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W杯日本代表からゴールのブラジル代表カゼミロ、『日本のヤクルト』に憧れた貧しき幼少期 「ヤクルトレディが来ると母が…」

  • 2026.6.30

ワールドカップで日本の前に立ち塞がったブラジル代表。

日本代表は先制したものの、カゼミロに同点ゴールを許すと、試合終了間際に試合をひっくり返された。

カゼミロはブラジル代表として90試合に出場してきた重鎮。34歳と126日でのゴールは、ブラジルのワールドカップ史上2番目の最年長記録となった(1位はベベトで34歳と137日)。

彼は世界的強豪のレアル・マドリーやマンチェスター・ユナイテッドで活躍してきたスターだが、幼少期は決して恵まれていなかった。

2017年に『Marca』のインタビューで、日本の飲料ブランドであるヤクルトにまつわるこんな話をしていたそう。

「ヤクルトレディが、毎夕5時にリヤカーを引いて家の前の通りを通るんだ。

僕らはそれを買うお金がなかったので、彼女が家の前に来る頃になると母は『もう遅いから、家のなかに入りなさい』と言っていた。

今では母と笑い話にしているし、スーパーに行くとヤクルトを80本も買うようになったんだ」

ヤクルト(ポルトガル語だとヤクルチ)はアジアだけでなく、欧州や中南米など30か国以上に事業を展開しており、ブラジルでも人気だとか。

実際、カゼミロは2022年にSNSにこんな写真も投稿している。

画像: W杯日本代表からゴールのブラジル代表カゼミロ、『日本のヤクルト』に憧れた貧しき幼少期 「ヤクルトレディが来ると母が…」

『Elpais』などによれば、カゼミロが3歳の時に父親が家族を捨てて出て行ったため、母と兄妹二人を含めた一家は、サンパウロ州の最も貧しい地区で、厳しい生活を強いられたそう。

カゼミロはこうも語っている。

「僕らには父親という存在がいなかった。だから、自分が幼い頃からその責任を背負っていた。

父親の存在を感じることなく育った。母と叔母はまさに戦士のような強さで、僕らを育ててくれた。

母は20歳頃に僕を生んで、日雇い労働や家政婦の仕事をしながら3人の子供を育て上げた。僕は一番上だったので、兄妹の面倒を見ていたんだ」

16歳で名門サンパウロと契約した際には「練習施設には寝る場所があった。毎晩寝る場所を変えなければならない生活に慣れていた自分のような人間にとって、それは本当に恵まれた環境だった」としつつ、母親がもう働かなくてよくなったと喜んだそう。

筆者:井上大輔(編集部)
画像提供:Getty Images

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