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濱口竜介監督×ヴィルジニー・エフィラ×岡本多緒が分かち合う、『急に具合が悪くなる』で実践された“多言語”や“長回し”がもたらした「豊かさ」

  • 2026.6.23

『ドライブ・マイ・カー』(21)で第94回アカデミー賞の国際長編映画賞や第74回カンヌ国際映画祭の脚本賞に輝いた濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』(公開中)。原作は哲学者と人類学者である2人の女性が交わした往復書簡からなる同名書籍。舞台をパリ郊外に移し、介護施設の施設長であるフランス人女性と舞台演出家の日本人女性に人物設定を変更しながらも、2人の友情を描いた今作は原作のエッセンスを巧みに表現して見せている。第79回カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門に選出され、ヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が最優秀女優賞の共同受賞を果たしたことでも話題だ。MOVIE WALKER PRESSでは、受賞直後に帰国した濱口監督と岡本多緒、そして来日したヴィルジニー・エフィラにインタビューを実施した。

【写真を見る】取材の合間に、2人そろってテラスから外を眺めるヴィルジニーと多緒

「『相手に対して配慮する』という濱口監督の考え方が、2人の共同受賞に繋がった」(ヴィルジニー)

――実は、私(松崎)と濱口監督は東京藝術大学大学院で一緒に映画を作った仲間なんです。

多緒「お2人は同期だったのですか?」

――いえ、濱口監督は学年が1つ上の先輩ですが、年齢は私のほうが8つ上という少しイレギュラーな関係でした。

ヴィルジニー「それじゃあ、今日は私たちのほうが貴方にインタビューさせてもらおうかな(笑)。学生時代の竜介さんはどんな映画監督でしたか?」

――彼はみんなが才能を認める存在で、そのころから“長回し”が刻印になっていました。卒業制作の『PASSION』(08)にはものすごく長い“長回し”の奇跡的なショットがあって。誰もが驚いていました。

濱口「少しだけ説明すると…登場人物2人の感情が高まったすごくいいタイミングに大型トレーラーが(画面内に)侵入してきたんです。とても褒めてもらったのですが、あれはまったくの偶然です」

――あの瞬間に、映画の天使が舞い降りてきたと思ったのですが…話を戻して、まずは受賞おめでとうございます!映画の中には、俳優同士の相互反応が重要となる“ふたりでひとつ”という、どちらが欠けても成立しないような役が時々存在します。ヴィルジニーさんと多緒さんの共同受賞には、本作のキーポイントが評価されたという意義があると感じました。

ヴィルジニーと多緒は、第79回カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞のW受賞という快挙を達成! Andreas Rentz Getty Images Entertainment :ゲッティイメージズ提供
ヴィルジニーと多緒は、第79回カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞のW受賞という快挙を達成! Andreas Rentz Getty Images Entertainment :ゲッティイメージズ提供

濱口「本当にありがたいことです。お2人が個々にとても優れた俳優であるという大前提があるとして、その2人が反応し合っていること、お互いの演技がお互いにとって不可欠であろうことを、恐らくは観客も感じるようなレベルで演じていただきました。もともと2人の女性から始まったこの映画にとって、最高の賞をいただいたのではないかと思っています」

多緒「原作者であるお2人の類稀なる、スペシャルな関係性を映画に呼び起こしたいという気持ちが強くありました。じゃあ、具体的にどうしたか?と言われると、監督から『相手の声を聞いてください』と言われていて、それをひたすらやり続けていたという感じで。その結果を認めていただけたのは本当にうれしいですね」

マリー=ルーが推進する、“人間としての尊厳”に重きを置いたケア技法「ユマニチュード」 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
マリー=ルーが推進する、“人間としての尊厳”に重きを置いたケア技法「ユマニチュード」 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

ヴィルジニー「この映画で描かれていること自体もですが、人の声や言葉に耳を傾けて、みんなが一体感を作るという濱口監督の演出の仕方、『人間を深く描く』という、ある種の“冒険”に、みんなで取り組んでいました。この受賞はその象徴でもあるように思います。だから、撮影の時も撮影のあとも、そして今回の受賞に至るまで、お互いの個人主義は消えていました。『相手に対して配慮する』という濱口監督の考え方が、2人の共同受賞に繋がったのではないかと思います」

