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「中2で不登校」定時制夜間高校へ行き「公立大医学部」合格! 「不登校は“さなぎ” 子も母も“生き方”が見つかった」

  • 2026.8.7

●おおたとしまさPROFILE

教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。リクルートから独立後、教育に関してさまざまな観点から取材を行い、著書は90冊以上。2026年5月に『フリースクールという選択』(講談社+α文庫)を上梓。どこの組織にも属さない在野の視点で現代の教育への考察・提言を続けている。メディアへの出演や講演も多数。

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“フリースクール探し”で最初に読む本、登場! 『フリースクールという選択』(著:おおたとしまさ/講談社+α新書)

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公立大医学部入学時の俊徳さん。 写真提供:倉孝子さん

おおた:社会の歪みの一つの症状として不登校の増加がある。その根っこの部分を掘り下げていくと、不登校だけではない、少子化などいろいろな問題と同根なのだろうなと。

僕はそれを近代社会の限界だと考えています。だから不登校は、学校へのレジスタンスではなく、近代社会システムへのレジスタンスなのだと、私は思っています。

孝子:息子自身は、不登校かどうかということよりも、「自分が少数派になった」という意識が強いみたいです。少数派の側から世界を見られたことが本人にとっては大きいようです。

おおた:現在の社会のシステムの中で大きく儲けるためのちっぽけなイノベーションじゃなくて、いまの社会のあり方を根本から変えるイノベーションは、そういう視点からしか生まれてこないだろうと思います。

これから数十年後、不登校を経験したり、フリースクールで学んだりした大人たちが一定数に達すれば、それは可能だろうと思います。

実際、そういうひとたちがこれからどんどん増えていくと思います。そして「あれ? 国が認める“学校”に通わなくてもみんなちゃんと生きていけてるじゃん」ということがわかって、不登校差別はだんだんとなくなっていくと思います。

不登校はさなぎの時期 心配はいらない

学校ではない視点を持てたことが「生きる強み」に

おおた:逆にいえば、その自分なりの生き方を見つける機会を、今の学校制度や教育制度がいかに奪ってしまっているかということです。

孝子:与えられてしまいますからね。

おおた:本当にその子のために、将来のために必要な分以上のものを与えてしまう、過剰に与えられる状況になってしまっている。

だからこそ、むしろ必要なのは余白であって、ちゃんと見守りつつも、回り道する余裕、遊びがあるくらいのほうが、本当は自分の生き方のようなことを見つけるうえでは急がば回れなんだと思います。どうしても過干渉になってしまっている社会があるのでしょうね。

孝子:不登校というのは、今振り返ると、親も子も生き方を見つける時間だなと思っています。

おおた:社会というものが、学校を出ることを前提にした価値観の上に立ってしまっています。学校制度の中で植え付けられる社会観や人生観を、ほぼ全員が持ってしまっているということです。

しかし、その社会のなれの果てが、異常気象であり、極端な貧富の差であり、大規模戦争です。そういうときに、そうではない生き方を我々人類は見つけていかなければいけない。

学校ではないところから世の中を見てみることによって、違う生き方が見えてくるというのは当然あることだろうと思います。

不登校を経験したことによって生き方が見えてくるというのは、学校である種の思い込みをインストールされなかったことによって、あるいはそれを引き抜かれることによって、元々あったはずの生き方に気づけるようになるということだと思います。

孝子:息子も同じようなことを言っていました。そういう視点を持てたことが、医者としても、それ以外のところでも、あらゆることに生きてくると思う、と。その視点を持てたことが強みだと言っていました。

おおた:学校というところに毎日通い、その価値観こそが社会での正解なんだと刷り込まれた人たちが社会を作ってしまっている。それを当たり前だと思い込んでいる歪みに、制度の外に出ることによって気づけるわけです。

不登校というと「今の学校はダメなんだ」という話に矮小化されがちですが、学校だけの話ではない。むしろ、学校はどうせポンコツだという前提で、学校がポンコツであっても子どもたちが生き生きしていられるような社会を作るにはどうしたらいいか、というふうに本当は目を向けなければいけない。

今回、息子さんの場合は、従来的なレールでも“勝ち組”と言われるようなところに最終的に乗っかったから、わかりやすいですよね。「ああ、よかったね」と。従来の価値観を持っている人たちからしても「よかったね」と言われるわけです。

孝子:そうですね、わかりやすいなと思います。

おおた:学校に行けないというそれだけで「社会に適応できない」と決めつけてしまう社会はある意味「不登校差別」ですよね。

今回の話は、そこへの痛烈なカウンターパンチだと思います。だけど俊徳さんの物語が結局 “従来の価値観の中での正解”みたいなことに還元されちゃいけないなと思っていて。

