1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. 「第9回 ディオール ヤング フォトグラフィー&ビジュアル アーツ アワード」最優秀賞を受賞した東京藝術大学・武信朱璃インタビュー「未知へ近づくための擬似実験」

「第9回 ディオール ヤング フォトグラフィー&ビジュアル アーツ アワード」最優秀賞を受賞した東京藝術大学・武信朱璃インタビュー「未知へ近づくための擬似実験」

  • 2026.7.24
今年の「ディオール ヤング フォトグラフィー&ビジュアル アーツ アワード」最優秀賞を受賞した、武信朱璃。 Photo: Andrea Cenetiempo for Christian Dior Parfums

「ディオール ヤング フォトグラフィー&ビジュアル アーツ アワード」は、パルファン・クリスチャン・ディオールがLUMA Arles(リュマ・アルル)およびアルル国立写真高等専門学校(ENSP)と連携して実施する国際的なアワードで、今年で第9回を迎えた。会場となるLUMA Arlesは、建築家フランク・ゲーリーが設計したタワーをシンボルとする現代アートセンター。毎年、アルル国際写真祭の会期にあわせてファイナリスト展が開催され、今年は10月4日まで一般公開される。

LUMA Arles(リュマ・アルル)の外観。 Photo: Andrea Cenetiempo for Christian Dior Parfums
Photo: Andrea Cenetiempo for Christian Dior Parfums


上2点、「第9回 ディオール ヤング フォトグラフィー&ビジュアル アーツ アワード」の展示風景から。 Photo: Andrea Cenetiempo for Christian Dior Parfums

アワードは、世界23校の主要な美術・写真大学に在籍する学生および卒業生を対象としたコンペティションで、今年のテーマは「Face-to-Face(対面で)」。審査委員長を務める英国の写真家デヴィッド・シムズをはじめ、写真家ヴァサンタ・ヨガナンタン、LUMA財団およびLUMA Arles創設者兼エグゼクティブ・プレジデントのマヤ・ホフマン、ヨーロッパ写真美術館ディレクターのジュリー・ジョーンズ、そして、ディオール メイクアップ クリエイティブ&イメージ ディレクター、ピーター・フィリップスらが審査を担当した。

今年は20カ国から約300点の応募があり、そのなかから10人がファイナリストに選出された。日本からは東京藝術大学の武信朱璃(たけのぶ・あかり)と袁辰(エン・シン)の2人が選ばれ、7月9日に発表された最優秀賞は、武信のシリーズ「Threshold」が受賞した。

武信朱璃「Threshold」シリーズより。 ©︎ Akari Takenobu

「Threshold」は、武信が自身の身体を撮影したイメージの断片を切り取り、拡大や塗りつぶし、再構成を重ねることで生まれたモノクロームのコラージュ作品だ。そこに写るのは身体の一部でありながら、身体の断片は抽象化され、肌の質感や有機的な曲線だけが異次元的な形態で残る。武信は自身のこの制作を、視覚では捉えきれない未知のものへ近づくための「擬似実験」と表現する。

ディオール メイクアップ クリエイティブ&イメージ ディレクター、ピーター・フィリップス。 Photo: Andrea Cenetiempo for Christian Dior Parfums

審査員の一人、ピーター・フィリップスは、初めて作品を目にしたとき、古典的な銀塩写真によるコラージュで、マン・レイを思わせるシュルレアリスム作品かと思ったが武信自身の身体を撮影したセルフポートレイトであることを知り、「現代的で、ほとんど未来的な写真表現だと感じた」という。

では、武信朱璃とはどのような人物なのか。東京藝術大学大学院で油画を専攻する彼女に、写真というメディアに惹かれた理由や制作の背景、そして最優秀賞を受賞した現在の率直な思いについて話を聞いた。

──写真を始めた経緯を教えてください

武信朱璃(以下、AT):祖父の形見だったニコンの一眼レフフィルムカメラに触れたことがきっかけで、写真を始めました。その頃は、絵画を描くという行為に少し不自由さを感じていた時期でもありました。カメラは機械であり、そこにはそれを操作する自分がいる。そして、光や時間、機械、自分自身がすべて対等な関係性の中で、一つの装置になっているような感覚がありました。自意識から少し離れることができるメディアであることに心地よさを感じる部分があり、カメラを使うようになりました。