「私とヴィルジニーが交換していたものは、違和感というよりももっとナチュラルなものになっていた」(多緒)

偶然同時に顔に落ちた鳥のフンを、笑いながら拭きあうマリー=ルーと真理 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
偶然同時に顔に落ちた鳥のフンを、笑いながら拭きあうマリー=ルーと真理 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

――『ドライブ・マイ・カー』に続いて、「多言語」が作品のモチーフになっています。『急に具合が悪くなる』では、ヴィルジニーさんがフランス語、多緒さんが日本語と、お互いが異なる言語を使いながら自然な会話のやりとりをするという、あまり見られないような演出をされています。異なる言語のやりとりに対して初めは違和感を抱くのですが、映画を観ているうちにいつの間にか自然に受け入れてしまう不思議な感覚がありました。

濱口「いろんな映画祭に行かせてもらえるようになって、様々な言語に触れる機会も増えた時に気づいたんです。母語で話すことはすごく楽だと(笑)。母語で話している時の、なんらブロックもなく話せている感じには強烈に、言葉が体そのものと繋がっているという感覚があるわけです。例えば、英語で質問されたときにこちらは英語を理解して返答することがあります。返答は、通訳を通して日本語で返すんですが、向こうも日本語がわかれば楽だな、と思う。単純にそういう想像から、『多言語』劇が始まっている気がします。ただ、俳優たちにとっては非常に過酷なものでもあります。なぜなら、基本的には外国語をかなりの短期間で学んで、それを完全に理解して、ネイティブ並みに違和感のないかたちでやりとりをしなければならないからです。

マリー=ルーと真理は、言語の壁を超えて、お互いの心を通わせ合っていく [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
マリー=ルーと真理は、言語の壁を超えて、お互いの心を通わせ合っていく [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

ただ、いいこともあるのではないかと思っています。それは、お互いに対して集中しなければならないことが、演技の条件になるということです。演技をするうえでは当たり前だと思うけれど、実のところ映画の現場ではまれなことでもある。言葉というものに関しては、事前に本読みを繰り返して十分に準備していれば音と意味は大体わかるような状態になっていますよね。あとは、それ以外の感情的な面の手掛かりを、お互いに注意を向けることで得ればいい。言葉以外の身体的な情報が演技にはとても重要なものだと思うので、『多言語』の環境をつくることで、結果的に相手から言語以外の情報を受け取りやすい状況になる…のでは?という仮説でやっています。これは言うは易しで、成立するのは俳優の類まれな努力があってのことですが」

多緒「私は英語も割と長く使ってきた言語なので、日本語と英語を話せる友達とは、日本語の表現しかないものと英語の表現しかないものとをスイッチしながら話しています。だけど、まだそのレベルではないフランス語でそのような会話シーンをつくるとなった時に、どれだけナチュラルに見えるか?という点がチャレンジでした。たとえヴィルジニーが台詞にアドリブを入れたとしても、なにを言っているかわかるぐらいには理解力を深めたいなと思い基礎から勉強しました。

父親に会うために船旅をする母娘が、様々な文化や人々に触れていく姿を描いた『永遠の語らい』 [c]Everett Collection/AFLO
父親に会うために船旅をする母娘が、様々な文化や人々に触れていく姿を描いた『永遠の語らい』 [c]Everett Collection/AFLO

濱口監督には、撮影直前に観たマノエル・ド・オリヴェイラ監督の『永遠の語らい』について質問したんです(筆者注:この映画でも登場人物たちは各々の母国語で話すという『多言語』がモチーフになっていた)。そうしたら、少し元ネタにしているとおっしゃっていて。私はあの違和感に魅力を感じたので、これが監督の求めている要素のひとつでもあるのかなと思ったんですが、結果的に私とヴィルジニーが交換していたものは、違和感というよりももっとナチュラルなものになっていたのではないかという肌感があるんです」

インタビュー中の会話や空気感からも、2人の関係性やお互いへの信頼が伝わってきた 撮影/湯浅 亨 スタイリスト(岡本多緒)/Aya Funakoshi ヘアメイク(岡本多緒)/美舟(SIGNO)
インタビュー中の会話や空気感からも、2人の関係性やお互いへの信頼が伝わってきた 撮影/湯浅 亨 スタイリスト(岡本多緒)/Aya Funakoshi ヘアメイク(岡本多緒)/美舟(SIGNO)