俊徳さんが、不登校の長く苦しい時期を経て、それを孝子さんがオロオロしながら見守って、ようやく自分の生き方を見つけたという話であって。

それが医者ではなくて、ラッパーでももちろん良かったわけで。「学校に通っていなくても学校制度の中での“勝ち組”になれる」みたいには思ってほしくない。

孝子:そうなんです。本当にそう思っています。

今わかる「不登校」で母と子が失ったものとは

孝子:「不登校の子たちに何か言うとしたら?」と聞いたら、

「不登校だからこそ、自分で考えて選び取る力が身につくよ」「勉強は後からでもなんとかなるから、今心配しなくてもいいよ」「不登校っていうのは、さなぎの時だから、頑張りたいときが来たときに頑張れば大丈夫だよ」。

そんなふうに言っていました。

「マイノリティであることが、いまはすごくコンプレックスかもしれないけれど、本当はすごく希少価値で、強みになるんだ」とも。

私自身も、不登校は私たち親子からたくさんのものを奪っていったと思っていました。でも今は、不登校の子どもの親としての人生に誇りを感じています。

おおた:「誇り」というのを、もう少し言葉にすると?

孝子:まず、失ったものはなかったな、と今は思うんです。当初は、失ったと思っていました。真っ最中のときは。だけど今はもう、失っていなかったんだ、と思っています。

いいことと悪いことって、本当に紙一重で、目の前で起きた物事に、いちいち左右されなくていいんだな、と思えるようにもなりました。

それから、自分自身の人生を、私も取り戻せたということ。お母さんになると、自分が好きなことや、やりたかったことを、一旦全部忘れてしまうんですよ。

だけど、不登校の親になって、息子と一緒にこの時間を過ごすなかで、自分自身の生き方を取り戻すことができました。

学校の成績がどうであれ、学校に行けなかったとしても、子ども本人が目を輝かせて取り組めることが最終的に見つかればそれでいい。まわりの大人がそれを本気で信じていれば、早い遅いはあったとしても、必ず見つかる。

今、わが子の不登校に悩んでいる親御さんに私から伝えられることがあるとすれば、そういうことなんです。

******次(最終回)は、孝子さんに学ぶ「思い込みの手放し10」と 、本当に子どもを「待つ」姿勢の極意をお伝えします。

取材・文/おおたとしまさ(教育ジャーナリスト)

おおたとしまささん(以下おおた):見事、公立大の医学部に合格しましたね。中学校には1年しか通わず、定時制高校のしかも夜間部に籍を置き、浪人の1年以外は塾も利用せず、ほとんど手さぐりの試行錯誤の末につかんだ合格でした。

倉孝子さん(以下孝子):息子・俊徳(としのり)も不登校になって得られたものは、やっぱりそういうことだ、と言っていました。学校に行っていれば「これをやっておけ」と言われて、それをやる。でも、行っていないと、それを自分でやらなきゃいけない。

だから、常に自分で考えて、自分で選択するのが、自然とできるようになった、と。それが、みんな気づいていないけれど、力なんだ、と。

おおた:本当ですよね。どこの学校も「自分で考えて自分で選択できる人間を育てる」と言いながら、「はい、これやりなさい」と言いますからね。塾にも頼らずに自分で参考書をやって、おそらくすごく試行錯誤して、回り道もしたんだと思います。

無駄なこともたくさんやったと思いますが、その中で「これが自分の学び方なんだ」というのを見つけたのはものすごい財産です。塾に行って「こうやって勉強するのが効率いいんだぞ」と教えられて終わるのとは全然違いますよ。

みんながみんな同じ状況で自分でやり方を見つけられるかというと、多少の手助けがないと自分で漕いでいけない子もいるかもしれません。

だから、放っておけば自分でやるんだとは一概には言えないなと思いつつも、そういう状況になったのであれば、その中で得られるものを得るという意味で、息子さんは自分で考えて自分で選択するということに真正面から向き合ったのでしょう。

自分で納得しながら一つ一つ選んでいったことが、結局は急がば回れで、自分なりの生き方を見つけたということだと思います。

孝子:そう思います。生き方だなと私も思いました。

中2で不登校になり、壮大な紆余曲折を経て、医学部合格の道を切り開いた元野球少年。親はどんなサポートをしてきたのか、母親・倉孝子(くら・ゆきこ)さんにインタビュー(第5回)。

定時制高校夜間部から小児精神科医を目指し、塾なしで猛勉強を始めた息子・俊徳(としのり)さんは見事、公立大医学部へ合格。しかし「これを単なる学歴の“勝ち組”の話にしてはいけない」と筆者は語ります。

学校というレールを外れたからこそ身についた「自分で考えて選ぶ力」の真価と、不登校が「希少価値の強み」に変わった経験とは。

90冊以上の著作を持つ教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏が迫ります。

「不登校」だから自分で考え選び取る力が身についた

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