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5億5000万年前の化石から、最古の「右利き」の証拠が見つかる

  • 2026.7.13
5億5000万年前の化石から、最古の「右利き」の証拠が見つかる
5億5000万年前の化石から、最古の「右利き」の証拠が見つかる / Credit:Scott Evans / ©AMNH

人間のおよそ9割は右利きです。

箸を持つのも、ボールを投げるのも、ドアノブをひねるのも右手。

あまりに自然すぎて、「なぜ右なのか」と立ち止まって考えることはめったにありません。

では、この「右を選ぶ癖」の起源は、いったいどこまで遡れるのでしょうか。

アメリカ自然史博物館(AMNH)をはじめ、米国の複数の大学・研究機関からなるチームが、その答えのヒントを思いがけない場所から掘り当てました。

約5億5000万年前の化石から、動物界で最も古い「利き手」の証拠が見つかったのです。

驚くべきは、その正体です。

体長わずか2〜3センチほど、手も足もなく、脳があったかどうかも化石からは分からない生き物です。

研究ではそんな生物たちにも、体を曲げるときに右方向を好むという——私たちが右手を無意識に選ぶのと同じような”方向の癖”を持っていた可能性が、100点を超える化石の分析から浮かび上がりました。

筆頭著者のスコット・エバンス博士は「5億年以上前に生きていた、手も足もない動物にも、独自の”利き手”のようなものがあった可能性がある」と述べています。

もしそうだとすれば、利き手は脳や手足が発達した高等動物だけのもの、という常識が大きく揺らぐことになります。

私たちが毎日なんとなく右を選んでしまう、あの癖。

その始まりは、どれほど深い時間の底に眠っているのでしょうか。

研究内容の詳細は2026年7月9日に『Scientific Reports』にて発表されました。

目次

  • 左右の起源はいつまで遡れるのか?
  • 5億5000万年前の化石は右利きだった
  • 左右は単細胞時代の遺産かもしれない

左右の起源はいつまで遡れるのか?

左右の起源はいつまで遡れるのか?
左右の起源はいつまで遡れるのか? / Credit: Evans et al., 2026, Scientific Reports

生命の歴史に「カンブリア爆発」と呼ばれる大事件があります。

約5億4000万年前、多種多様な動物が爆発的に姿を現した出来事で、教科書にも載るほど有名なエピソードです。

しかし実は、その爆発の”前夜”にあたる時代に、すでに大きな生物たちが海の底でひっそりと暮らしていました。

エディアカラ紀(約6億3500万〜5億3800万年前)と呼ばれるこの時代は、肉眼で見えるほど大きく複雑な生物たちが、化石記録のなかに豊富に姿を現しはじめた時期です。

ただし、当時の生物の大半は、海底の岩や砂地にじっと貼りついたまま動かない暮らしをしていました。

自力で移動できるものは、ほんのわずかだったと考えられています。

そんな静かな世界の中に、ひときわ変わった住人がいました。

その名をスプリギナ(Spriggina floundersi)といいます。

体長はおよそ2〜3センチ。

平べったくて細長い体に、たくさんの節のような区切りが並んでいます。

見た目の印象としてはミミズやヒラムシに近いかもしれません。(※実際にどの動物グループに属するかは、いまだ確定していません。)

ですが、この何の変哲もない生物には、注目すべき特徴がありました。

体のつくりに「右と左」の対応があり、さらに幅広い端と細い端という「前と後ろ」らしき向きも見てとれたのです。

私たちにとって「前後・左右のある体」はあまりに当たり前ですが、スプリギナが生きていた時代には、それはむしろ珍しい体制でした。

同じ海底にいた他の生き物たちの多くは、体を輪切りにしても前後の区別がなかったり、そもそも「どちらが頭でどちらが尾か」を決められない構造をしていたりしたのです。

つまりスプリギナは、いま私たちが受け継いでいる「きちんと向きのある体」を持った、最も古い動物のひとつでした。

動物の体の設計図が、まさに整いはじめた瞬間に立ち会っている生き物とも言えるでしょう。

ここで一つ、自然な疑問が浮かびます。

そもそも「右利き」と呼べる性質は、体に「右と左」という軸があって初めて生まれるものです。

ならば、その「右と左」をそなえた最古級の動物であるスプリギナに、最初の「利き側」の痕跡が見つかってもおかしくないのではないか——?

5億5000万年前の化石は右利きだった

5億5000万年前の化石は右利きだった
5億5000万年前の化石は右利きだった / Credit: Evans et al., 2026, Scientific Reports

研究チームは実際に、100点を超えるスプリギナの化石を一つひとつ丹念に調べました。

体の中心軸がまっすぐか、それともどちらかに曲がっているか。

曲がっているなら、どちらへ、どのくらいの角度で曲がっているか。

地道な計測の積み重ねです。

すると、曲がり具合をはっきり判定できた標本のうち、およそ7割が、体を曲げた状態で化石になっていました。

そして曲がった標本を数えてみると、左に曲がっているものが、右に曲がっているもののおよそ2倍もあったのです。

左右が本当に半々だと仮定したとき、偶然これほどの偏りが生じる確率は、わずか0.17%。「たまたま」では片づけられない、はっきりとした偏りです。

左が多いなら、この生き物は「左利き」だったのでしょうか?

