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「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明

  • 2026.6.16
「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明
「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明 / Credit:Canva

イギリスのバーミンガム大学(UoB)のジョヴァンニ・バロンティーニ教授が率いる研究によって、研究室で作られた「ミニ宇宙」の中で、内部の変化だけから時間の流れが湧き出てくることが実験的に示されました。

研究では、このミニ宇宙で宇宙の始まり「ビッグバン」と終わり「ビッグクランチ」に似た現象も観察され、ビッグバンの前についての興味深い洞察も示されました。

バロンティーニ教授は「時間を内部の変化として定義できる、条件を制御した実験で初めての証拠」と述べています。

では、私たちが毎日感じているこの時間は、いったい宇宙のどこから来たのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年6月11日に『Physical Review Research』にて発表されました。

目次

  • 宇宙の設計図から「時間」が抜け落ちている
  • 「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測
  • 「ミニ宇宙」で宇宙の始まりと終わりを再現
  • 「始まりの前」に時間はなかった

宇宙の設計図から「時間」が抜け落ちている

宇宙の設計図から「時間」が抜け落ちている
宇宙の設計図から「時間」が抜け落ちている / Credit:Canva

時間はなぜ流れるのか。そして、なぜ過去から未来へという一方向にしか進まないのか。

あまりにも当たり前すぎて、普段は問うことすらしません。朝が来て夜になり、昨日には戻れない。私たちは日々の経験としてそれを知っています。

ところが物理学の立場から見ると、この「当たり前」はまったく当たり前ではありません。

物理法則の多くは、時間の方向を区別しないのです。

たとえば振り子が揺れている映像を逆再生してみてください。右に振れてから左に振れる──逆再生しても、左に振れてから右に振れるだけです。

どちらが「正しい方向」なのかを、法則そのものは教えてくれません。

ボールを落としたときにどれだけ下に行ってしまうかの距離は重力に時間の2乗を掛け算したもの「重力×t²」によって決まります<h = ½ × g × t²>。

そのため一見すると普通の時間が必要に思えますが、tの右上にある「2乗する」という部分がそれを否定します。

tの中身がプラスでもマイナスでもt²の値は同じです。

方程式にとって、時間が前(プラス)に進んでいるのか後ろ(マイナス)に戻っているのかは、文字通り「同じこと」なのです。

もちろんこれは話をごく単純にした例ですが、本質的な構図は変わりません。

ニュートン力学から電磁気学まで、物理学の基本方程式のほとんどは時間を逆転させても同じ形を保ちます。

私たちが当然と思っている「時間は一方向にしか進まない」という性質は、基本的な物理法則から抜け落ちているのです。

しかもこの問題は量子の世界に及びます。

通常の量子力学の方程式には時間を現わす「t」がしっかり組み込まれています<iℏ ∂Ψ(x, t)/∂t = Ĥ Ψ(x, t)>。

ですが宇宙全体をひとつの量子力学の方程式で記述したものには、宇宙の大きさを表す部分(a)や物質の状態を表す部分(φ)はあるものの、時間をあらわす「t」はどこにもないのです<Ĥ(a, φ) Ψ(a, φ) = 0>。

これは抽象的な数学の話ではなく、現代物理学が正面から突きつけられている問題です。

もし宇宙の最も根本的な記述に時間が含まれていないなら、私たちが毎日感じている「時間の流れ」は、いったいどこから来ているのでしょうか。

そこで今回研究者は、時間は宇宙の「外側」にある見えない時計が刻んでいるのではなく、宇宙の「内側」にある物質同士の関わり合いや変化の中から、自然に湧き出てくるのではないか――つまり時間の「種」は物質同士の関わり合いの中から生まれ、物質が変化するたびに時間が一歩ずつ生み出されていると考えました。

バロンティーニ教授の実験は、この仮説を実験室で検証しようとした、世界でも数少ない試みのひとつです。

しかし、そんなことをどうやって確かめたのでしょうか?

