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99歳の数学者を含む3人が、90年に及ぶ数学の難問を解き明かした

  • 2026.7.28
99歳の数学者を含む3人が、90年に及ぶ数学の難問を解き明かした
99歳の数学者を含む3人が、90年に及ぶ数学の難問を解き明かした / Credit:Canva

アメリカのコロンビア大学(Columbia)などで行われた研究により、1935年に生まれた「紐の絡み合い」についての数学の難問に、90年越しの答えが示されました。

論文の著者3人のうち1人「ジョーン・バーマン」氏は、公開時点で99歳の数学者です。

この問題には多くの数学者が挑み、コンピュータも使われましたが、誰も答えを出せませんでした。

しかも出てきた答えは、多くの研究者が賭けていた方向の、逆でした。

研究内容の詳細は2026年7月6日、プレプリントサーバーである『arXiv』にて発表されました。

目次

  • こんがらがった紐には、2種類ある
  • 99歳の数学者たちは「反例がないこと」を証明した
  • なぜ、4と5のあいだなのか

こんがらがった紐には、2種類ある

こんがらがった紐には、2種類ある
こんがらがった紐には、2種類ある / Credit:Canva

カバンからイヤホンのコードを取り出すと、たいてい、ぐちゃぐちゃになっています。

ここで誰もが一瞬迷います。

これは本当に結ばれてしまったのか、それとも散らかっているだけで、引っ張ればスルッとほどけるのか。

見ただけでは、わかりません。

もつれた輪がやっかいなのは、そこに順番がないからです。

からまったイヤホンのコードをどれだけ見つめても、「まずここが通って、次にここをくぐって」という順序は読み取れません。

人間が勝手に順番をつけることはできますが、それでは意味がありません。

どこから読み始めるかは読む人の気分次第ですし、次にどの交差へ進むかも自由です。

同じ絡まりを二人が別々に書き写せば、まったく違う記録ができあがってしまいます。

そこで数学者は、もつれの本質に目をつけました。

それは、どんな結び目も、ある組みひもの上端と下端をつないだ形として表せるという点です。

三つ編みには、上と下があります。髪を編むとき、人は必ず上から一手ずつ進み、途中で下から上へ戻ることはありません。

だから、どこから読み始めても上から下へという向きは同じになります。

「1番と2番を交差」「2番と3番を交差」——読み方のわからなかった塊が、上から下へたどれる手順の記録に変わりました。

この「編み方」を「数字の表」に翻訳する方法を、1935年にドイツの数学者ヴェルナー・ブラウが考案しました(ブラウ表現/Burau表現)。

そしてこの表は、もつれの名札になるはずでした。

こんがらがり方が違えば、表の内容も違ってくると期待されていたのです。

ただ、翻訳にはいつでも同じ落とし穴があります。

日本語の小説を英語に訳すと、日本語の微妙なニュアンスが英訳で消えることがあります。

その試験になったのが先ほど触れた「見かけだけこんがらがっている状態」でした。

絡まったように見える紐でも、実は結び目が一つもなく、左右を引っ張るとスッと一本にもどってしまうものがあります。

引っ張るとスッと一本に戻ってしまうコードは、途中が複雑そうに見えても、結局は一本の紐で、その間には絡み合いは存在しません。

そのためそれを絡み合いの個性や名札となる数字の表に翻訳すれば「何もない」「名無し」と出るはずですし、それで正解です。

では、こんなひもがあったらどうでしょう。

端の位置を固定したままでは、どうやってもまっすぐに戻せない、複雑に編まれた組みひも。それなのに、数字の表に翻訳すると「何もしていない」と表示される。

こうなると、名札は役に立ちません。

数学的に違うはずの2つの組みひもが、行列という名札の上では見分けがつかなくなってしまう、ということです。

絡み合いを識別する装置を作りたかったのに、その装置が両者を取り違えてしまっては失格です。

