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主人公の怠惰/絶望ライン工 独身獄中記 第71回

  • 2026.6.10

『絶望ライン工 独身獄中記』を読む

2025年6月にガンダムジークアクス最終回が放送され、様々な論評が巻き起こっている。

月を跨いで7月。

今この瞬間に同作について批評しようものなら、賛否かかわらずネットで袋叩きに遭うことは想像に難くない。

「ジークアクス」は神の名だ、神の名を口にすること自体が罪である。

神に背く罪人は吊るし上げられ、石を投げられ磔獄門——幾度となく取り上げてきたが令和のネットに言論の自由はない。

しかしながら作品を鑑賞し、その感想を述べる権利は皆平等にあるべきだという考えであるから、本稿では今現在ネットで発信できない正直な感想を書きます。

(これが掲載される頃には熱も冷めているであろう)

「ジークアクスがすごく面白い、絶対映画館で観た方がいい」

パチスロ仲間と競輪に行った折、そのように言われたので映画館に足を運ぶ。

前向きではない感想は心にしまっておくが吉であるが、2000円払って作品の興行に貢献したのだから批評する権利があるとの考えに基づき、ここに告解します。

映画「ガンダムジークアクス」の80分は実に長く感じられた。

美しいアニメーションやワクワクするような演出、スタイリッシュでクールな音楽に魅力的なキャラクター達。

そのどれもが素晴らしく、そして冗長で退屈であった。

80分スマホ触れないのが苦痛で、一旦離席しコーラを買いに行く。

席に戻って「そろそろ終わりかな」と時計を確認するが5分しか経っていない。

そんな映画でした。

競艇の帰りになんとなく観た「国宝」は180分にも及ぶ大作であるが、こちらは一瞬で過ぎ去る。

緊張感ある映像の連続にトイレに立つ暇もなく、スクリーンに完全にロックされたまま気が付くとエンドロールが流れ始める。

3時間あっという間に終わってしまった、近年稀にみる邦画の傑作であると感じた。

二つの映画で何が違ったかと言えば、主人公の属性であるように思う。

ジークアクスの主人公マチュはどこにでもいる普通の女子高生。(うろ覚え)

学校帰り成り行きでガンダムに乗る事になっちゃった。

でも大丈夫。動く・・コイツ動くぞ!

私って不思議な力を持った天才だったんだ~ラッキー。

何も努力してないけど、士官学校で真面目に頑張って来た軍人さんの何倍も強いよ♪

お前ら皆殺しだァ~~ジィィクアクゥス!!みたいな感じです。

目標の実現のため全てを犠牲にして努力する「国宝」の主人公2人と比べるとマチュは随分と怠慢に感じる。

死ぬ気で働くキリギリスが「国宝」で、親の遺産でインフルエンサーごっこをやるアリが「ジークアクス」である。

思えば近年、最初から特殊能力を持った怠惰な主人公が流行していると感じる。

何も努力しなくてもいきなり変身できる、王家の血筋を引いている、伝説の魔法が初めから使える、前世が竜王、偶然なんか強い、ヤレヤレ。俺またなんかやっちゃいました?

自分含め努力して成功する、という体験が極端に低い今の世代にとって、強くてニューゲームは憧れの存在なのだと思う。

頑張って貯金して一軒家買うより異世界に転生して無双する自分を想像する方が現実的なのだ、暗い世相を悲しいくらい反映している。

個人的には最初から強いマチュやアンパンマンより第08MS小隊のシロー少尉や懸命に努力するばいきんまんに感情移入してしまう。

シローは職業軍人だ、シリーズ主人公のようにめちゃくちゃ強い試作機ではなく、量産型の陸戦ガンダムに乗って武功を立てる。

ばいきんまんは言うまでもなく勤勉な努力家、決して諦めないひたむきな情熱にいつも感情を揺さぶられるのだった。

彼の決め台詞「バイバイキーン」はお別れではなく、また次のチャレンジが始まる前向きな言葉である。

人気RPGファイナルファンタジーシリーズもいつの頃からか容姿端麗なホスト達が主人公になり、感情移入できなくなった。

生まれながらのイケメンは最初から強いと同義、彼らもまた怠惰な主人公である。

フィクションの中くらい容姿に恵まれた強い自分でありたいとは思うが、あまりに現実からかけ離れ過ぎている。

もっと物語に感情移入したい、それには没入感ある勤勉なヒーローが必要だ。

容姿が良いわけでも王家の血筋なわけでもなく、何も特殊な力を持たず前世がドラゴンでもない。

40代独身で仕事は非正規、アパート暮らしの工場勤務。

例えばそんな主人公はどうだろうか。

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