ここで重要なのはこれが化石の観測結果ということです。

化石は、生物の上面を覆った砂が、その形を写し取ってできたハンコのような”型”です。

そしてハンコを紙に押すと文字の左右が反転するように本体の左右は逆に作られています。

つまり、岩の上で「左に曲がっている」化石は、生前は右に体を曲げていたことを意味します。

この小さな生き物たちは、右へ曲がる癖を持っていたのです。

とはいえ、この段階ではまだ疑問が残ります。

自分で曲がったのではなく、海の流れに押されて曲がっただけではないのか、という可能性です。

そこで研究者たちは、同じ地層面に並んだ個体たちを見比べました。

化石が見つかった南オーストラリアのニルペナ・エディアカラ国立公園は、嵐が海底の生物たちを砂で瞬間的に覆い尽くした「天然のタイムカプセル」です。

同じ地層面の化石は、同じ嵐の堆積で埋められた仲間たちであり、生きていたときに近い位置関係がよく残されています。

もし水流が原因なら、隣り合う個体には同じ方向への偏りが出やすいはずです。

ところが実際には、すぐ隣の個体同士がまったく別の向きを向いていました。

ある個体は右へ、数センチ隣は左へ、その先はまっすぐ。

近くにいるかどうかと曲がる向きのあいだに、関係は見当たらなかったのです。

さらに、一匹の体が途中で反対方向へ折れ曲がっている例や、まっすぐのまま埋もれた個体も数多く混在していました。

水流や死後の変形が原因なら、同じ面の個体は揃って同じ影響を受けるはずですから、これらはうまく説明できません。

もう一つの可能性——体の構造そのものが左右非対称だから、いつも同じ側へ曲がるだけではないか、という見方も検討されました。

しかしそれなら、ほぼ全個体が同じ方向を向くはずです。

たとえばショウジョウバエの場合、内臓の左右が逆になる個体はわずか0.06%しかいません。

研究チームは、体の構造そのものに由来する左右差なら、これくらい厳密に方向が揃うはずだと考えました。

ところがスプリギナの場合、右と左の比率はおよそ2対1。

多数派ではあるけれど、絶対ではない。

この”多数派がやや優勢”という出方こそ、現代の昆虫やタコ、哺乳類に見られる「行動としての方向の癖」とそっくりなのです。

つまりこの偏りは、体の設計図にあらかじめ刻まれた非対称ではなく、一匹一匹のふるまいとして右へ曲がる行動が積み重なった結果だったと考えられます。

だからこそ研究者たちは、このスプリギナの化石群を、動物の歴史で知られている限り最も古い”行動の利き手”の証拠だと述べています。

左右は単細胞時代の遺産かもしれない

左右は単細胞時代の遺産かもしれない
左右は単細胞時代の遺産かもしれない / Credit:Canva

現代の動物界を見渡すと、こうした「左右のどちらかを好む癖」は、実にさまざまな動物で報告されています。

マルハナバチ(ハチの仲間)は飛ぶときに方向の偏りを見せ、アリは未知の巣を探索するとき左に曲がる傾向があり、タコにも腕の使い方に偏りがあるとされています。

そしてこれらの動物に共通しているのは、いずれも比較的発達した神経のシステムを持っているということです。

その原因は動物や行動ごとにさまざまで、餌の探し方のような理由もあれば、体の左右で異なる役割を担う神経の仕組み——いわば「体の指令系統」の左右差が関わっている例もあります。

研究を率いたエバンス博士は「この発見は、スプリギナの神経系が比較的複雑で、現代の動物により近いものだったことを示唆しているのかもしれません」と述べています。

では究極的に、「右を好む」「左を好む」という偏りの起源は、いったいどこまで遡れるのでしょうか。

この問いを突き詰めていくと、近年の研究は驚くべき場所にたどり着きます。

多細胞の動物が登場するよりもさらに前——生き物がまだ、たった一つの細胞だった時代にまで行き着くかもしれない、というのです。

どういうことでしょうか。

私たちの体をつくる細胞は、ぐにゃぐにゃした水風船のようなものではありません。

その内部には、細胞の形を支えたり、中の荷物を運んだりするための、目に見えないほど細い繊維が張りめぐらされています。

いわば、細胞という小さな部屋を内側から支える”骨組み”であり、”レール”でもあります。

近年の研究で分かってきたのは、この繊維が組み上がっていくとき、まっすぐ素直に伸びるのではなく、わずかに一方向へねじれる性質を持っている、ということです。

つる植物の巻きひげが決まった向きにくるりと巻いていくように、あるいはネジの溝がいつも同じ向きに切られているように、この微細な繊維にも”生まれつきの利き”のようなものがあるのです。

言ってみれば、まだ一つの細胞しかない生き物でさえ、その内側に「左右のかたより」を生み出す材料をすでに備えていた、ということになります。

そして、たった一つの細胞に刻まれたこのごく小さな傾きが、細胞が分裂して数を増やし、やがて複雑な体を組み上げていく過程で少しずつ広がって、体全体の左右の偏りへとつながっていく——という説も唱えられています。

論文の著者らも、スプリギナのような初期の動物が、こうした古い左右のかたよりの仕組みを利用していた可能性に触れています。

もしこの見方が正しければ、スプリギナの「右に曲がる癖」は、スプリギナがまったくの新発明として生み出したものではないのかもしれません。

はるか昔の単細胞の祖先が持っていた小さなかたよりが、多細胞の体の中で「行動の偏り」として花を開いた——いわば、利き手の概念は動物の歴史そのものと同じくらい古い遺産だったのかもしれません。

参考文献

Fossil reveals the earliest evidence of “right-handedness” in the animal kingdom
https://www.eurekalert.org/news-releases/1135136

Ediacaran Sea Creature May Hold Earliest Evidence of Right-Handedness
https://www.sci.news/paleontology/ediacaran-handedness-14908.html

元論文

Earliest evidence of behavioural handedness in the Ediacaran motile bilaterian Spriggina floundersi
https://doi.org/10.1038/s41598-026-53857-x

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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