目の前のもつれが確かに抱えている情報が、翻訳の途中でこぼれ落ちてしまっているからです。

いわば、機械には見えない幽霊です。

ブラウの翻訳は、こういう失敗を起こすことがあるのではないか。

その危惧は、残念ながら当たっていました。

もつれの本数によって、合格したり失格したりしたのです。

ここでいう本数とは、三つ編みの形に整えたときに使う紐の本数(水平にスパッと切った断面に現れる点の数)のことです。

3個なら3本、5個なら5本となります。

編み方をどれだけ複雑にしても、本数そのものは増えません。4本の紐は、何十回交差させても4本のままです。

そして本数が増えるほど、翻訳が取り違える余地も広がっていきます。

まず1969年、3本までの組みひもについて、翻訳が情報を一切落としていないことが、直接的な計算によって証明されました。

小さな規模ではブラウの名札は完璧に機能していました。

ところが1991年、9本以上では翻訳が失敗していることを示す幽霊の事例が紛れ込むことが示されました。

しかも、その失格ラインは下がり続けます。

1993年に6本以上、1999年には5本も失格となります。

3本までは合格で5本以上は失格というわけです。

ただその間にある4本については、わかっていませんでした。

コンピューターの演算能力は1999年から27年の間に飛躍的に進歩しましたが、誰も合格か失格か証明できませんでした。

99歳の数学者たちは「反例がないこと」を証明した

99歳の数学者たちは「反例がないこと」を証明した
99歳の数学者たちは「反例がないこと」を証明した / Credit:Canva

なぜ4本の合否判定に、数学者たちは苦戦していたのでしょうか。

理由の1つが思い込みでした。

多くの研究者は「5本で破綻するなら、4本もどうせ破綻するだろう」と思い込み、破綻するケースを探していたのです。

もし1例でも破綻する場合を特定できれば、証明としては十分です。

だから、みんな探しました。膨大な数の組みひもを、手当たり次第に計算させました。

しかしそれでも、見つかりませんでした。

そこで今回の研究チーム——コロンビア大学のジョーン・バーマン氏、グラスゴー大学のタラ・ブレンドル氏、プリンストン大学のヴァスダ・バラトラム氏の3人は、前提のほうが間違っているのではないかと考えました。

「4本もどうせ破綻するだろう」という多くの人々の思い込みを捨てて、4本では「翻訳によって情報が消える現象が起こり得ない」と証明することにしたのです。

いわば反例が存在しないことの証明と言えるでしょう。

結果、この戦略は当たります。

多くの人々の予想を裏切り、4本の場合でも完全な翻訳は完璧ができていたことが示されました。

4本の場合には情報が消えてしまうことがなかったわけです。

具体的には、こんがらがった紐を数字の表にする過程では、1本の線をもう1本が横切るたびに、プラスかマイナスの符号と、その交差を書き込む欄の番号がつけられます。

ですが情報が消える手口は、別々の交差点が同じ欄に落ちてきて、そこにプラスとマイナスが同居する場合しかありませんでした。

逆に言えば、同じ欄にはプラスしか来ない(あるいはマイナスしか来ない)ことさえ保証できれば、打ち消し合いは起きず、その組みひもの情報は消えずに残ります。

3人は、この打ち消しが起きる条件に、きれいな規則があることを見つけました。

そしてこの規則を使うと、すでに合格とわかっている3本の場合を、新しいやり方でもう一度証明できたのです。

ところが最後にどうしても規則からはみ出す「はぐれ者」が、たった一種類だけ残りました。

ここで3人は、驚くべき一手を打ちました。

目印の点をもう一つ置いて外から確かめるという手法です。

いわば、判定が割れたときに立会人を一人呼んでくる、というやり方です。

奇策に見えますが、使われているのはこの分野で長く磨かれてきた標準的な道具立てで、論文ではこれを「Embedding in B5(B5への埋め込み)」と呼んでいます。