ヴィルジニー「私たちは言語の中に入っていく経験をしたわけですが、私は勉強をすることに対する欲があって、ひらがなを覚えるのがすごく楽しかった。それと、フランス語とは文法が異なっているので、文法を学ぶことによって日本人の思考回路を少し理解できたのもおもしろかった。あと、多緒さんと竜介さんに違う速さで(台詞を)録音してもらって、イントネーションや声のトーンを勉強しました。例えば、フランス語は強調したいところを強く言ったりする一方で、日本語の場合は少し早めに言うといった強調の仕方が異なります。日本語を話すことに慣れてくると、日本語で喋る声とフランス語で喋る声とが異なってくるんです。なんとなくマリー=ルーが2人いて、そのどちらかを引き出すことで、二重人格とは少し違いますが、“喋らせている”ような不思議な経験をしました」

「演出したのが自分であっても、それを超えたものが映っている」(濱口監督)

――自然に感じさせる会話の応酬、それを見せる“長回し”という手法から、今作でも濱口監督の“ドキュメンタリー的なアプローチ”を指摘する声を耳にするのですが、私は異なる印象も持っています。例えば、介護施設における会議のくだり。多くの職員がマリー=ルーの言葉に耳を傾けるショットでは、職員全員の表情が見える。つまり、1人として被写体と被写体が被っていません。座り位置をコントロールしているからだと思うのですが、それが作り込んだ不自然なものではなく、自然に見せている点がすばらしく。だからこそ、自分たちもその場に立ち会って、彼らの話を聞いているような感覚を導いている。そのことが原作の“書簡”という要素を“対話”に置き換えることにも繋がっている気がしました。それはどこまで意識されたことなのでしょうか?

都市で生きる人間として、自己批判的な目線も含んでいると明かす濱口監督 撮影/湯浅 亨
都市で生きる人間として、自己批判的な目線も含んでいると明かす濱口監督 撮影/湯浅 亨

濱口「いくつか答え方があると思うのですが、いまおっしゃったようなことでいうと、例えば会議中に人をどこへ配置するか?とか、椅子をどこに置くか?は、ある程度調整が利くのですが、基本的にはそこまでやっていません。では、どうしているのかというと、カメラのほうを常に動かしています。撮影のアラン・ギシャウアに対して常に言っていたのは、『カメラを動かすより人を動かすほうが簡単なのは明らかですが、カメラの都合で人は一切動かさないでください』ということでした。いいところに来てほしかったら、『まずはカメラ位置を調整してほしい』もしくは『椅子の置き方を変えるなどしてほしい』といった要望を伝えていました。そこまで厳密に作り込んだというよりは、どちらかというと偶発的なことが起こるような準備をひたすらしたということ、プラスそれが起こるまで何テイクもやったということですね」

――例えば、長回しで撮影している時に台詞を間違えたらはじめからやり直すといった話を聞いたことがあるのですが、偶発的なことを優先する場合もあるということなのでしょうか?

濱口「はい。まあでも、両方のパターンがあったと思いますよ」

――先ほど話した『PASSION』は偶発的なほうを優先した例ですよね。

ヴィルジニー「彼は本作でもずっとそういうやり方でしたよ」

自閉スペクトラム症の少年、窪寺智樹を演じた黒崎煌代 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
自閉スペクトラム症の少年、窪寺智樹を演じた黒崎煌代 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

濱口「疲れが明らかなら、途中からということもあったと思います。それは状況次第で集中力が続くのに一番いいと思えることを選択しています。例えば、集中力が切れているようなタイプのNGだったら、一度仕切り直して、最初からやったほうがいいことが多いと思います。だけど、集中しているからこそ起きてしまうようなNGの場合は間違っても、そのまま続行することもあります。ケースバイケースですが、基本はどのポジションからも、『一度始まったら最後までやってもらっている』と思っていただけるとわかりやすいと思います。その中でうまくいったものだけを繋いでいくということなんですよ。こう考えると果てしないでしょう?」

