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「こんな木村多江さん見たことない」歌って踊る主演舞台『わたしの書、頁を図る』の魅力とは

  • 2026.7.17

「こんな木村多江さん見たことない」歌って踊る主演舞台『わたしの書、頁を図る』の魅力とは

木村多江さんが主演を務める舞台『わたしの書、頁(ページ)を図る』を観た。図書館で繰り広げられる図書館職員が主役の物語、と聞いておおかたの人が持つイメージを見事に裏切る作品だった。図書館が舞台なのにコメディ、そしてミュージカル、図書館なのに登場人物が饒舌、さらに歌い踊る……。そして、もっとも見事に裏切るのが木村さん。こんな木村さん、見たことないかも。

Profile

木村多江さん

きむら・たえ●東京都生まれ。学生時代から舞台活動を始め、96年ドラマデビュー。以後、数々の映画やドラマに出演し、2008年の初主演映画『ぐるりのこと。』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など多数受賞。NHK BS『美の壺』の天の声を担当し、NHK Eテレ「木村多江の、いまさらですが…」に編集長役でレギュラー出演。出演映画『Never After Dark』、『おそ松さん 人類クズ化計画!!!!!?』が公開中。初主演となる紀伊國屋書店創業100周年記念公演『わたしの書、頁を図る』は7月19日まで東京・紀伊國屋ホールで上演中。日本舞踊(師範)、野菜ソムリエの資格を持つ。

図書館の空間と主人公の脳内が交錯して織りなす世界

木村さんにインタビューさせていただいたとき、「劇中で私、歌うんです。それが恐怖」と笑っていたが、始まると、いきなり木村さんの歌だった。歌う木村さんを見たのは初めて。「歌はあまり得意ではない」と謙遜していたが、いやいや、そんなことないです。さすがです。透き通ったソプラノの可憐な歌声に引き込まれた。何よりも、木村さんが演じる町子の心の声が音楽となって現れているようで、心を動かされる。

引き込まれるといえば、舞台のしつらえの美しさにも目が釘付けになった。「図書館」とはいえ、よく見る殺風景な図書館ではない。作・演出・美術の小沢道成さんの目指す世界観が伝わってくる。そう、ここは図書館であり、町子の脳内世界でもあるのだ。

はじめ客席は舞台と同じ明るさで、まるで自分も舞台の図書館と地続きの空間にいるような感覚。次第に客席の照明が落ち、いつのまにか舞台だけが浮き上がって、自然とその世界に引き込まれていった。ち密な計算に驚いた。

あらすじはこうだ。

町子は地味で愛想のない図書館職員。人との関わりを極力避け、本の中の世界に安らぎを求めている。粛々と自分の仕事をこなし、利用者に本の在処を聞かれればAIのように即答する。

そして、図書館の常連利用者たちを見ては、自分と同類の孤独で寂しい人たちに違いないと勝手に妄想しているのだった。さらには、自分がその人たちに本という心地いい居場所を与えているのだという、ひそかな優越感すら感じていた。

そんな一見、平穏な図書館の日常は、ひとりの青年の登場によってガラガラと崩壊していく。自称、映画監督だというその青年は、町子のありのままの姿を撮影させてほしいと迫る。思いもかけない出来事に激しく動揺する町子。

殻から出たひ弱なエゴは傷つきながら成長する

撮影されるということは、いやおうなく自分と向き合い、客観視することでもある。実は町子には触れられたくない心の傷があり、その過去のトラウマが人との関わりを臆病にしていた。撮影が進むにつれて、その古傷がえぐられていく。

同時に、常連たちの真の姿も明らかになっていく。それは町子の妄想とはまったく異なる意外な人物像だった。町子のプライドは音を立てて崩れていく。

「町子は人と関わったがゆえに傷ついた過去がある女性。でも、価値観の違う人たちと関わらなくてはいけなくなり、治っていたと思っていた傷から、またジュクジュクと膿が出てくるんです。思わず逃げ出したくなるけれど、まわりから『逃げるな、向き合え』と言われ、また傷つき……。現実世界ではおとなしくて孤独な町子ですが、実は妄想では反骨精神があって積極的で、『あなたこうするべきよ』とか『一歩進むべきよ』みたいな威勢のいいことを言えちゃうロックな人。傷つきながらも、町子は新しい一歩を踏み出そうとするんです」と木村さんはインタビューで語ってくれた。

