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川添愛「言葉のセンス研究所」(7)今の時代でもどうにか使えそうな「攻める言葉」を考える

  • 2026.7.8

なるべく避けて通りたい「攻撃的な言葉」の中にも、「アウト」な言葉と「セーフ」な言葉が存在する? 個性豊かな罵詈雑言、迷言、トラッシュ・トークの実例をあげながら、時代に即したOKラインを考察します。

気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載第7回です!

先日、知人と話していて、笑ってはいけないところで笑ってしまいそうになった。その知人は最近、他人のとある言動に腹を立てたというのだが、そのときのことを私にひととおり語ったあと、怒りの形相でこう言ったのである。

「次に同じようなことがあったら……味が出るまで咬んでやる!」

この「味が出るまで咬んでやる」が、大いに私のツボにはまった。スルメかよ!と心の中でツッコむと同時に、たまにネットで話題になる「トラッシュ・トーク」のことが頭をよぎった。聞いたことのない方のために説明すると、トラッシュ・トークとはスポーツや格闘技の試合に際して、選手が対戦相手を挑発したり罵ったりすることを指す。つまり「言葉による攻撃」である。

トラッシュ・トークは試合の演出の一部とみなされたり、「あくまで仲間内での冗談のようなものだから問題ない」と言われたりする一方で、「それでも不快だ」と嫌われることも多い。私個人は、こういった「攻める言葉」にこそセンスが要求されると考えている。いくら試合を盛り上げるためとはいえ、安易に相手の見た目や属性に言及すると「誹謗中傷」と見なされかねないし、「こうしてやるぞ」と自分の意志を表明するにしても、うまくやらないと「脅迫」になってしまう。

同じ「相手を攻撃する言葉」でも、第三者から支持されるものとそうでないものがある。その違いは何か? 「ここから先はアウト」というラインを越えることなく、相手の上を行く表現にはどんな特徴があるのか? トラッシュ・トークの是非が話題になるたびに、そんなことを考えていた。

そういう視点でさっきの「味が出るまで咬んでやる」を眺めてみると、いくつかヒントが含まれていることに気がついた。一つは、「現実味のなさ」である。もちろん、味が出る(?)まで人を咬むなんてことはやってはいけないが、「殴ってやる」とか「蹴ってやる」に比べて現実味が薄い。本人の感情が十二分に表現されている一方で、実際にはやらないだろうという安心感がある(ただし、感覚には個人差があります)。

これと同じような「現実味がないからセーフ」な表現は、探してみるとけっこう見つかる。たとえば、デーモン閣下の「お前も蝋人形にしてやろうか」とか、滋賀県民が言う「琵琶湖の水止めたろか」、また昔の吉本新喜劇の「ケツの穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせたろか」なんかはこのカテゴリーに入るだろう。

アメリカで1980年代から90年代にかけて一世を風靡したコメディ『Seinfeld』にも、妻の不倫に気づいた男性が相手の男について「I'm gonna sew his ass to his face! I'm gonna twist his neck so hard, his lips will be his eyebrows! I'm gonna break his joints and re-attach them!(奴のケツと顔を縫い合わせてやる! 唇が眉みたいになるまで首をひねってやる! 関節を全部へし折って、それからつなぎ直してやる!)」と、怒りを露わにするシーンがある[注1]。これは「奥歯ガタガタ言わせたる」の英語版と言ってもよさそうだ。

また「味が出るまで~」については、わざわざ味覚に言及することで、聞く者の意識を「咬む」という行為の暴力性から少し逸らすことに成功しているように思う。ここで思い出すのは、チャールズ・ブコウスキーの小説『パルプ』(柴田元幸訳、ちくま文庫)に出てくるセリフだ。主人公ニックは銃を相手に向けながら、「動いたらスタンフォードのフットボール・チームのジャージよりもっとどっさりの赤が、お前の体から噴き出すぜ!」とか「グレープフルーツが投げこめるくらいでっかい穴をブチ抜くぜ!」などと言う。読む者はフットボール・チームとかグレープフルーツとかに一瞬気を取られてしまうし、また脅し文句の中にそういう余計なものを差し挟むことで、相手に対する余裕を感じさせるという効果もある。