――果てしないですね、本当にパズルのようです。

ヴィルジニー「ほかの監督との違いは…確かに長回し自体はほかの監督もやるのですが、竜介さんの場合は独特でした。一度あるシーンを最初から最後まで長回しで撮ったら、そのシーンを部分ごとに切り出して撮影し、そのうえでもう一度全体を長回しで撮り直すんです。翌日に一部のシーンをもう一回長回しでやり直すということもあって、それはほかの監督にはない撮り方でした」

多緒「聞きながら思い出したのは、山場を越えなければならない大きな場面が各々あって。例えば、私はホワイトボードで資本主義について語るシーン、ヴィルジニーは真理を迎えたことを職場の皆さんに話すシーン。基本的にずっと喋っているんです。先ほどの“カメラを動かす” ポジションの話も、こうしたところでたくさん起こっていました。こういう手法というのは多分現場だけではなくて、準備段階のことも含むと思うんです。あとは、濱口監督の俳優たちに対するリスペクトも含め、みんながその集中力を絶やさずに灯し続けていった結果、この『急に具合が悪くなる』という作品が完成したんだなと思って、すごく感動しました」

カップラーメンが出来上がるのを待ちながら、山の中腹で夜明けの時間を共にする2人 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
カップラーメンが出来上がるのを待ちながら、山の中腹で夜明けの時間を共にする2人 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
【写真を見る】取材の合間に、2人そろってテラスから外を眺めるヴィルジニーと多緒 撮影/湯浅 亨 スタイリスト(岡本多緒)/Aya Funakoshi ヘアメイク(岡本多緒)/美舟(SIGNO)
【写真を見る】取材の合間に、2人そろってテラスから外を眺めるヴィルジニーと多緒 撮影/湯浅 亨 スタイリスト(岡本多緒)/Aya Funakoshi ヘアメイク(岡本多緒)/美舟(SIGNO)

――これまでも濱口監督の作品では地方を舞台としてきたように、“地方と都市”は重要なテーマのひとつだと思うのですが、今作でもフランスを舞台にしながら地方と都市を対比させた“都市論”を展開されていました。それこそが、この映画でやりたいことだったのではないか?と感じました。

濱口「いや、映画のなかでは格別に都市と地方ということだけを言っているわけではないです。都市の内部でも格差が大いにあるわけですし。ただ東北で2年ぐらいドキュメンタリーを撮っている時に、東京にいると全国ニュースだと思って見ていたものが、仙台から見るとただの東京のローカルニュースだということがわかってくる。都市だけで過ごしていると決して気づくことができない部分があるし、地方にだけいたら気づけないものもある。そういうことを外側から眺めたり、内側から眺めたりということを繰り返した、その実感が反映されているとは思います。いまは首都圏に住んでいるのでどちらかというと、そういう自己批判的な目線を含みながら、都市でしか生きられない人間として映画を撮っているという感じですね。観客には、それぞれの立場から見ていただけたらうれしいです」

9割がフランスで撮影され、スタッフの9割がフランス人という環境で制作された本作 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
9割がフランスで撮影され、スタッフの9割がフランス人という環境で制作された本作 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

――そういう視点で言うと、フランスで撮っても濱口竜介は濱口竜介であったということに尽きます。俳優やスタッフの多くがフランスの方であるにもかかわらず、どのようなことを実践すればそう見えるのでしょうか?

濱口「撮り方や準備の仕方が変わらないので、そう見えるのではないかなと思います。自分でもモニターを見ていて『なんて自分の映画なんだ!』と、むしろ呪いのように感じたところはあります(笑)。ただ、実際に完成したものが、単にこれまでの自分の映画と同じかというと、やはりそうではなくて。非常に豊かなものが映っていると思っていますし、自分で観ていてこれほど感動を覚える映画というのもあまりない。強いて挙げるならば、東北で撮ったドキュメンタリーに近い。あれは、津波の被災体験のある方々に出てもらっていて、常に彼らの勇気に対する敬意を感じながら撮っていたし、彼らが自分を表現する瞬間には感動をしていました。今回もそれと同じように、自分には計り知れない人たちが映っている感覚があって、そこに常に感動するんです。演出したのが自分であっても、それを超えたものが映っている。だからこそ、(カンヌで)女優賞が共同で与えられたことは、自分の感覚に添うものでした」

取材・文/松崎健夫

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