そしてこの立会人の前では、最後まで残っていたはぐれ者もまた、情報を失っていないことが示されました。

こうして4本が数字の表に完全に翻訳できることが示されたわけです。

世界中の研究者たちが反例を探す中で、反例が存在しないことが証明できた瞬間でした。

なぜ、4と5のあいだなのか

なぜ、4と5のあいだなのか
なぜ、4と5のあいだなのか / Credit:Canva

今回の研究により「こんがらがり具合」を数字の表で見分けられるかどうかの最後のラインが確定しました。

「3本まで翻訳が完璧だと、5本以上では異なる組みひもを同じ行列に写す例が現れる」という4が抜けた状態から、「4本まで翻訳が完璧で、5本以上でそうした取り違えが起こる」という抜けのない結果が完成したのです。

意味は、はっきりしています。

4本の組みひもについては、理論上は、対応する数字の表を見比べれば、組みひもとして同じかどうかを判定できます。

表が一致したなら、元も必ず同じということが、今回はじめて保証されたことです。

共著者の一人タラ・ブレンドル氏(グラスゴー大学)は、この4と5の境界を水が凍る瞬間にたとえています。

0度という一点を境に、水はまったく別の性質を持つ物質になります。

つまり組みひもも同じで、4本と5本のあいだで何かが相転移して、翻訳機能が壊れてしまうというわけです。

コラム:4と5の壁は数学のいたるところに存在する
数学では4と5の間に大きな壁がある事例がいくつか知られています。最も有名なのは、5次方程式にルートを使った解の公式が存在しないことでしょう。4次方程式までならルートを重ねながらなんとか表記できますが、5次からはそれができなくなってしまうのです。他の手法を使った解の公式なら存在しますが、根号を重ねていくという馴染みの手が、5次からは急に通じなくなるわけです。私たちにとって何気ない「4」と「5」には思ったより深い謎が隠されているのかもしれません。