「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測

「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測
「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測 / ミニ宇宙を上から撮影した連続写真です。暖色(赤〜黄色)が濃い部分ほど原子が多く集まっていることを示しています。右側の曲線のようなものはミニ宇宙の「地形図」ともいうべきものですCredit: Giovanni Barontini / Physical Review Research(2026)

その手がかりになったのが「エントロピー」でした。

先ほど、物理法則の多くは時間の方向を区別しないと書きました。

しかし実は物理学の中にたったひとつだけ、時間の方向を教えてくれるものがあります。

それは「この宇宙に埋め込まれた基本法則」で、それは「固まっていたものが散り散りになっていく」という現象です。

たとえば空気中に1カ所だけ酸素が特に濃いポイントを設定すると、時間と共にそこにあった酸素は周りの空間に広がっていきます。

「そんなの当たり前」と思うかもしれませんが、物理学者はこの現象が取るに足らない常識ではなく、私たちの宇宙に埋め込まれたどうしようもない基本法則であると考えています。

「当たり前をこれ見よがしにあげつらって基本法則と呼ぶ」という態度こそが、物理学の根底に流れているスタンスだからです。

そして物理学者は散らばりの度合いを「エントロピー」という数値で表現します。

そして私たちの宇宙では、時間はこの「散らかる方向」に沿って流れています。

そのため「時間の流れの正体は、エントロピーの変化そのものなのだ」という考えが有力視されています。

時間の流れを測る唯一の物差しとも言えるでしょう。

そして理論物理学者たちは何十年前から「宇宙を分ければ時間が生まれる」と考えていました。

宇宙をコッチとアッチに別けて、コッチの何かがアッチに散らばり、その度合いを現わす数値「エントロピー」が変化する――それこそが宇宙に時間が出現する第一歩だという考え方です。

そこで今回研究者は、それを実験的に確かめ、宇宙の分割が本当に時間が湧き出てくるか(エントロピーが変化するか)を調べることにしました。

といっても、現代のように巨大になってしまった宇宙を別けるのは不可能です。

そこで研究者は、外部の影響をいっさい受けない「密封された小宇宙」を構築することを目指しました。

外から時計の音が聞こえてくる部屋では、時間が中から生まれたのか外から持ち込まれたのか区別がつかないからです。

そして外部からは隔絶された中に、ほぼ絶対零度まで冷やされた約2万4000個のルビジウム原子を配置しました。

絶対零度近くまで冷やされた原子は熱による雑音をほぼ失い、量子力学的なふるまいが前面に出る状態になります。

こうして、外部の時計を持たない、しかも量子力学の法則に従うミニ宇宙が完成しました。

ただこの量子的な塊は全体として1つの状態しかとらないという性質を持ちます。

そのため散らばり具合を調べることは困難です。

そこで研究者は光でできた薄い仕切り(光障壁)を使って、この量子的な塊をコッチとアッチに分割してみました。

もし時間が本当に物質の変化から自然に湧き出るものなら、この分割によって、ミニ宇宙内部にも独自の時間構造──つまりエントロピーの変化や時間の始まりや終わりのような現象がおこるかもしれません。

しかし研究者が塊を調べたところ、ミニ宇宙全体のエントロピーは誤差のレベルでしか変わっておらず最初から最後まで同じでした。

ところが視点を変えて、コッチ側とアッチ側を別々に見てみると、エントロピーが「行き来」していたことがわかりました。

見える側と見えない側のあいだで原子が行き来すると、それに伴ってエントロピーが片方の部屋からもう片方の部屋へ移動します。全体の合計は一定のまま、配分だけが変化し続けていたわけです。

配分の変化が、エントロピーを介して時間を駆動していたのです。

時間が「生まれる」ために必要だったのは、宇宙全体のエントロピーが増えることではありませんでした。必要だったのは、宇宙を2つに分け、そのあいだでエントロピーが行き来することだったのです。

その行き来が始まった瞬間、「時間の流れ」が立ち現れるのです。

これにより、何十年前から理論的に予測されていた「宇宙を分ければ時間が生まれる」という現象を、ミニ宇宙で実験的に示すことに成功しました。

ここまで来ると、記事の冒頭で紹介した「宇宙の設計図に時間が載っていない」問題が、違う景色を帯びてきます。

宇宙全体を量子的な状態として考えると、変化はなく、だから時間もありません。

しかし、宇宙を「コッチ側」と「アッチ側」に分けたらどうなるでしょうか。

ここで重要なのは、コッチの住人にとっての「時間」は、エントロピーの変化そのものということです。

変化が激しければ、住人にとって「たくさんの出来事が起きた」ことになり、時間が速く流れたと感じます。

エントロピーの変化が「時間を映し出している」のではなく、エントロピーの変化が時間そのものなのです。

もし「本当の時間」がどこか別の場所に存在していて、エントロピーの変化はその影にすぎないのだとしたら、影だけで物理学が動くのは不自然です。影だけで完全に動くということは、影こそが本体だということを意味しています。