日頃、それぞれの本の世界に入り込んで触れ合うこともない図書館の常連たちが、互いに興味を抱き、関わりを持ち始める。やがて、それは彼らの本音の吐露になり、激しい言葉の応酬にまで発展する。

と書くとシリアスな展開のようだが、それらがコメディタッチで描かれる。本気とも冗談ともつかないせりふがポンポンと飛び出し、客席に笑いがあふれる。

せりふの面白さに加えて、それぞれの登場人物が楽器を演奏し、歌い、踊る。そのエンタテインメント性が、シリアスなテーマであるにもかかわらず、全体を楽しくユーモラスな空気で包み込む。

自分だけじゃない、誰もが何かを抱えている

私たちは日頃、思っていることを100パーセント口にすることはない。空気を読み、相手に合わせ、嫌われないように、当たり障りのないことしか言わない。「ここまで言ったら終わる」「これを言ったら嫌われる」というレッドゾーンには、めったに踏み込まない。ときには、思ってもいないお世辞を口にすることすらある。

だから、相手が本心で何を考えているのかを知ることは難しいし、同様に自分が心の奥底で思っていることを、相手が知る由もない。たとえ、そこに怒りや悲しみ、モヤモヤ、不安が渦巻いていたとしても。

しかし、この図書館であり町子の脳内世界である舞台では、登場人物それぞれが自分の思いの丈を吐露し合う。それは自分が普段、言えないことを言語化してくれるような爽快感だ。「そうそう、私もそう思う」「それそれ、それなのよ」と共感が止まらない。本音のぶつかり合いは、深い示唆を与えてくれることもあるし、ときには傷つけ合うこともある。

観終わった後、胸がスーッとすがすがしくなっているのを感じた。言いたいことを吐き出して、よどんでいたモヤモヤが一掃されたようなカタルシス。そして、そのスカッとしたスペースに温かいものがじんわりと満ちてきた。

町子はおとなしそうな外見とは裏腹に、心の中ではロック魂が炸裂していた。ほかの登場人物たちもそれぞれに、人に見せる姿とは別の生々しい葛藤を抱えていた。見えている世界と人の心の中の世界はかなり異なる。

「物語は人との間にしか生まれない」と木村さんはインタビューで語った。心を閉ざし、自分の心の中の安全な世界だけに生きている限り、物語は生まれないのだ。人と関わり傷つくことがあっても、それでも人と関わり続ける。それによって人は成長し、人生は進んでいく。それが、自分の人生のページを作っていくということ。

ホールは書店の中にある。劇場を出ると、そこには本がずらりと並ぶ。本たちがいつも以上に、親しく饒舌に語りかけてくる気がした。そして、もしかしたら人生を前に進める「わたしの書」に出会えるかもしれない、そんな気分になった。

そういえば、これは紀伊國屋書店創業100周年記念公演。人と本との距離をぐっと近づける素敵な企みだったのか……と気づいた。

【Information】紀伊國屋書店創業100周年記念公演『わたしの書、頁を図る』

図書館職員として何の変哲もない退屈な日々を送る柳沢町子。よく見かける利用者らの人物像や生活を妄想しては、また元の退屈な日常に戻る。しかし、自主映画を制作する青年の出現により、常連利用者たちの真の姿や想いを知ることとなり、激しく葛藤し、変化していく。誰もが持ちうるそんな葛藤を、新進気鋭の脚本・演出家がデジタルとアナログを融合し情感豊かに緻密に描き出す。表現力豊かな個性あふれる出演者たちの演技、歌、演奏も見どころ。

7月3日(金)~19日(日) 紀伊國屋ホール
作・演出・美術:小沢道成
出演:木村多江/味方良介 光嶌なづな 中井智彦/坂口涼太郎 猫背 椿
https://watashinosho.jp/


構成・文/依田邦代

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