──「Threshold」は知覚を超えた未知への興味が制作の発端ということですが、その背景にある体験や経験について教えてください。

AT:子供の頃に住んでた家が、いわゆる超常現象と呼ばれるようなことが起こる家でした。 誰もいない場所から音がしたり、変な気配がするとか。私は実際に何かが見えるということはないのですが、訪れた人たちが少し怖い思いをして帰っていくような場所でした。そうした環境の中で、常に何か「怪異」のようなものと共存しているような、不思議な感覚がありました。 こうした経験から、人間の既存の概念では説明しきれない未知のものや人間の知覚の外側にあるものへの興味が湧いたというのはあります。

©︎ Akari Takenobu
上2点とも、武信朱璃「Threshold」シリーズより。 ©︎ Akari Takenobu

──「Face-to-Face」というテーマについて、ピーター・フィリップス氏は、顔を見せずに「自画像」として取り組んだ点をユニークなアプローチだと評価していました。ご自身はこのテーマをどのように捉えましたか。

AT:私は「Face-to-Face」というテーマを、私と見えない他者、今回で言えば幽霊のようなものや未知の存在との対面として捉えました。「Threshold」はもともと制作していたシリーズでしたが、テーマを見たときに自然につながるものだと感じました。

──カメラで自身の身体を撮影し、それを解体・再構成してコラージュとして表現する行為を、未知なる他者に近づくための「擬似実験」と説明されていますが、どのようなイメージで制作を行っているのでしょうか。

AT:自分の身体を写真に収めるという行為を通じて、身体は一度イメージへと変換され、その時点で物質性が失われます。そのイメージをさらに切断し、再構成するというプロセスは、ある意味で一度擬似的な「死」を経験することに近いと思っています。

そこからさらに転写や塗りつぶし、再撮影などの工程を重ねることで、徐々に自分自身から距離を取っていきます。アナログな工程を挟むことで再び物質性を与え、それをまたデジタル化するなど、さまざまな変換を繰り返しています。そうすることで、自分と未知の存在の境界に浮遊するものをつくるイメージで制作しています。

この作品に限らず、制作で大切にしているのは、「自分が透明な装置になる」という感覚です。人間の知覚には限界があるからこそ、自分自身を解体し、一度擬似的に「死ぬ」ことで未知のものに近づこうとしているんです。

──「わからないもの」と向き合い続ける姿勢が制作に現れていますが、その考え方について教えてください。

A:美術って、作品の意味をすごく求められるものだと思うんです。でも、その意味に絡め取られすぎることに、不自由さを感じることもあります。だから、そのこと自体を解体したいという思いが、どこかにあるのかもしれません。幽霊の話もそうですが、「信じるか、信じないか」「存在するか、しないか」という問いになった途端、「答え」を求める話になってしまいます。でも、必ずしも答えを出さなくてもいいんじゃないかと思うんです。シンプルに、未知を知りたいから近づいてみたい。その欲求だけでも十分なんじゃないか、と。

だから私は、意味に縛られない状態でいたいと思っています。透明になりたいとか、無意味になりたいという感覚は、その延長にあるのかもしれません。

意味や名前を与えすぎると、かえってそこから先へ届かなくなる気がするんです。だから、すべてを説明しようとするのではなく、わからないまま宙吊りにしておくことも大切にしています。

──今回の受賞を受けて、気持ちの変化はありましたか。また、この評価をどのように受け止めていますか。

AT: 今回の作品は、文脈によってはオカルティックな題材として受け取られる可能性もあると思っていました。だからこそ、それを「芸術的な探求」として受け止めてもらえたことは、とても励みになりました。

私が大切にしてきた「答えを出すことではなく、未知へ近づくための思考を続ける」という姿勢を、一つの美術表現として評価していただけたことが本当に嬉しかったです。ヨーロッパに来たのも、フランスを訪れたのも初めてでしたが、言語や文化を越えて、自分の試みが伝わることを実感できました。

授賞式の一場面。 Photo: Andrea Cenetiempo for Christian Dior Parfums

最後に、第9回アワード全体についてピーター・フィリップスに尋ねると、AIが浸透する時代だからこそ、若い写真家たちの間には「写真というクラフト」への郷愁が生まれているのではないかと語った。自身の経験を振り返りながら、「創作のプロセスほど満足感があり、心地よいものはない」と、その価値を強調した。

なお、受賞作「Threshold」は、2027年初頭、パリのヨーロッパ写真美術館にて展示される予定だ。

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