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にっぽん遺産 奇跡の温泉 第2回

  • 2026.7.25

古来、日本の文人は旅の途上に温泉を愉しみ、湯宿で和みつつ、創作にも取り組んできた。歌人で小説家、温泉ソムリエの資格を持つ小佐野彈氏も、執筆のために温泉を訪れるという。今回は小佐野氏が説く「創作と温泉」との関わりを指針として、文豪ゆかりの湯郷を訪ねる。


創作と温泉——。奥山や海辺の名湯で神来の時を過ごす(文・小佐野彈)

法師温泉長寿館の大浴場「法師乃湯」。

日本文学を語る上で、切っても切り離せないのが「温泉」である。『万葉集』や『枕草子』など日本の古典文学には、道後や有馬などさまざまな古湯の名が登場する。

明治に入り交通網が発達すると、多くの文豪が旅に出かけ、全国の湯処に逗留するようになる。漱石の『坊っちゃん』や志賀直哉の『城の崎にて』、川端の『伊豆の踊子』など、温泉地を舞台にした名作も多く生まれた。

小諸時代の島崎藤村が、千曲川沿いの風土風俗を丹念に写生した『千曲川のスケッチ』は、藤村の創作の中心が詩作から散文へと移行してゆく上でのメルクマールとして知られるが、作中における温泉の描写はかなり印象的だ。鹿沢温泉や中棚温泉の出湯が、『破戒』や『夜明け前』などその後の大作のインスピレーションを藤村に与えたのではないか、と邪推してしまう。

与謝野晶子もまた、温泉をこよなく愛した文人のひとりだ。生涯で訪れた出湯は百を超えると言われている。一箇所に長期逗留するのが主流だった往時には珍しく、晶子は現代の「秘湯巡り」に通ずるようなスタイルを好んだ。再訪する場合も、前回とは違う宿を選んだらしい。晶子の温泉詠には、若かりし頃の自身の色香を懐かしむ歌や、老いを嘆く歌が目立つ。自慢の「やは肌」の衰えにどうにか抗おうと、究極の美人湯を求め彷徨していたのかもしれない。

僕はスランプに陥ると、すぐに温泉へゆく。頭を空っぽにして湯に身を揺蕩えているうちに、歌や小説の一節が思い浮かぶ。不老不死の特効薬にはならないけれど、温泉は僕にとって創作の源泉だ。

群馬と新潟県境の三国連山も近い赤谷湖。文人墨客に親しまれる温泉郷が周辺に。

法師温泉(群馬県)

法師温泉は三国峠へと続く谷間に湧く秘湯だ。

この地の一軒宿である長寿館には1875年の創業以来、芸術家が集う。

「与謝野晶子の『草枕手枕に似じ借らざらん山乃いでゆ乃丸太のまくら』もここで詠んだ歌です」と小佐野氏。

長寿館の岡村国男氏によれば

「晶子は自然や温泉に心落ち着いたようで3泊の滞在中、99首も歌を詠みました」

今も宿は明治の趣と名湯に満ち、客を寛がせる。

「玉城乃湯」には三国山脈を望む野天風呂も。法師温泉は弘法大師由来と伝えられる。
1931年秋、与謝野鉄幹と晶子が過ごした本館の客室。当時のまま残され、宿泊も可能。
与謝野晶子(写真)、直木三十五、菊池寛、川端康成。文人たちの貴重な旅写真も展示。
本館の玄関では栃の木の火鉢や文人墨客の書額が迎える。建物は国の登録有形文化財。

鉛温泉 (岩手県)

宮沢賢治は出湯の宝庫である花巻に生まれ、生涯、温泉郷と深く関わった。幼少より当地の温泉に通う小佐野氏は「この温泉郷そのものが彼にとってイーハトーブ、桃源郷ですね」と説く。

鉛温泉・藤三旅館も賢治と縁のある宿で田宮虎彦が小説を執筆したことでも知られる。

ここでは「立ち湯がおすすめ」と小佐野氏。

深々とした岩湯船の中へゆっくり立ち入れば足元から湧き上がる湯が全身を伝う。

名物の立ち湯「白猿の湯」は深さ約1.25m。天然の岩を人力で掘った湯船も野趣に富む。

中棚温泉(長野県)

千曲川のほとりに立つ中棚温泉・中棚荘は島崎藤村が教師として小諸へ赴任した当時に通った湯宿だ。教育者の木村熊二らとここで語らい、思索と創作を重ねたという。

「露天風呂は掛け流し。お風呂への廊下や畳敷きの脱衣場など雰囲気もいい」と小佐野氏は話す。

源泉より豊富に湧く湯は肌に優しい単純温泉。

秋から春は内湯にりんごを浮かべ、名詩『初恋』のごとく甘やかな香りに浸らせる。

中棚鉱泉として1898年に開湯。藤村の言葉「新鮮にして簡素」を旅館の信条とする。
自家源泉がある高台に設けられた温泉棟の内湯。敷地内には露天風呂や飲泉所も用意。

城崎温泉(兵庫県)

太鼓橋の架かる川沿いに柳並木が走り、個性溢れる7つの外湯が立ち並ぶ。この温泉に文人は魅入られてきた。

「創作と温泉を語るときに城崎は外せない」と小佐野氏。

日本を代表する私小説『城の崎にて』がここで誕生した。

2013年、志賀直哉の来湯百年を迎えた当地は次の百年を見据え、温泉と芸術にちなむ企画展を開催し、宿の若旦那衆が本も出版。次世代の文人を惹きつけている。

小佐野氏のおすすめは「泉質がよく、日帰りでも利用できる外湯の『一の湯』です」。
一の湯の洞窟風呂。江戸の名医より天下一の湯とされ「一の湯」に。
城崎の守護寺「温泉寺」。開基は温泉由来の道智上人と伝えられる。

※初出:文藝春秋 2023年2月号
※記載内容は変更されている場合もあります

冒頭文=小佐野彈
取材=上保雅美
写真=佐藤 亘

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