なお余談ですが、著者の一人ジョーン・バーマンさん(99歳)は少女のころ、祖母と編み物をしていたそうです。

指先でひもを交差させるその遊びが数学につながると知ったのは、ずっとあとの、大学院に入ってからでした。

ブラウがこの謎を残した1935年、バーマンさんはまだ8歳の子どもでした。

謎とほとんど同い年の彼女が、2人の仲間とともに、最後の一マスを埋めたのです。

ひもをたどる指先は、少女の日から今日まで、止まっていなかったのかもしれません。

今回の論文で証明された主張は、古典的組みひも群の4本の場合、つまり B4 に対する Burau representation(ブラウ表現)が faithful(忠実)である、という一点にあります。
ここでいう忠実とは、異なる組みひもが表現の中で同じものに潰れない、という意味です。論文では主に unreduced Burau representation(非簡約ブラウ表現)を扱い、それを以後単にBurau表現と呼ぶとしています。
したがって、本文で「4本の組みひもは行列で見分けられる」と書く場合、それは「B4のBurau表現が忠実である」という定理の言い換えです。
また、この結果からB4のJones representation(ジョーンズ表現)も忠実であることが直ちに従う、と論文は述べています。
ただしこれはJones polynomial(ジョーンズ多項式)がすべての結び目を完全に区別する、という話ではありません。
対象はあくまでB4の表現です。
本文でも述べたように3本の場合の忠実性はMagnusとPelusoが1969年に代数的に証明していました。
その後、Moodyが9本以上では不忠実であることを示し、Long–Patonがそれを6本以上へ広げ、Bigelowが5本の場合も不忠実であることを示しました。
そのため、4本だけが最後の空白として残っていました。
今回の論文の意義は、5本以上で使われた「不忠実性を見つける」方向の技術を、4本ではむしろ「不忠実性が起こらない」ことを示す方向へ組み替えた点にあります。
論文自身も、従来のρ4を不忠実と示そうとする試みとは対照的なアプローチだと述べています。
証明の土台になるのは、Longの定理による還元です。
著者らは、点を1つ忘れる写像の核として得られる point-pushing subgroup(点押し部分群)を考え、その交わりである Brunnian group(ブルンニアン群)に注目します。
Longの定理により、もしBurau表現がB4全体で不忠実なら、その核はこのBrunnian群にも非自明に現れることになります。したがって、B4全体を直接相手にする代わりに、Brunnian群上で忠実性を示せば十分になります。
この還元があるため、証明は「任意の4本組みひもを全部なめる」力技ではなく、核が潜むなら必ず現れる場所を絞り込む議論になっています。
そのうえで著者らは、Moody polynomial(ムーディー多項式)を使います。
これは固定した青い弧αと、組みひもの作用で動かされた赤い弧βの交差を読み取り、それぞれの交差に符号と段階を与える道具です。重要なのは、同じ段階に反対符号の項が来ると打ち消しが起こり、記録がゼロに近づくことです。
論文では、この交差記録を被覆空間の言葉から平面上の図形へ読み替え、交差がどの段階に属するか、同じ段階の交差が再び現れる条件は何かを追跡します。
Moodyの結果により、この多項式はBurau表現の忠実性を調べるための障害として働きます。
3本の場合には、この障害を消すための規則がきれいに働きます。
青い弧と赤い弧に挟まれてできるdisk(ディスク:点を含む小領域)が奇数個の点を含むと符号が変わり、偶数個なら符号が保たれる、という parity condition(偶奇条件)が成り立つからです。
この条件が成り立つと、同じ段階に現れる項は同じ符号になり、反対符号による打ち消しが起きません。論文はまずこの見方で3本の場合の新しい位相的証明を与え、そこから4本の場合へ進みます。
4本になると、この偶奇条件は一般には自動で成り立ちません。
そこで著者らは、point-pushing braid(点押し組みひも)を proper product(適切な積)という形に整え、そのdisk sequence(ディスク列)を詳しく調べます。
すると、証明に必要な状況では、偶奇条件を破る可能性のあるディスクは「4つすべての点を含むディスク」だけに絞られます。ここで登場するのが、記事本文でいう「5本目」です。著者らはD4をD5の中に埋め込み、追加の点p5を置きます。
そしてK5の中のpush-mapを選び、4点ディスクを5点ディスクに置き換えます。これにより、符号が変わるという性質は保ったまま、含まれる点の個数が4から5に変わり、偶奇条件と整合するようになります。
ここで注意すべきなのは、5本のBurau表現が忠実になったわけではない、という点です。
5本の場合が不忠実であるというBigelowの結果はそのまま残ります。今回の5本目は、B5の忠実性に頼るためではなく、B4の中で偶奇条件を壊していた局所的な例外を、B5の中で検査できる形に変換するために使われています。
実際、論文では、追加したpush-map Γと、もとの4本の動きを埋め込んだものにΓを加えたものの双方が偶奇条件を満たすようにし、そのうえでMoody多項式が一致しないことを示します。
Moodyの判定により、埋め込まれたf(Φ)はρ5の核に入らず、したがってもとのΦもρ4の核には入らない、と結論されます。
またこの方法がそのまま任意本数へ広がるわけでもありません。
論文は、同じ発想で偶奇条件を破るディスクを順に補正すること自体は考えられるが、その場合、補正に使うpush-mapの積そのものが偶奇条件を満たすとは限らない、と述べています。
4本の場合には、補正すべきディスクの型が一種類だけで、1つのpush-mapで足りることが決定的でした。つまり今回の証明は、単に「4を5に増やす」一般技法ではなく、4本の場合にだけ残る例外の小ささを使い切った証明です。
さらに論文は、忠実性の最後のケースは解決された一方で、Burau表現のkernel(核)やimage(像)を一般に有用な形で特徴づける問題は、なお大きく開かれていると述べています。

元論文

The Burau representation of the braid group is faithful for n = 4
https://doi.org/10.48550/arXiv.2607.05283

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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