バロンティーニ教授はプレスリリースで「この研究は、”時間”をシステム内部の変化として定義できるという、条件を制御した実験における最初の実験的証拠を提供するものです。量子重力における時間の本質について、従来の時間と同じように有効に動態を記述できる新たな知見をもたらすと考えています」と述べています。

時間は宇宙の基本装備ではなく、宇宙が自分自身を「コッチ側」と「アッチ側」に分けたときに、その副産物として生まれるもの──実験室のミニ宇宙は、その可能性を明確に示しました。

そして驚くべきことに、この「時間の誕生」は、もうひとつの壮大な出来事と分かちがたく結びついていました。

観測できない領域から観測できる領域へ原子が越境してきた瞬間──エントロピーの交換が始まり時間が産声をあげたまさにその瞬間が、同時にミニ宇宙の「ビッグバン」でもあったのです。

「ミニ宇宙」で宇宙の始まりと終わりを再現

Credit:Canva

ビッグバンとは、宇宙の空間そのものが極めて小さい状態から膨張を始めた出来事です。宇宙には「サイズ」を表す指標があり、ビッグバンの直後、この「サイズ」を表す指標は急速に大きくなりました。宇宙が膨張したのです。

もし宇宙がいつか膨張をやめて収縮に転じるなら──これはビッグクランチと呼ばれる仮説ですが──「サイズ」を表す指標は今度は小さくなっていき、最終的に宇宙は潰れてしまうことになります。

研究ではこの過程に似た構造を、ミニ宇宙の中で模擬しました。

実験では原子の塊は容器の中を振り子のように揺れ動いており、最初は見えない側の部屋に寄った状態でスタートします。

しかしある瞬間、原子が仕切りを越えてコッチ側に流れ込み始めます。

観測できない領域から原子が越境し、エントロピーの交換が始まり、それと同時にコッチ側の時間が動き始める──先ほど述べた「時間の誕生」と「ビッグバン」が重なる瞬間です。

さらにそれに伴い、コッチ側の「サイズ」(原子の広がり具合)は膨張中は大きくなり、収縮中は小さくなります。

このミニ宇宙の寿命──ビッグバンで生まれてからビッグクランチで消えるまで──は、わずか100ミリ秒ほどしかありません。

まばたき1回の半分にも満たない時間のうちに、宇宙は誕生し、膨張し、収縮し、消滅していくのです。

一見すると、境目の向こうから原子が流れてきただけで「だからどうした?」と思うかもしれません。

しかし研究者がコッチ側にどれだけの「中身」があるか、原子の塊がどれだけ広がっているかを、ビッグバンの過程に当てはめて計算したところ、その式が宇宙論のミニ超空間モデル(宇宙を単純化した模型の方程式)とよく似た骨格を持っていることが判明したのです。

実験で見えた原子たちの動きは「原子の重心」と「原子の広がり」といった変数で示されますが、宇宙論の「宇宙の中身」と「宇宙のサイズ」に書き換わり、足し算の位置も掛け算の位置も変数の関係の仕方までもほぼ同じになっていたのです。

コッチ側の世界が膨張を始める瞬間を「ビッグバン」と呼ぶことは、誇張しているのではなく、数学的構造にもとづいたものだったのです。

これはビッグバンの始まりかたにも関係します。

見える側の住人は、見えない側のことを知りません。

しかしある瞬間、観測できない領域から原子が流れ込み、時間が動き、世界が広がり始めます。

何もなかった場所に物質が現れ、広がり始める──私たちの宇宙のビッグバンもまた、極限的に小さく高密度だった状態から空間が膨張を始めたという点で、この「膨張の始まり」という構造を共有しています。

ミニ宇宙で起きていたのは、これと似た構造です。

空っぽだったコッチに原子が現れ、世界が膨張していく。やがて膨張のピークを迎えると、今度は原子が見えない側へ戻り始め、コッチの世界は縮んでいく。そしてついには、再び何もない状態に戻る。

