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「うちの親はお兄ちゃんのほうが好きなのかな」同じ家で育ったのにお年玉の中身だけ違った正月。大人になって感じたこと

  • 2026.8.20

袋の厚みは、毎年きっちり兄のほうが上だった

お正月になると、いまだに思い出すことがある。

実家の畳の上で、兄と並んでお年玉の袋を広げた、あの時間だ。

親戚が帰ったあと、中身を数えるより先に分かってしまう。

兄の袋のほうが、ほんの少しだけ厚い。毎年、必ずだった。紙の枚数なのか、折り目のせいなのか、理由は今も分からない。

「お年玉はお兄ちゃんが多め、当たり前」

母はこたつでみかんを剥きながら、あっさりそう言った。年齢が違うんだから当たり前でしょう、と父も横で頷いている。

理屈は、たしかに通っている。今の私なら、ひと息で納得する話だ。

でも当時の私は、大人の計算なんて知らない。

「同じ家で育ってるのに、どうして中身だけ違うの」

口には出さなかった。言ったところで、また同じ説明が返ってくると分かっていたからだ。

だから心の中だけで、力いっぱい叫んでいた。

「使い方が分からない」に、子どもなりの言い分があった

追い打ちをかけるように、母はこう続けた。

「あなたはまだ小さいから、お金を持っていても使い方が分からないでしょ」

それには、さすがに口をとがらせた。

子どもなりに、欲しいものくらいある。文房具屋のショーケースで光っていたペン、駄菓子屋の当たりくじ、初詣の屋台の前で毎年あきらめていた綿あめ。

使い道なら、いくらでも並べられた。

兄の袋がほんの少し厚いだけで、私の疑いはどんどん育っていった。

「もしかして、うちの親はお兄ちゃんのほうが好きなのかな」

今思えば、差は数百円だ。それでも子どもにとっては、金額以上の大事件だった。親の愛情の目盛りが、袋の厚みで表示されているような気がしていた。

「来年こそ、絶対に追いつく」

追いつけるわけがない。年齢の差は縮まらないのだから。

それでも毎年、同じことを心の中で誓っていた。誓う相手は、たぶん自分自身だった。

大人になった今なら分かる。あれは差別ではなく、親なりの考えだったのだろう。

大きくなった子から順に、渡す額を少しずつ上げていく。ただそれだけの、ごく単純な話だった。

「あんたたち、よく袋の厚さ比べてたよねえ」

先日、母が笑いながらそう言った。隠していたつもりの心の叫びは、どうやら全部ばれていたらしい。

そして今年、私は袋を渡す側になった。甥と姪の顔を思い浮かべながら、ペンを持つ手が止まる。

「……ここは、同じにしておこうかな」

差をつけるべきか、揃えるべきか。台所で真剣に悩んでいる自分に気づいて、思わず笑ってしまった。あの頃の親も、きっとこうやって迷っていたのだ。

※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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