「でんわにでろ!!」

そうは言っても、上記はいずれもフィクションみの強い言葉だ。生身の人間が直接相手にぶつける言葉としては、今の時代、もう少し配慮が必要かもしれない。

そういった点で参考になるのは、やはりプロレスである。過去に別のところでも書いたことがあるが、私が一番すごいと思うのは、1980年にアントニオ猪木が極真空手のウィリー・ウィリアムスと戦う数日前、公開スパーリングの場で口にしたコメントだ。そのとき猪木はウィリーと報道陣の前で、「私の相手のウィリーさんが、残念ながらスパーリングパートナーがいないということなので、私が今日はスパーリングパートナーをこれから努めようかと」と発言したのである。

これは、表面的には「スパーリングパートナーがいない対戦相手に対する親切な申し出」だが、実質的には「俺は今からでもお前と戦えるんだ。いつでもやってやる」という挑発だ。上品だし、知的だし、何より余裕があって強そうだ。この令和の世に出してもまったく問題のない挑発の仕方を、今から46年も前にしていたなんて、やはり猪木は天才だと思う。

プロレスラーの「言葉による攻撃」については他にも面白いものがたくさんあるが、ここ数年で私がとくに感銘を受けた例として、「平成のテロリスト」こと村上和成選手の振る舞いを紹介したい。村上選手はファイトスタイルが攻撃的な上、プロレス界最恐レベルと言ってもいいぐらい見た目が怖い人だ。その一方で、X(旧Twitter)での投稿や、プロレス・格闘技総合サイト「プロレス/格闘技DX」に連載している日記では、ご家族との仲良しぶりやファンへの温かい心遣いがうかがえて、読むたび私は顔をほころばせている。同い年ということもあり、長年注目している選手の一人だ。

そんな村上選手が数年前からストロングスタイルプロレスに参戦しており、同団体の平井丈雅代表にたびたび不満をぶつけたり、ちょっかいを出したりしている。そのやりとりが毎回ものすごく面白いのだが、注目すべきは相手の平井代表がレスラーではなく、あくまで一般人(60代男性)だということだ。よって、レスラー同士のようにどつき合ったりするわけにはいかないし、怖がらせすぎてもいけない。とにかく相手との攻撃力に差がありすぎるので、見ている人をドン引きさせないように絡むには相当な配慮が要る。実際、二人のやりとりをつぶさに観察していると、村上選手が「怖さの量」を微調整しているのが分かる。

一例を挙げよう。2024年10月、自身が希望していた対戦カードを組んでもらえなかった村上選手は、そのことについて平井代表に抗議するため、報道陣を引き連れてストロングスタイルプロレスの事務所へ乗り込んだ[注2]。事務所には鍵がかかっており、ドアをバンバン叩いても返事がない。誰もいないかのように見えたが、平井代表に電話をしてみると、なんと事務所の中から着信音が聞こえるではないか! 居留守を使われていることに気づき、村上選手の怒りのボルテージはどんどん上がっていく。めちゃめちゃ怖い。

ついに村上選手は報道陣に、不敵な笑みを浮かべながら「紙持ってない? あいつにメッセージを書くから」と言う。その表情を見ながら私は、どんなに恐ろしい呪詛の言葉が記されるのだろう……と戦慄した。しかし、紙とペンを手にした村上選手が書いた文言は、なんと「でんわにでろ!!」だったのである。

それを事務所のドアにバン! と貼り付け、いったんその場を後にする村上選手を見て、私は感動を禁じ得なかった。もし村上選手が、この見た目&その場の勢いで怖いメッセージを書いていたら、たぶん恐ろしさが限度を超えてしまっていただろう。しかし、メッセージそのものを「でんわにでろ!!」という、ギリギリ常識の範囲内の言葉にすることで、見事にバランスを取ったのである。

そのあと平井代表と直接話をすることになった村上選手は、さんざん平井代表を怯えさせながらも、最終的には団体が決めたカードで出場することを決める。そのあたりの匙加減も絶妙だ。

長々書いてきたが、ざっくり結論を言ってしまうと、今の時代に「言葉を使った攻撃」をするには、実に多くのことを考慮に入れつつうまくバランスを取らなければならないということだ。つまり、ものすごく頭の良い人でないと、適切な「攻める言葉」は生み出せない。腕っ節にも頭脳にも自信がない私は、他人とのケンカはできるだけ避けて生きようと決意を新たにした。


[注1]Season 3, Episode 19, 「The Good Samaritan」(日本語訳は著者による)
[注2]参考:日刊スポーツ「【SSPW】平成のテロリスト村上和成が平井代表どう喝!説得され出場決意も試合ぶち壊し宣言」、2024年10月22日

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』『裏の裏は表じゃない』など多数。

文=川添 愛
イラスト=Akimi Kawakami

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