1. トップ
  2. 馬と歩んだ時間の始まり by 米本晃子

馬と歩んだ時間の始まり by 米本晃子

  • 2026.6.24

幼い頃から馬と共に生き、ドイツ馬術界最高の栄誉「ゴールデンライディングバッジ」を受章した米本晃子さん。北海道で曽祖父の代から続く牧場と馬に囲まれた環境で育ち、競走馬生産や乗馬文化の発展に深く関わってきました。そんな米本さんに、馬と向き合う時間を通して見えてきたものをお話しいただきます。

AKIKO YONEMOTO

<Profile>
米本晃子(よねもとあきこ)/ノーザンホースパーク取締役
東京都出身。北海道の牧場で育つ。ノーザンホースパーク取締役として北海道と馬の魅力を伝え、引退競走馬のセカンドキャリア支援も行っている。2021年より「シルク・ホースクラブ」社長を兼任。競走馬とともに、新しい価値の創出を目指している。

馬は私を映す鏡

AKIKO YONEMOTO

馬と向き合う時間は、いつも自分自身と向き合う時間。幼少の頃よりその時間を日々積み重ね、昨年、一つの節目を迎えました。強豪国であるドイツ馬術競技界で、最高の栄誉とされる「ゴールデンライディングバッジ」の受章です。このバッジは、ドイツ国内で開催されるS(上級)クラス競技で10回の優勝を挙げることが主な受章条件ですが、アジア人の受章者はごくわずかで、多くの馬術選手が憧れる称号。20代で8年間ドイツに馬術留学している間に初優勝した後も、仕事の合間を縫ってドイツへ渡航して挑戦を重ね、昨年、ようやく夢のバッジを受章することができました。

私がこれまで馬に関わり続けてきた背景には、曽祖父から続く牧場と、馬と共に歩んできた家族の歴史があります。曽祖父は明治後期、日本に初めて民間でホルスタイン種を輸入した酪農家でした。北海道で乳牛の牧畜業を営む傍ら、軽種馬(サラブレッド)の生産にも着手し、その歩みは祖父へと引き継がれ、現ノーザンファームの前身「社台ファーム」(当時は社台牧場)へとつながります。

牧場で生まれた競走馬は、昭和初期に開催された第1回東京優駿大競走(のちの日本ダービー)に出走し、曽祖父と祖父は晴れ舞台を共に見守ったそうですが、初勝利までには実に54年もの歳月を要しました。62頭目の挑戦で悲願を成し遂げた祖父の喜びには、曽祖父から受け継いだ熱い思いも重なっていたのだろうと思います。

学生時代から馬術に打ち込んでいた父が家業の牧場に従事したのは当然の流れで、同じく乗馬が趣味の母と結婚。3人の子どもたちは皆、幼い頃から馬に乗っていました。私が小学生のとき、両親が長年の目標にしてきた人と馬が気軽に触れ合える自然公園「ノーザンホースパーク」が開園します。そこには、海外から輸入された穏やかな馬もいれば、競走生活を終えセカンドキャリアを歩むサラブレッドも数多くいました。私はそこで毎日のようにサラブレッドに乗り、馬の世話やお客さまの乗馬体験のお手伝いもしました。パークのスタッフに交ざり、働くまね事が楽しかったのを覚えています。

そして私も馬術を始め、初出場した競技会では、母が調教した大きな馬が相棒でした。当時は無我夢中で終わってしまいましたが、今思えば、よく調教された馬が状況を理解し、未熟な私を支えてくれていたのです。しかし私はそのことを知らぬまま競技経験を積み、ある日、不調を馬のせいにしていると、母から「そんなふうに思い上がっているようじゃ上達なんてムリだ」とひどく叱られました。未熟さを棚に上げその馬や携わってきた人たちの努力も侮辱していた自分を恥じました。以来、常に馬に寄り添い、能力を引き出せる乗り手であるよう心掛けています。

馬は、性格や体格、強さや弱さに至るまで二頭として同じ個体はなく、馬と向き合うことは、常に新たな挑戦です。馬は人を身分や肩書では評価しませんし、その人が自らにどんな影響を及ぼす存在かを敏感に感じ取ろうとしているように思います。馬は私を映す鏡であり、どんな馬でもそのときの私に必要な課題を与えてくれる。そんなところに、私は乗馬の魅力を感じるのです。

世界の馬事文化@ドイツ馬術大国を支える伝統

AKIKO YONEMOTO

ドイツが馬術大国であり続ける理由は、競技の成功を支える明確な仕組みにあります。オリンピックで100個以上のメダルを獲得してきた実績に裏打ちされた信頼の下、競技馬の生産から育成、流通までが産業として成立しています。FN(ドイツ馬術連盟)が競技と人材育成を統括し、年間3400を超える公認大会が経験と価値を生み出します。現地で過ごす中で、馬も人も無理なく力を伸ばせる環境が整っていることを、日々実感してきました。日本とは競技環境の成り立ちが異なると感じる場面も多くあり、馬と人への投資が回収される循環構造が、厚い競技層を支えていると感じます。

初出:リシェスNo.55 2026年3月27日発売
EDITING:RYOKO KUROBE

元記事で読む
の記事をもっとみる