテンポで元気な曲。曲のヒットともにそんなイメージが定着していき、周囲が作った“EPOらしさ”というイメージに縛られるようになっていった。悩む日々が多くなり、体調を崩してしまい、限界を感じていた時、転機がやってくる。

「このまま続けていたら壊れてしまいそうだなと思っていた時に、ヴァージンUKとの契約が決まったこともあってロンドンに移住しました」

88年から3年間、ロンドンで過ごした日々により、EPOさんの音楽との向き合い方は変化していく。

「ロンドンに行った時、向こうの人から『僕らがEPOの声を聴くとなんかポップって感じがしない』って言われたんです。『僕らが聴きたいのはEPOにしかできないこと。真似はいらないから、アイデンティティというEPOの中に流れている血液の音楽を聴かせて』って言われて、すごく嬉しかったんです。ちょうど元気な曲を歌うことに疲れていた時だったから、生き方と歌が離れないように、等身大の歌を作っていこうと思いました」

ステージがなくても歌うことはできる

1991年、イギリスから帰国したEPOさんは事務所には所属せず、個人として活動をしていく。その背景の一つには契約のトラブルがあった。

「本当に嫌な話なんですけど、帰国した時に事務所の金銭トラブルがあったんです。私の曲の著作権や資産を持った人がいなくなってしまい、お金を使い込まれてしまいました。それによって本当にお金に困った時期があったんです。その時に良い弁護士さんに出会い、サポートを受けました。人に裏切られて人を嫌いになるより、自分のことは自分でやろうと思って、独立することにしました」

独立をきっかけにEPOさんの音楽活動は変化し、幅が広がっていく。1995年、国際交流基金の主催事業として、アコースティックバンドChoro Clubらとともに行った中南米6カ国のツアーも貴重な経験だった。

「プロの人もいれば、アマチュアの人もいて、日常的に音楽がいろんな街角から聞こえてくるんです。特にキューバは印象に残っています。20代の頃の大掛かりなステージがなくても歌うことはできる。私はいろんなところで歌って生きていきたいなって思いました」

この時、通訳を務めてくれた方がのちに沖縄へ移住。街の商店街で行われるフェスへの参加の呼びかけを受けた。フェスへの出演料は一切なし。お客さんの投げ銭がアーティストの交通費や宿泊費、飲食代となる。話だけを聞くと、有名アーティストが参加するものではないと思ってしまうが、「毎日すごく楽しかった」と、EPOさんは当時を懐かしみ、目を輝かせた。

「大道芸なんて別にやらなくてもいいことなんだけど、キューバでその面白さを知ってしまったので、それを沖縄でできるならやりたいって思いました。商店街の方とも知り合いになったし、毎日楽しくて本当に面白かったです」

その後、EPOさんは波照間島でもちょっとした伝説を残す。自分たちの芸に自信を持つ波照間島の人たちは、他の芸にお金を払う習慣がない。そのため、映画やお芝居の上演を行っても人が集まることがなかったという。地元の方から「歌いに来てほしい。公民館が満員になるように知恵を貸してほしい」と相談を受けたEPOさんは、波照間島出身の民謡名人・後冨底周二(あとふそこしゅうじ)さんと自身のライブをコラボして開催した。

「後冨底周二さんのライブと私のライブを一緒に開催したら、島中のお家から人が消えたんです。みんな公民館に詰めかけて入りきれなくて、会場の外にもイスが並びました。獅子舞が出たり、婦人会の影絵があったり、これもすごくいい経験でしたね」

その後も病院、介護施設、学校、教会など、様々な場所で様々な人の前で歌を届けた。こうして音楽の新たな可能性を見つけたEPOさんは「どんなところにも楽しさはあるから。やっぱりそれを見つけて歌うことを楽しめないと」と笑う。人気歌手としての葛藤を乗り越え、ロンドンへの移住や金銭トラブルによる独立を経て、EPOさんはステージの有無にとらわれない歌い手としての喜びを知った。

PROFILE
EPOさん・歌手

えぽ●1960年東京都生まれ。1980年3月、シュガー・ベイブのカヴァー「DOWN TOWN」でデビュー。人気バラエティー番組「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマとなった「土曜の夜はパラダイス」、資生堂CMソング「う、ふ、ふ、ふ」など、数々のヒット曲で人気を博す。1987年9月レコーディングで渡英。その後、当時ヨーロッパ最大のレコード会社Virgin UKと契動。活動の場をLONDONに移す。帰国後は通常のホールコンサートだけでなく、教会、病院、学校などでもライブ活動を行う。2025年にデビュー45周年を迎え、オリジナルアルバム『EPOFUL』をリリースした。また、セラピストの資格も有し、「歌」「音楽」を通じてのカウンセリングも行っている。カウンセリング・スタジオ Music &Dramaの予約、問い合わせはTEL046-877-5653 music.drama@eponica.netまで。

【Information】EPO コンサートツアー 2026 〜 ALL EPO SONGS リクエスト・ライヴ 〜

大阪 9月23日(水・祝) NHK大阪ホール 16:30開場 17:30開演
名古屋 9月26日(土) COMTEC PORTBASE 16:30開場 17:30開演
東京 9月29日(火) LINE CUBE SHIBUYA 17:30開場 18:30開演


https://epo-live.com/

撮影/本間寛 取材・文/佐久間一彦

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