見える側しか知らない住人にとっては、まるで無から世界と時間が出現したかのような印象になるでしょう。

見える側だけを観測している限り、その知識には必ず「抜け」があることになります。

この見えない部分の情報が欠けることによる「不完全さの度合い」も、物理学でいうエントロピーで示すことができます。

しかし「エントロピーの変化を時間と呼べる」というだけでは、まだ半分です。

本当に「自前の時間」が物理学的に通用するなら、それを使って未来の予測ができなければなりません。

量子力学には、「いまこの状態なら、次にどうなるか」を予測するための基本方程式(シュレーディンガー方程式)があります。

天気予報が明日の天気を予測するように、この方程式は量子の世界の「次の瞬間」を予測する道具です。ただし、この道具は通常、外部の時計が刻む時間を前提にして動いています。

バロンティーニ教授は、この方程式の中にある「外の時間」を、自前のエントロピー時間にまるごと入れ替えました。もし自前の時間が「偽物」なら、予測はズレるはずです。

結果は、一致しました。

外の時計がなくても、物質の変化から生まれた自前の時間だけで、量子力学の予測は正しく動いたのです。これは「時間が宇宙のデフォルト設定でなくても、物理学そのものは壊れない」ことを意味しています。

では、このエントロピーのやりとりが完全に止まったとき──時間はどうなるのでしょうか。

「始まりの前」に時間はなかった

「始まりの前」に時間はなかった
「始まりの前」に時間はなかった / Credit:Canva

もうひとつ、この「ビッグバンとビッグクランチ」の話から引き出される、とりわけ深い含意があります。

実験データを注意深く見ると、ビッグクランチでミニ宇宙が収縮しきってから次のビッグバンが始まるまでの「すき間」の期間、コッチとアッチのあいだでエントロピーの交換がまったく起きていませんでした。

時間が生まれるためには、「見える部分」と「見えない部分」のあいだでエントロピーがやりとりされている必要がありました。やりとりが止まれば、時間も止まります。

つまり、この内部時計で見る限り、サイクルとサイクルの”あいだ”では時間が流れていなかったのです。

これは推測ではなく、エントロピー時間という物差しで見れば、実験データから読み取れる結果です。

この結果は、私たちの宇宙のビッグバンについても長年議論されてきた問い──「ビッグバンの”前”には何があったのか」──に対して、ひとつの可能性を差し出しています。

もしこのミニ宇宙と同じ原理が私たちの宇宙にも当てはまるなら、「前」という問い自体が意味を持たないのかもしれません。

なぜなら、時間そのものがビッグバンとともに──正確には、宇宙が「見える部分」と「見えない部分」に分かれ、そのあいだでエントロピーのやりとりが始まったその瞬間に──生まれたのだとすれば、ビッグバンの「前」に時間は存在せず、したがって「前」という概念そのものが成立しないからです。

「ビッグバンの前に何があったか」と問うことは、「北極のさらに北には何があるか」と問うのに似ています。

北極は「北」の端であり、それより先に「北」は存在しない。同じように、ビッグバンは「時間」の端であり、それより先に「時間」は存在しない。

もちろんこれは、ミニ宇宙というアナログ系で得られた結果です。

研究者自身もこれで私たちの宇宙の時間やビッグバン、ビッグクランチがわかったとまで断言していません。

それでもこの実験が示してみせたのは、「ビッグバンの前に時間がない」という考え方が、抽象的な哲学の議論でもなく、黒板の上の数式遊びでもなく、実験室で目に見える形で再現しうるものだということです。

この小さな宇宙の内部時計では、「始まりの前」の目盛りは刻まれませんでした。始まりとともに時間が動き出し、終わりのあとに時間は止まったのです。

バロンティーニ教授は今後の展望として、この手法をより複雑な系へと拡張し、ビッグバンやビッグクランチの物理をさらに詳しく調べたり、実験室の中でブラックホールを模擬したり、宇宙が「特異点」で本当に潰れるのか、それとも量子力学的に跳ね返るのかを検証したりできる可能性があると述べています。

「時間とは何か」。この問いへの答えは、巨大な望遠鏡でもなく、巨大な加速器でもなく、実験室の片隅に浮かぶ極低温の原子の雲から、少しずつ姿を現し始めているのかもしれません。

では、私たちが毎朝目覚めるたびに感じている「この時間」は──宇宙が最初から持っていた基本装備なのでしょうか。それとも、138億年にわたって宇宙がみずから編み出し続けているものなのでしょうか。

参考文献

Scientist creates ‘mini‑universe’ to measure time without a clock
https://www.birmingham.ac.uk/news/2026/scientist-creates-miniuniverse-to-measure-time-without-a-clock?utm_source=chatgpt.com

元論文

Testing the problem of time with cold atoms
https://doi.org/10.1103/1h9j-df4k

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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