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63歳で大阪から富山・黒部へ移住。ひとり暮らしの私が「来た波に乗る」と決めた理由

  • 2026.7.15

63歳で大阪から富山・黒部へ移住。ひとり暮らしの私が「来た波に乗る」と決めた理由

「この年齢だから」と、新しい一歩をためらってしまうことはありませんか。61歳でひとり暮らしを始め、63歳で大阪から富山県黒部市へ移住した中道あんさん。決め手になったのは、条件を並べて比較することではなく、「面白そう」という直感でした。年齢に縛られず人生を楽しむヒントをお届けします。今回のテーマは、黒部に移住した経緯について。

61歳でひとり暮らしを始めて、63歳で黒部市に移住

大阪の江坂という、交通も買い物も不自由のない街で一人と犬一匹の暮らしを楽しんでいました。実は、このコラムを書いている場所は、富山県黒部市立「あおーよ図書館」のテレワークコーナーです。

実は2日前に大阪から黒部市の住まいに移動して、引越し荷物は翌日に。50個のダンボール箱を丸1日かかって荷ほどきしたところです。そうして、7月1日から黒部市の住民となりました。61歳の冬にひとり暮らしを始めて、63歳の夏には黒部市に移住です。

60代の世間での一般的なイメージは——。定年を迎え、年金を意識するようになります。親の介護が始まる、あるいは終わる時期です。健康に不安が出てきますし、「老い」という言葉が現実味を帯びてもきます。
つまり、「人生を畳み始める年代」というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。

でも実際、60代になると、子供は独立して所帯をもったりするので、「自分時間を取り戻せる年代」でもあります。つまり、「オリジナルの人生を創りやすくなる年代」でもあると思っています。

私自身、55歳で起業した直後にコロナが発生し、一気にオンライン化が進み、ほんとうに突っ走るように働いてきたと思います。その間に、親の看取りを終えました。自分なりに、やれることはやったという気持ちが大きいです。

幼いころ、私たちは自分の欲求に素直になって「今日は、何しよう?」と夢中になって遊びを創造していました。いろんな責任から解放されていく60代こそ、好奇心や探究心を持って生きることが、私の仕事ではないかと思うようになったのです。

60歳の誕生日に、自分へのご褒美としてティファニーの指輪を買おうと思いました。ところが、お店で眺めているうちに、「これは一時的な満足で終わる」と感じたのです。その代わりに選んだのが、憧れていたパリへのひとり旅でした。

その旅は、私の価値観を大きく変えました。そして、一緒に旅をした友人が、その1年半後に急逝。「人生は、思ったほど長くはない」という思いが、私の中で決定的なものになったのです。

このまま、50代の延長線上を生きたんじゃ面白くない。具体的な「何か」を変えていきたい。そんな2025年の暮れのこと、娘の婚約者が春から仕事で黒部市に行くことになりました。そして、「お母さんも、一緒にどうですか?」と二人から誘われたのです。

最初は冗談かと思っていましたが、どうやら本気の様子。私は生まれも育ちも生粋の、いやコテコテの大阪人です。田舎暮らしに憧れは、微塵もありません。でも、「なんだか、面白そう」と思ってしまったんです。人生は、頭で考えて変えるものではなく、心が「面白そう」と動いた方向へ一歩踏み出すことで変わっていく。私は、そう信じています。

「ここは、来た波に乗ろう!」

そこで、まず手始めに娘たちとは別に、家探しを始めました。しかも、シニアが住んでも便利そうな富山市内のマンションを探し始めました。けれど、愛犬が中型犬というだけで、どこも条件で却下されてしまいます。

何軒も断られていくうちに、だんだん「もう別にいいかな。今の家も気に入っていることだし」と思うようになって、積極的に探すのをやめていました。そうしていると、娘たちが住む予定の隣の家も空くといいます。しかもペットOK物件。本来なら小型犬しか住めないのですが、たまたまうちの犬が小ぶりだったために、特別に許可が下りました。それがゴールデンウイークのこと。

ここで、決断を迫られます。「家は、ある。さて、本当に来る気あるの?」私は、「困ったときには、カッコいい方を選ぶ」という美学みたいなものを持っています。家は、ひとりで住むには広すぎるし、私に必要のない機能があれこれ付いているし、結局は今の住まいよりも家賃が高い。「条件が合わない」と言ってもいい。じゃぁ、「条件が揃うのは、いつなん?」そう思うと、「ここは、来た波に乗ろう。ごちゃごちゃ言うのは、カッコ悪い」。そう思ったのです。

こうして、不動産屋さんがギリギリ入居を待てるのは6月末までという条件に合わせて、引越しすることに。20代前半に友達と黒部ダムを見に行ったきり、一度も富山県には行ったことはありません。行くと決めたら、ご近所や物件を見たところで、決断が変わることもありません。無駄に時間とお金を使わないように、あえて行きませんでした。

私のところには、「人生を変えたい」「もっと自分らしく生きたい」という女性の相談が多く寄せられます。でも、その一方で、「私は本当はどうしたいんだろう」と立ち止まって考えたことがない人も少なくありません。気づけば、「普通はこうする」「この年齢ならこうする」という基準で、人生の選択を重ねているのです。実は私も、40代まではそうでした。けれどそこから、自分で選ぶことを少しずつ重ねるうちに、人生は変わっていきました。

還暦のパリ旅行も、63歳の富山移住も、その延長線上にあります。大事なのは「自分にできるか、どうか」よりも、「自分がやりたいか、どうか」です。結局、私は「条件がそろったから」移住したのではありません。目の前にやってきた波に、「乗ってみよう」と決めたのです。

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