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死後10時間、摘出したブタ眼球はまだ光に反応した――特注装置で実現

  • 2026.7.13
死後10時間、摘出したブタ眼球はまだ光に反応した――特注装置で実現
死後10時間、摘出したブタ眼球はまだ光に反応した――特注装置で実現 / Credit:Canva

私たちの眼球の奥では、「光のセンサー」とも呼べる薄い膜が静かに働いています。

網膜と呼ばれるこの組織は、目に飛び込んできた光を電気信号に変換し、脳へ送り届ける——いわば「光をとらえるセンサー」にあたる部品です。

スペインのゲノム制御センター(CRG)を中心とする国際研究チームが、ブタ眼球の血管に酸素を含む体液に近い液を流し込んだところ、いったん失われた網膜の光応答がよみがえり、死後少なくとも10時間にわたって続くことを確認しました。

これまで、網膜は酸素の途絶にきわめて弱く、血流が止まればわずかな時間で不可逆的に壊れ始めるとされてきました。

さらに研究では、一度は失われた反応が、再び液を流すことで戻り、液の供給を止めると反応が消え、また流し始めると光応答がよみがえるという「スイッチ」のような現象まで確認されています。

著者たちは、この成果は「光への応答が死とともに終わるという通念に挑戦するものだ」と述べています。

研究内容の詳細は2026年6月30日に『bioRxiv』にてプレプリントとして発表されました。

目次

  • 心臓移植のように眼球も丸ごと移植できないのか?
  • ブタの網膜は死後10時間経過しても光に反応する
  • ヒトの眼球へ応用できるか?

心臓移植のように眼球も丸ごと移植できないのか?

心臓移植のように眼球も丸ごと移植できないのか?
心臓移植のように眼球も丸ごと移植できないのか? / Credit:Canva

世界保健機関(WHO)の推計によれば、世界で22億人以上が何らかの視覚障害を抱えています。

加齢にともなう黄斑の変性、糖尿病による網膜の損傷、遺伝性の疾患——原因はさまざまですが、こうした網膜変性疾患の多くでは、現在の医療にできるのは進行を遅らせることが中心で、いったん失われた視力を取り戻す確実な方法は、まだ限られています。

しかし心臓も腎臓も肝臓も移植できる時代に、なぜ眼球だけは、丸ごと移植しても視力を取り戻せないのでしょうか?

理由は大きく二つあります。

一つ目は、網膜がとてつもなく「繊細」であること。

網膜は実は脳や脊髄と同じ中枢神経の一部であり、酸素の途絶に極端に弱いのです。

他の臓器ならクーラーボックスで冷やして数時間運ぶことができますが、網膜はそれだけでは十分に保てません。

冷蔵保存しても、24時間後には構造が崩れ、細胞の生存率も大きく落ちてしまうことが知られていました。

二つ目は、眼球と脳をつなぐ「通信ケーブル」の問題です。

視神経と呼ばれるこのケーブルは、一度切断されると、自然にはほとんど再生しません。

仮に眼球を完璧な状態で「運べた」としても、ケーブルがつながらなければ映像は脳に届かないままです。

2023年には、世界で初めて顔面の一部とともに眼球をまるごと移植する手術が行われ、その1年後に経過が報告されました。

眼球は生着し、血流も保たれ、網膜にも血液が通りました。

移植した眼に光を当てると、脳の視覚中枢が反応する可能性を示す信号は得られました。

こうした課題を背景に、今回の研究チームは眼球に血液を届ける血管(眼動脈)に細い管を差し込み、体液に近い成分をもつ液に酸素を溶かした溶液を、流量や圧力を調整しながら送り込む専用装置を開発しました。

圧力や流量はセンサーで自動調整され、網膜の状態をリアルタイムで観察できる窓も備わっています。

この装置を使うことで、繊細な網膜の機能を失わずにいられる時間を伸ばせるかを試しました。

ブタの網膜は死後10時間経過しても光に反応する

ブタの網膜は死後10時間経過しても光に反応する
ブタの網膜は死後10時間経過しても光に反応する / Credit:Canva

この装置を使い、チームはまず、人間の眼球と構造がよく似ているブタの眼球で実験を行いました。

24時間保存するブタの眼球を二つに分け、一方には灌流液を流し込み、もう一方にはなにもせずそのまま置きました。

この灌流液は体液に近い成分を持つ塩類溶液に酸素を溶かしただけ——いわば「酸素入りの塩水」です。

24時間後の状態を比べると、灌流液を流した眼球は網膜の構造がきれいに保たれ、細胞の生存率も高いままだったのに対し、なにもしなかった眼球は組織がはっきりと劣化していました。

「冷やして保存する」だけでは24時間で崩れてしまう網膜が、「流し続ける」ことで保てることがわかったのです。

これだけでも十分な成果ですが、チームはさらに踏み込みます。

保存された網膜は、果たしてまだ「光に反応する力」を持っているのか?

