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朝ドラ【風、薫る】直美(上坂樹里)が知った母の気持ち、そして吾郎(甲斐翔真)が見たかった赤ちゃん

  • 2026.8.31

朝ドラ【風、薫る】直美(上坂樹里)が知った母の気持ち、そして吾郎(甲斐翔真)が見たかった赤ちゃん

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。近代看護界の先駆者となった2人の女性を主役とする物語。「風、薫る」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

直美の笑顔に、すべての幸せが詰まっていた

日清戦争の開戦から3カ月が過ぎた。戦地での日本の快進撃が連日新聞紙面に踊る。

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著・中央公論新社)を原案とし、激動の明治時代を駆け抜けた二人のナースを、見上愛・上坂樹里のダブル主人公として描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第22週のサブタイトルは「明るい未来」。戦時を舞台にしたなかでの「明るい未来」とは。

前週から続く日清戦争のなか、直美(上坂樹里)の体調に変化が訪れ、直美に懐妊の兆しがあらわれる。りん(見上愛)に確認されてようやく自覚するところが直美らしさを感じるやりとりである。

本作では出生からはじまる直美の激動の人生が大きな柱として描かれてきた。親に捨てられ教会で育ち、そして、「直美」という名も親から授かったものではないところも直美にずっとつきまとってきた孤独のようなものの大きな要素であった。そんな孤独を埋めてくれたのが、りんとその家族。一緒に暮らしたりしながらも実の家族のように触れ合う。さらに、日本初のトレインドナースを目指しバーンズ(エマ;ハワード)のもと学んだ梅岡看護婦養成所の一期生たちとの友情などによって、天涯孤独な存在がアイデンティティを獲得していく物語でもあった。

そんな直美が、吾郎(甲斐翔真)との結婚によって、本当の意味での「家族」を獲得した。そして授かった新たな命。直美はまだお腹の中にいるのに愛おしい気持ちでいっぱいになることで、亡くなった母の文(内田慈)の気持ちを知ったような気がしていた。直美がずっと求めていた幸せを手にすることができたと言っていいだろう。普通に育てば当たり前に得られるかもしれない幸せ、しかしそれを全て欠落したまま成長してきた直美が看護婦として生きながらようやく獲得したごくごく当たり前の、普通の、しかしかけがえのない幸せだ。

吾郎との家庭の場面で、直美は何度も取れかけの第2ボタンを縫い付ける描写が届けられてきた。これは、当時としては珍しかったかもしれないが食事を担当するという家庭的な一面を見せる吾郎という共働き夫婦の距離感を描くとともに、軍服のボタンということで吾郎が軍人であることを印象づける演出かと思っていたところ、そのボタンに大きな意味が込められたことをのちに知らされる。

はじめは伝えていいものかと戸惑っていた直美だが、「いるみたい、赤ちゃん。ここに」と子供ができたことを告げると、大喜びの吾郎。しかも、その喜びの声が、「よかった、直美が嬉しそうで」というものだったのが、自分の子ができた喜びよりも直美のことを気遣う。吾郎が直美のことを思う気持ちが伝わる一言だ。

そんな幸せに影を落とすのが戦争だ。戦局がすすみ、やがて吾郎に出征が命じられる。せっかく獲得した家族をまた失ってしまうかもしれない。幸せのいっぽうで直美の不安は募り、一人でこの子を産まなければならないのかと訴えかける。吾郎は、戦うのはお国のためではあるが、直美と生まれてくる子供のためにも自分は戦う。吾郎の人柄、優しさが込められる戦争へのスタンスである。

直美が求めていた実の家族という存在とともに、子供の誕生によって「名前」というアイデンティティの獲得も自身の手で行うことができた。二人で決めた名前は「明」。まだ生まれる前、性別も分からないが、男でも女でも使える名前であり、「明るい未来」そのままに、二人の思いが込められた名前だ。

「私、子供に名前つけられた」
そう言う直美の笑顔に、すべての幸せが詰まっていた。

「おかえり」 とりんが出迎える

やがて、日清戦争は終結する。それを報じる記事に、吾郎さんが帰ってくると喜ぶ直美だったは、結果としていえば、吾郎は帰らぬ人となる。

吾郎の最期を看取ったのは、広島の陸軍病院につとめる多江(生田絵梨花)だった。多江は、吾郎の最期の姿を告げる。負傷に加え、脚気にもかかっていたという。そして、直美にご飯をもう作ってあげられないこと、赤ちゃんの顔を見たかったと残念がりながら息を引き取ったという。

多江が遺品として持ってきたのは、吾郎の軍服の第2ボタンだった。何度も取れては直美が文句を言いながらも縫い付けてきた第2ボタンは、やはり取れていた。多江が、吾郎のボタンが何度も取れた意味を明かす。吾郎は文句を言いながらも慣れない手つきで直美が真剣に手を動かす姿を見るのが大好きだった。だから、ときにはわざと引っ張って取っていたこともあったという。第2ボタンは物言わぬ吾郎からの愛情表現だった。

「それつけてきてあげて」
りんに促され、直美は最後に軍服のボタンの縫い付けをする。そして、思い切り泣いた。吾郎との死別は戦争によるものではあるが、それは戦争の悲惨さ、そして賛否そのものを問うものでなく、二人、もしくは明を含めた三人の運命でしかないのかもしれない。世界各地での紛争は続き、昨年は戦後80年という節目を迎えた。作品内での日清戦争は、100年以上も前の出来事ではある。そんななかで描かれる、ごくごく普通の日常の幸せを求めた夫婦の物語として描かれたからこそ、そのやるせなさがじわじわと染み込んでくるような気もした。

「ただいま」
その言葉とともに、直美はりんの実家、一ノ瀬家に帰る。
「おかえり」
とりんが出迎える。明を迎え、新たな日常、新たな未来が始まる。

吾郎はもうこの世にはいない。しかし、吾郎はいろいろな幸せを直美にもたらせてくれた。吾郎と直美、二人の思いが込められた「明」という名前の赤ちゃんは、それこそ「明るい未来」を運んできてくれる存在になっていくだろう。

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