これを確かめるため、チームは36個のブタ眼球に灌流液を流し込みながら、光を当てたときに網膜が発する微弱な電気信号(網膜電図/ERG)を測定しました。

健康な目に光を当てれば特有の波形が現れる——これは眼科で日常的に使われている検査と同じ原理です。

結果、36個のうち15個の眼球(約4割)で、生きた動物と同じように、網膜の信号(ERG)に特徴的な波形が繰り返し現れました。

そしてその反応は、3つの眼で死後10時間、そのうち1つの眼では12時間まで続いたのです(施設の利用時間の都合で測定を打ち切ったケースも含まれており、さらに長く続いた可能性もあります)。

この結果は、酸素を含んだ灌流液を送り込み続けることで、網膜の働きを予想以上に保てることを示しています。

しかし、この研究のクライマックスはここではありません。

チームは、さらに決定的な追加実験を行っています。

光への反応が安定して出ている最中に、チームは灌流液の供給をあえて止めてみたのです。

すると信号はゆっくりと弱まり、やがて消えました。

ここまでは予想どおりです。

ところが、再び流し始めると——消えたはずの信号が、もう一度立ち上がったのです。

この「スイッチのON/OFF」のような現象が、3つの眼球で繰り返し確認されました。

この結果は、3つの眼という少数ながら、光反応の回復が灌流の有無ときれいに対応しており、反応が灌流に依存していることを強く示しています。

実は臨床の世界でも、今回の実験に似た現象は知られています。

一過性黒内障と呼ばれる症状では、網膜への血流が一時的に途絶えると突然視界が暗くなり、血流が戻ると視力も回復します。

体の中で起きるこの「血流と視覚の明滅」という結果と重なるものがあると言えるでしょう。

ヒトの眼球へ応用できるか?

ヒトの眼球へ応用できるか?
ヒトの眼球へ応用できるか? / Credit:Canva

では、この技術はヒトの眼球にも通用するのでしょうか。

チームは6名の提供者(ドナー)から両眼を取得し、片方の眼球にだけ灌流液を流すという比較実験を行いました。

その結果、灌流液を流した眼球では細胞の生存率がはっきりと高く保たれていました。

ヒトの眼球でも、少なくとも網膜の細胞については「流せば保てる」ことが確認されたのです。

ただし、ヒトの眼球ではブタで行ったような光への応答実験は行われていません。

理由はシンプルですが、切実です。

ブタの実験では、眼球を取り出してからわずか30分以内に灌流液を流し始めることができました。

しかし今回の研究で使用されたヒトのドナー眼球は事情がまるで違います。

提供の意思確認や法的手続き、搬送にかかる時間を経て、チームの手元に届くのは死後6〜10時間が経ってからです。

しかも現在研究に使用できるのは、角膜移植の対象にならなかった高齢のドナー(66〜100歳)の眼球に限られています。

医療用途の臓器提供が最優先されるため、研究のための眼球は制度的に後回しになるのです。

ただ研究チームは、今回のブタでの成功を根拠に、より新鮮なドナー眼球を使う承認を得られる可能性が高まったと述べています。

もっとも仮に眼球を完璧に保存できたとしても、視神経を脳とつなぎ直す技術がなければ、移植しても「見える」ようにはなりません。

しかし、複数の研究チームがすでに視神経の再生に取り組んでいます。

パズルのすべてのピースが揃ったわけではありませんが、欠けていた最大のピースの一つを保存する技術が、形を見せ始めています。

いまこの瞬間も、あなたの目の奥で網膜は黙々と光を電気信号に変え続けています。

あれほど繊細で酸素の途絶に弱い網膜が、条件さえ整えばこれほど粘り強くもあれるのだとしたら、それは将来の網膜移植の希望になるでしょう。

元論文

Retinal resuscitation in post-mortem eyes
https://doi.org/10.64898/2026.06.25.733416

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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